第4話「稟音と二人、予想は如何に!」(2020年天皇賞秋予想編:その4) 

文字数 2,874文字

一戸建てのリビング、風呂上がりでジャージ姿の源司はソファーに座り85インチの8K液晶テレビで「UMAJIN.net」の「競馬サロン」に見入っていた。
先にシャワーを浴びた稟音はリビング奥のキッチンで甲斐甲斐しくツマミをつくっていた。
ブルーストライプのパジャマに白いカーディガンとエプロン姿に幾度となく源司の目線が向く。
女子高生のようなパジャマ姿の稟音を目にして恥ずかしくなると、不意にテレビに向き直る。

「アシタカさんは相変わらす視点が鋭いなぁ」
源司が感心すると、稟音が彼の背中へ応える。
「覆面馬主1号さんも面白いよね」
キッチンから、いい匂いが漂ってくる。
空腹感を刺激する感覚を源司は嬉しがる。
稟音の手料理など、二度と口にすることが出来ないはずだった。
それが再び叶うのだ、二人で競馬の予想をしながらだ。
そう思うと空腹を我慢するは容易いことだった。

サクッとつくれるツマミだけど、と稟音は言いつつリビングのセンターテーブルに運ぶ。
「チーズ&ジャムのクラッカー添え」はクラッカーに白カビチーズであるシャウルス、蜂蜜とイチゴジャムが添えられている。
「コンビーフ&らっきょう」は甘酢漬けのラッキョウにコンビーフを和えたもの。
「鶏肉と野菜のけつね煮」は骨付き鶏肉と油揚げを甘辛く煮て、別に茹でた小松菜を添えた。
シンプルかつ味わいのある手料理は、酒を酌み交わしながら夜の競馬予想には最適だ。
「何か手伝おうか」の源司に「冷蔵庫から缶ビール出してよ」との稟音。
キンキンに冷え切った「ビール」に源司が口元を緩める。
酒が好きな源司だが家計を考えると普段は晩酌など出来ず、週末に第三のビールを嗜む程度だ。
再会を祝して、今晩は稟音の奢りだという。
L字ソファーの長辺に稟音と源司が一緒に座る。
乾杯の音頭と共にお互いの喉が鳴る。

「生きててよかった」
源司がそう息を吐く。
「この瞬間を待ってたよねぇ」
稟音が意を同じくする。
さて、明日の天皇賞はどうなるのかと稟音はスマホをタップする。
2020年10月最後の土曜日夜、源司と稟音の奇妙な競馬の予想大会が始まった。

「やっぱりアーモンドアイかなぁ」
ビールで喉を鳴らす源司は府中の中距離絶対女王を指名する。
「今更ながらだけど、勝った府中の天皇賞とジャパンカップからすると負ける気しないよねぇ」
実績の解説はこれ以上不要とばかりに稟音が缶を呷る。
「秋の天皇賞連覇かぁ、牝馬初だねぇ」
「ウオッカやエアグルーヴなど「夢の第11レース」に「出走」した名牝でも成し得なかった偉業だね」
そう想望する源司は両手で持つ缶に目を落とす。
JRAの名作テレビコマーシャル、時代を超えた名馬の共演が「夢の第11レース」だ。
源司も稟音も世代を跨ぐ出走馬に思いを馳せると、黙って笑みを交し合う。
何時までも感傷に浸っていられないと稟音が次の選択をと口を開く。

「でも、クロノジェネシスの充実振りは目を見張るわぁ」
春のグラプリホースを選ぶ。
間隔が開いた大阪杯の惜敗から一叩きした方がいいのかなと、ビールを一口含む稟音の評だ。
「アーモンドアイと初対決だな」
注目ポイントとクラッカーを口にする源司はチーズとジャムと蜂蜜を味わう。
休み明けで、今回は未対戦の馬もいるから春とは違う結果かもと追加する。
「先行する実力馬だしねぇ、馬券としては買うかねぇ」
買うと判断するも逡巡する源司を稟音は見逃さない。
「じゃあ、人気からすると押さえにした方がいいのかな」
見透かされた源司がビール缶をセンターテーブルへと放し苦笑を上下させた。
同じように甘い味を愉しむ稟音はこの判断が口の中と異なるのを祈って咀嚼する。

「キセキは当てになるのかなぁ」
稟音が源司の膝上に跨がり、憂慮を吐露した。
目を白黒させる源司は顔の近さを受け入れようと平静さを装う。
逃げや先行系の馬が好きな稟音は頬を添わせて、源司の耳元で「どうなんだろ?」と心配な息を吐く。
「あの大レコードのジャパンカップはアーモンドアイの二着だ……」
阪神や京都じゃない、府中だったら買いだと言わんばかりの源司はクラッカーを口に投げる。
「……府中の重賞は三戦すべて馬券に絡んでいるしな」
そうだよねぇと稟音は愛らしい鼻で源司の鼻先をくすぐると、戯ける口調を投げる。
「気が付いたら、アーモンドアイと「行った、行った」になってたりして」
目の前の美少女の冗談に気圧される源司が視線を逃す。
「宝塚記念と京都大賞典の競馬から控えるんじゃないかな」
及び腰の男に少女はつまらなそうに補足する。
「道中は折り合いに専念して四コーナーで先行集団に取り付く競馬かなぁ」
稟音はキセキに先頭切って逃げて欲しいらしい。
宝塚記念の再現といいながら、センターテーブルに手を伸ばす稟音もチーズとジャム、蜂蜜が三位一体のクラッカーを賞味する。
控える競馬が現実的と頷く源司がセンターテーブルの料理に目を遣り、次の馬名を語る。

「ダノンキングリーも巻き返し期待だな」
稟音が「そうだよね」と言いつつ箸で料理を摘まみ、リベンジを所望する源司の口に向ける。
「コンビーフ&らっきょう」が乗る箸先を上下させ、早く口を開けと急かしている。
「ダノンキングリー、待ちに待った府中の2,000mだよね」
期待の理由を述べる稟音が出す箸に源司が食いつく。
膝の上で稟音は箸を操り、器用な動きをしている。
「美味い、その通り」と競馬と料理の話が合い混ぜになると、稟音も微苦笑だ。
去年の毎日王冠を完勝してから待ち望んだ天皇賞秋だと源司が腕を組み、頷く。
「安田記念以来だが、鉄砲駆けした毎日王冠と中山記念からかえって狙い目だぜ」
料理の味に納得いったようで稟音も嬉しそうだ。
同じ箸で稟音もその一品を口にした。
源司は「中段から鋭い差し脚に期待」してビールを口にする、イメージは前年の毎日王冠か。

「お次はダノンプレミアム。去年の実績から買いだよね……」
外枠だが十二頭なら気にしないという稟音は「鶏肉のけつね煮」を箸に挟んで源司に勧める。
「……負けた安田記念から巻き返してアーモンドアイの二着だもんねぇ」
競馬か料理か、両方かと源司が口を出す。
「今年も同じパターンはあり得るな」
甘辛さを愉しみながら、再度の好走を期待する。
稟音も「前に行ける分いいよね」とクロノジェネシスより前目での展開に期待しながら、小松菜と一緒に鶏肉を口にする。
ビールで料理を胃に流した稟音も味は満足だと語り始める。
「両ダノン、配当的にはクロノジェネシスより配当妙味はあるのかと」
稟音は源司の右耳を甘噛みし、リスクが同じなら好配当が良いよねと囁いた。

「配当ならば、スカーレットカラーがいるぜ」
緩い痛みを振り切るように大穴を挙げ、後方から鋭い脚を駆使した府中牝馬の勝ちが印象だという。
「府中牝馬は時計のかかる馬場で上がりが33.2秒だった。ローテも札幌以来なのは今回も同じだしな」
「源司、スカーレットカラーもいっちゃおうぜ」
調教では絶好の出来だという稟音が再び左耳を甘噛みしながら囁いた。
少し力が入った耳朶への刺激で、息を零す源司は心地良さを感じていた。
天皇賞秋の結論はこれからだ。

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