第14話「クリスマスパーティは如何に?」(2020年有馬記念予想編:その4)

文字数 4,093文字

「源ちゃんが六頭選んでよ♡」
漆黒のポニーテールと愛嬌を振りながら雪乃は手を一度叩き、ロングドレスで女王様に扮する源司を指名する。
雪乃の喫茶店を借り切ったクリスマスパーティでの競馬談議は、2020年12月25日の夜更けを迎えていた。
ご指名の麗しき女王様たる源司と、同じく仮装する麗人が四人。
サンタの稟音、トナカイの久美、婦警のヒロコ、雪女の雪乃の目線が源司に集まる。

「ええっ、おれぇ!?」
自らを指さす女王をサンタ稟音とトナカイ久美、婦警ヒロコが包囲する。
興味津々で煌めく瞳たちは、美女に変貌した中年男を捉えていた。
目を見開く可愛げのあるお姫様にスポットライトが当たる。
「源司が主賓なんだからさ」
「十頭から選ぶのは久美にはムズイですぅ」
「ヒロコからのお願い。男なら決めてくれ、YOU!」
今は女装メイクですが、と言い掛けるのをベーコンと共に飲み込む。
助けを求めるように雪女装束の雪乃に困惑を向けた。
「頑張ってください」とフルートグラスを悩む顔に向け、目元を下げる彼女がシャンパンと口内でじゃれ合っている。
天を仰ぐ麗しき女王様は腹を決めると、過去の有馬記念の回想から入る。

「昨年のリスグラシュー、差し馬台頭だったけど、例年は前目から好位の馬が来ているんだよな」
振り返る女王様の源司もシャンパンを口に含むと、グラスを合わせて響かせるサンタ稟音が追懐する。
「一昨年のシュヴァルグランは四コーナー十番手だけどな」
「それで三着か。そういうこともあるよ」
シーザーサラダを口にするサンタの記憶、女王様は追憶を重ねてエビフライを同じくする。
「極端な逃げや追い込みよりは、オーソドックスな競馬をする方が好感を持てるかな」
二匹目を食する女王が、有馬記念の傾向を語る。
トナカイ久美がメロンを、ポリスのヒロコがオレンジ、サンタ稟音がキウイを味わいながら、首を上下さす。
サンドウィッチ片手の雪女の雪乃が「予想をどうぞ」と空いた手を源司へ向ける。
了解とばかりに女王様が口を開く。

「まずは、クロノジェネシス」
一巡目の指名馬を先頭に持って来た。
「天皇賞秋はアーモンドアイの三着、概して消長のある牝馬ではローテーションの余裕は好感だよな」
ポテトフライを食べながらグラスを手にする女王様の源司が、瞳をサンタに向ける。
シャンパンを一口含んだサンタが追従する。
「今年連対した三戦は全て四コーナー三番手以内、同じ競馬なら大崩れは無いよなぁ」
一気飲みしたグラスをその通りと掲げる女王様が、等しい意を張る。
メロンの甘みを感じる雪女が細めた目で続きを推奨する。

「次はフィエールマンだね」
天皇賞秋で信じ切れずに煮え湯を飲まされたサンタ稟音がピックした。
同じく痛い目にあった女王の源司はフィエールマンに力添えを求める。
「休み明けの天皇賞秋で32.7秒の脚だろ、ローテもクロノジェネシスと同じ間隔だしな」
その評を聞いた婦警はクラッカーに乗るカマンベールチーズと格闘し、モデルガンで自らの肩を叩きながらフォローを入れる。
「スタミナには不安はないし、切れる脚もあるから鬼に金棒かもねー」
この馬は買うべきと感ずる本物の女性四人はグラスに口を付けて、点頭する。
「キセキとバビットが逃げ争いで差し馬のレースなら、さらに有力だよね」
フィエールマンを蹴飛ばした天皇賞秋を反省するサンタが念を押すように女王の腰を叩く。
ヒレカツに手を伸ばす雪女の雪乃が「それから?」と次を尋ね、促した。

「ラッキーライラックちゃんも怖いよなぁ、四コーナーは五番手以内の競馬だし……」
女王様たる源司が久美の口調を真似する。
小馬鹿にするなと、トナカイ久美に背中を押された女王様が今年の実績を評価する。
「……稍重の宝塚記念以外は馬券になっているしな」
「クロノジェネシスちゃんと一勝一敗は五分の星ですぅ」
「今年の成績を強調するなら」と、破顔した久美はケーキを突き刺したフォークを意気揚々と掲げ、おどけるトナカイに周囲の笑いを誘う。
爆笑を受けるトナカイへ手を叩く雪女が、トーンを女王様に手向けた。

「カレンブーケドールは前々走のオールカマーまで四戦連続連対だな」
二巡目の指名だが源司の評価は高い。
「連絡みの時、四コーナー二番手から七番手と幅の広い競馬が出来るのもいいぜぇ」
冷製パスタを啜るサンタ稟音が回顧し、有馬記念へ期待を込める。
「カレンブーケドールもクロノジェネシスの良きライバルだな」
女王様も高評価の牝馬二頭にはエールを交わす走りを希求した。
「あと残り二頭だけど」と口にしたエビフライの尻尾を向ける雪女が滑稽だ。

「オーソリティくんかぁ、実績に裏付けされた未知の魅力があるよなぁ」
再び久美に似せ、頬を両手で挟む女王様が首を傾げると、トナカイさんも二つの手を顔に当てて斜めにする。
同じ動きに周囲はフォークやグラスを鳴らしながら、二人に向けて面白がる。
「一連の競馬はコントレイルと対戦してもイイ線と、稟音も思うぜ」
久美が示したように想像に難くないよと、サンタがツインテールを上下させて賛同する。
「今年の三戦は全て馬券に絡んでますしぃ、四コーナーで二番手から六番手ですよぉ」
シャンパンを勢い良く飲むトナカイが補足すると、婦警もお追従でグラスを呷る。
「全部で七戦目だしー、秋二戦目は消耗少ないしー。三歳馬は成長含めて休み使った上積みはあるだろうしー」
仮装した本物の女性たちから、若い牡のお馬さんは好評だ。

「ブラストワンピースは雪乃さんの期待に乗りたいね」
推奨の馬を女王様に切り出された雪女は、グラスを掲げて四コーナーの位置を語る。
「年始の中山でAJCCは三番手の競馬で勝ってますし、一昨年の有馬記念は四番手で押し切ってますよねぇ」
値打ちを表すと「うふふ」と不敵な笑みを浮かべて「皆さん、お忘れかしら」と口にする。
「中山だったら積極的な競馬で復活して欲しい馬ですね」
女王様が力強く待望を込めると、「中山ですからね」と微笑む雪女が印象的だ。

「その六頭?」
「俺わね、今のところ」
サンタ稟音が予想の締めを求めるが、女王様源司の検討は現在進行形だ。
「最終的な買い目は12月26日か」
サンタは翌日土曜夜、稟音自身の家での予想大会を想像した。
「まだ時間あるし、土曜の競馬などで馬場とかチェックしてからでもいいしさ」
結論出すには時があると言う源司、仮装する本当の美女四人も了解と頷き合う。

「じゃあ、学生さんみたいなお馬さんの競馬を予想しますか?」
雪乃がホープフルステークスはどうかと、皆の意見を誘った。
「やっぱ、東スポ杯の一着と二着じゃないか?」
顎に手を当てる女王様が傾向含めてピックする。
「ダノンザキッドは三番手から、直線ノーステッキで推定33.5秒の脚使って快勝だ」
「大物じゃないか」と言いつつ「他が太刀打ち出来るのか?」と言わんばかりにツインテールを左右にするサンタ。
「タイトルホルダーくん、ダノンザキッドくんに食らい付いて二着なのに人気無いですぅ」
嘆くトナカイに「だから狙い目」とサンタが頭を叩く。
「オーソクレース、アイビーSは後方から馬群を割る価値ある内容。鞍上はルメール様だし」
婦警が二戦二勝で最多勝ジョッキーに畏怖を込めると、皆頷くのみだ。
「アドマイヤザーゲと隼人騎手は!?」
サンタが、これも連勝とソダシでG1制覇した好騎乗の吉田騎手を指名する。
前走出遅れながら勝ったと、女王様が親指を突き立ててOKサインしながら、雪女に向く。
「ランドオブリバティ、前は中山2,000mで二番手から直線抜け出して、強かったわねぇ」
評する雪女は「三浦騎手のG1制覇も期待」とし「女王様に馬券の買目は?」と手を向ける。
「三連単、ダノンザキッド軸一頭マルチの相手四頭で、夢を見る」
ウットリとした女王様は「マルチ」で夢見る佳人、ビューティフルドリーマーとなる。
 
夜が更に深まると、楽しいクリスマスパーティも終盤だ。
雪乃に手伝って貰い洗顔と着替えを終えた源司が店の一階に戻る。
喫茶店は二階までで、三階から上は雪乃が居住するプライベート空間だ。
着替えを済ました稟音やヒロコも「ちぇーっ!」と残念がると、男は苦笑を浮かべる。
店内にシャンパンの空き瓶が少し寂し気に佇んでいる。

「お、おうちにぃ帰りますぅぅ」
今まで以上に舌を縺れさす久美に「どこの家に帰るのか?」と、源司が心配して肩を寄せる。
「酔って動けないのか」というヒロコ、久美は「だ、だいじょぅぶですぅぅ」とグルグル回す腕を稟音の尻にぶつけた。
着替えを断りシャンパンを飲み続けた久美は、トナカイの着ぐるみで椅子にへたり込んだ。
「ダメだこりゃ」
手のひらを二つ見せ、コメディアンの真似をする稟音が派手に嘆息を吹く。

「だったら泊りなさいな」
雪乃が鼻面を合わせると、優しく久美の髪を梳く。
「私も雪乃さんちに泊まるからさー」
「明日はバイトに酒屋をお任せ」とのヒロコも久美の頭を撫でながら「落ち着いたらガールズトークしよう」と、促した。
「申し訳ないけど、お任せします」
源司が雪乃に頭を下げると、稟音も急いで追従する。

「また、来年、よいお年を」
喫茶店のドアを開け、皆で手を振り挨拶を交わす。
「GOOD LUCK!」で有馬記念への期待を込め、親指を突き合せた。
ドアを閉める時、雪乃が「持ってって♡」と源司に小箱を渡す。
「ケーキ、二人で仲良く食べなさい♡」とのことだ。
振り返る源司を雪乃は両手を肩に乗せ、追い出すとドアが閉まる。
外へ出ると冷たい木枯らしが肌を刺し、酔いを醒ます。
店からの「久美ちゃんを担いで三階にいくから、手伝って」と「重いよこの女、結構胸大きいし♡」と雪乃とヒロコの笑声が、耳朶に触れた。

「寒いよなぁ」
そう言う稟音は、源司の腕に絡みつく。
目を落とすと、満面の笑みの美少女が一人。
二人は寄り添いながら、永代通りを歩み出す男は女の肩を抱く。
「今晩、泊って行けよな」
意を決した稟音が、人の温もりを乞うように吐息を吐く。
足が止まると、お互いを漆黒の冬空の下で口を閉じて見詰め合う。
「分かった」
そう呟く男は、女の背中を軽く押した。
二人が一つになり、稟音に家に向かうべく闇夜に消えていった。



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