第12話「有馬予想のクリスマスパーティだ!」(2020年有馬記念予想編:その2)

文字数 4,151文字

「クロノジェネシス」は源司。
「フィエールマン」は稟音。
「ラッキーライラックちゃん」は久美。
「ワールドプレミア」はヒロコ。
「ブラストワンピース」は雪乃。

2020年12月25日夜は雪乃の喫茶店。
店頭で煌びやかなクリスマスのオブジェを脇目に源司、稟音、久美がドアを潜る時だ。
店主から「有馬記念のお勧めを口にして入店ね」と言われた参加者が、次々に馬名を挙げた。
奥の四人席へと誘うように手で招くヒロコに久美が小躍りして近づく。
手前の四人席へ源司と稟音が落ち着く。

高校の先輩である雪乃とヒロコ、同級生だった稟音と久美。
45歳前田源司、25年前の姿となる彼女たちとのクリスマスパーティに胸を高鳴らせる。
不思議な女、初恋の人である稟音。
彼女と一緒に競馬を予想し観戦すると、源司に関わる女性は若々しい風貌で現れる。
残念だが源司は45歳そのままだ。
「皆さん、その馬を挙げる理由を一言で」と雪乃が高い位置で纏めた黒髪をカウンター越しで、自慢げに揺らす。

「クロノジェネシス、今年は四戦全て馬券だよ」と源司。
「フィエールマン、鋭い差し脚だった天皇賞秋での借りを返して貰うぜぇ」と稟音。
稟音と源司は天皇賞秋、フィエールマンを一頓挫?との噂で、買わず痛い目に合った。
「ラッキーライラックちゃん、今年はG1二勝ですよぉ」と久美。
「ワールドプレミア、出遅れて三着だった昨年有馬のリベンジーっ」とヒロコ。
カウンターの板に「なるほどねぇ」と頬杖をつく雪乃に注目が集まる。
雪乃さんはどうなの?と問う八個の瞳に語りかける。
「ブラストワンピースね、一昨年の有馬記念の勝ち馬から、狙え十万馬券よ!」
穴党の面目躍如とばかりに「うふふ」と雪乃は細い眼を更に細めて、立ち上がる。
イチゴと生クリームの大きなノエルを二台両手に乗せ、源司とヒロコの席に向かう。

「わあぁっ!」と四人が一斉に歓声を上げる。
今にも食べそうな源司に稟音が「クリスマスは『ぼっち』だったんだろう」とからかう。
頭を掻いて誤魔化す男にヒロコが「図星ねーっ」と茶化すと、全員が大笑いだ。
店内の緑と赤のテープや金銀のオブジェ、トップスターから靴下まで様々な装飾に彩られたツリーはクリスマスの雰囲気を盛り上げる。
テーブルにはチキン、オードブル、シャンパンなどが並び、ケーキが切り分けられる。
外から見えないよう窓をカーテンで閉じると、浮世とは別な夢世界だ。
雪乃が「コルクを抜いて挨拶してね」と、恥ずかしがる源司にシャンパンを手渡す。
稟音に背中を叩かれた源司が立ち、コルクが宙に舞い、久美が拍手とヒロコの口笛が飛ぶ。
再びボトルを手にする雪乃が人差し指を口に当て、ご静粛にと促し、フルートグラスに注ぐ。
「美女の皆さんと一緒に競馬予想出来るなんて、俺は果報者です」
麗しき四人の熱視線を浴びる源司が、音頭を取る。

「乾杯!」
クラッカーの派手な音、全員が喉越しを愉しむと、拍手が巻き起こる。
「よっしゃーっ、これから楽しむぜぇ」
稟音が右腕を突き上げると、割れんばかりの喝采が店を支配する。
次々と抜かれるシャンパンのコルク栓に「ケーキ絶品」と目を丸くする久美、「チキン美味しいぜっ」と残った骨を振り回す稟音に、「悔しいけど、御意ーっ」とヒロコがチキンとグラスを代わる代わる口にする。
白い肌を赤らめる雪乃に手酌される源司、幾度となくフルートグラスとキスをする。
馬鹿な話と食べ振り呑み振りに歓喜の洪水が流れ続ける。

「さて、始めるか」
頃合いとばかりに宣言する稟音が「私たちからのプレゼント、第一弾」と言明する。
「何をする?」と見開く源司の目を久美が「予想大会の準備です」と諭し、目隠しする。
何か衣擦れの音がささめく。
美女四人が賑やかに「肌キレイ」「可愛い」「腰のクビレ欲しい」「いやバストだろ」などと口々にじゃれ合う。
気になる源司が「どうなっている?」と問い、「女の子の着替え♡」とヒロコが屈託なく返すと、質問した男が逆に気恥ずかしがる。

「じゃあ、目隠し取りますね」と雪乃が意地悪そうに笑声を向ける。
源司が仮装する稟音、久美、ヒロコ、雪乃に取り囲まれた。
真っ赤なサンタ装束の稟音は、ハーフパンツでVサインを源司に向ける。
顔を紅潮させる久美はトナカイの着ぐるみだが、何故かミニスカートだ。
アメリカ漫画にいるような婦人警官のヒロコは、ハーフパンツでモデルガンを片手にする。
白装束の雪乃はまさに雪女で、無垢の和服が似合い過ぎだ。
眉が寄る久美は「何でトナカイがミニスカなんですかぁ」と怒り、矛先の稟音は「サンタの指示通りにハミを取れ」と、どこ吹く風だ。
銃を突きつけるヒロコは腰を屈めて「どうだ」と男を挑発する。
浮世離れした情景に雪乃が「面白いでしょ」と源司に目尻を下げる。
頬を緩める源司にパーティバージョンの美女四人は「えちえちオヤジめ!」と、あざ笑う。
機会を狙う稟音が「じゃあ、予想大会するか!」と宣言する。



「源ちゃんにプレゼントがあるよーっ!第二弾!」
ヒロコが向けた銃の引き金を引いた。
「動かないでね、何があっても動じないでね」
雪乃が真顔を源司に押し付けると、首を上下させるのが精一杯だ。
目配せする雪乃の意を受けた久美は上機嫌に「道具」を持って来た。
「皆の者!取り掛かれーっ!」と稟音の掛け声が合図となる。
意気揚々と、小道具を抱えた女どもが源司に集中する。
不気味な笑みを浮かべて美女たちに囲まれる中年の男。
「なに?何?ナニ?」
後ろへ逃げる源司が椅子にぶつかり、腰を落とし座る形になる。

「源ちゃん、大丈夫ですよ」と、雪乃が優しく源司の頬に洗顔フォームを泡立てる。
「クロノジェネシスは今年馬券になった四戦とも上りがベストスリーよね」と、何も出来ない男の代わりに評価する。
白井雪乃の名前から芦毛馬が好きな彼女が、クロノジェネシスをいの一番に取り上げた。
「天皇賞秋は四コーナー九番手で三着したけど、前の三戦は四コーナーで三番手以内だぜぇ」と、洗顔ブラシを手にする稟音が追随する。
「クロノジェネシスちゃんが三着以内になるのはぁ、当たり前ですねぇ」と、タオルで顔を拭く久美が感心する。

「フィエールマンは天皇賞秋で推定32.7秒だったわね」と、拭いた後にローションを塗る雪乃が促す。
「ああ、驚いた。けど、成績をチェックすると国内のレースは初戦と凱旋門賞帰りの有馬記念を除くと八戦して七回上り最速だ」
天皇賞秋は一頓挫情報に惑わされたと、稟音が悔しがる。
「しかも1,800mから3,200mの距離不問で、確実な末脚使えるもんなーっ」
そう添えるヒロコもショーカットをアップダウンし、カミソリを雪乃に手渡す。

「久美ちゃんはラッキーライラック推しよね」と、カミソリをヒゲに当てる雪乃。
「はい、ラッキーライラックちゃんはクロノジェネシスちゃんと一勝一敗の五分ですよぉ」
「実績の比較から有力ですよねぇ」と、力説する久美はタオルを回転させて、顎を拭く。
「秋は二戦目、引退レースという話だから、メイチに仕上げてくるよなぁ」
馬と源司の仕上げが気になる稟音は、コットンに含む化粧水を顔へパッティングする。
「アーモンドアイちゃんのようにラストラン頑張って欲しいですぅ」と久美が傾けた顔に照明が影を落とす。
前も変なトレーナー着たなと嫌がる源司に「動かないで」とヒロコが肩を押さえて牽制する。
化粧下地を面持ちの内から外へと伸ばす雪乃が耳元で冷静に囁く。
「動くと変な顔になるわよ」
真顔の稟音は「そう、その通りだ」と、コントロールカラーを顔色が良くなるように叩く。
同意を求められた紳士は嘆息すら飲み込んで、時の流れに身を任せた。

「ヒロコはワールドプレミアだけど」
雪乃が隣に意を向け、リキッド&パウダーファンデーションを駆使して立体感を出す。
待ってましたとヒロコが合唱部出身の美しい声音を響かせる。
「十一ヶ月振りで「三強」のジャパンカップは惨敗かもと心配したけどー……」
言いたいことを溜め込んでブレスし、コンシーラーを口許へ乗せヒゲを隠す。
「……アーモンドアイと0.8秒差の六着は上出来だよーっ」
「ワールドプレミアとしては一番厳しい条件だったなぁ。ジャパンカップを除くとデビューから七連続で上りは三番以内で全て馬券絡みだしなぁ」
稟音も条件好転を期待しながら、パフでフェイスパウダーを重ね、肌ツヤを出す。
「ワールドプレミアくんは豊さんが乗り続けいるんですよねぇ」
久美はレジェンドジョッキーが手放さないのを嬉しがり、ハイライトを頬や鼻、顎へ入れてメリハリを持たせる。
「なんか、皆良さげだよなぁ」
稟音の零す呟きに久美もヒロコも肯首する。
予想し合う三人を脇目に「うふふ」と雪乃が口角を緩めて、チークを源司の頬に差す。

「ブラストワンピースは、ここ二戦は負け過ぎだよねぇ」
アイブローで眉毛を縁取る稟音、カットするヒロコが「そうそう」と、二人は残念がる。
久美が「どうしてブラストワンピースくんを推すのですかぁ」と雪乃に尋ねて、アイシャドウを塗ると目元が華やかになる。
「やっと中山で出走できるわ」
そう雪乃がアイラインを描きながら、囁く。
ビューラーを手にする稟音と一緒に「マスカラとつけまつ毛をどうする?」と悩むヒロコがハタと気付く。
「ブラストワンピースは二戦二勝だよなぁ、中山」
「なるほど、「相性」で雪乃サンは勝負するのですね」
雪乃は黒いポニーテールを縦に揺らすと、リップブラシで唇を演出し、選ぶ理由を追加する。
「天皇賞秋より、良さげなのはワールドプレミアと同じでしょ」
薄ら笑いを浮かべる雪乃が、自らの手を拭く。
「この秋は二戦目ですぅ」
久美がリップグロスと補足を追加した。

「まぁ、ここまでかな。有馬記念の予想も「作業」も」
雪乃が手を叩くと、美女三人も納得顔だ。
「作業」が終わると雪乃が源司に「悪いけど、セーターとシャツだけ脱いで」と、肌着はそのままでと諭す。
渋る源司に稟音とヒロコが「まぁまぁ」と促しながら、嬉々として加担する。
雪乃が「ズボンは後で脱げばいいから」と手にした服を源司に渡し、「着替えてね」と誘う。
再び、ぐるりと取り巻く美女四人が破顔を押し付ける。
「分かったよ、どうすればいい?」
ため息を吐く源司が、意を決する。
諦めと覚悟決めると、雪乃が「手伝いますね」とスマイルを向けた。
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