第13話「クリスマスパーティは穴予想だ!」(2020年有馬記念予想編:その3)

文字数 4,009文字

「皆さん、穴馬をチェックしますよ!」
ダークホース好きの雪乃が「さあ、ピックしてください!」と、待ち切れない心情を発した。
その雪乃の喫茶店、源司は美女四人とクリスマスパーティで、有馬記念の予想大会をする。
「カレンブーケドール」と源司。
「オーソリティ」と久美。
「キセキ」と稟音。
「バビット」とヒロコ。
「サラキア」と雪乃。

カレンブーケドールを挙げた源司が「これ、穴馬じゃないな」と苦笑いだ。
雪乃は「最初に私たちの一次審査に通らなかったお馬さんは皆、穴馬よ」と素っ気無い。
「皆さん、その馬を挙げる理由を一言で」と、雪乃がフルートグラスを高く掲げた。
「カレンブーケドール、ジャパンカップは「三強」に続いて見事な競馬」と源司。
ジャパンカップでオールカマーの敗戦を嫌った源司はカレンブーケドールを買っておらず、ハナ差で馬券は紙屑かと、追い詰められた。

「オーソリティくん、古馬初対決のアルゼンチン共和国杯は強かったですよぉ」と久美。
「キセキ、ジャパンカップの逃げは感動した、助演男優賞だぜぇ」と稟音。
「バビット、内田騎手が乗るじゃない」とヒロコ。
「内山田洋子さん、お名前が似た方の応援よねえ」との雪乃の突っ込みにヒロコは少女のように目を輝かせる。
「ヒロコは相変わらずねぇ」とグラスを呷る雪乃が、自身の穴馬の理由を発表する。
「サラキア。ここ三戦は充実一途よねぇ、人気以上に走って馬券になっているし」
穴党として「これは買いでしょう」と雪乃はシャンパンの香りを吐く。

「雪乃っち、ディープな穴馬談議の前にさ……」
嫌らしく口許を緩める稟音がスマホを指さす。
雪乃は「写真は源ちゃんに送ってあるわよ」と目を流す。
「プレゼントですぅ」
「源司、スマホ見なよー」
笑いを押し殺す久美とヒロコがメールの添付を開けと促すと、源司は恐る恐るタップを繰り返す。

「これが、俺?」
スマホに写るのはロングドレスを纏う女優顔負けの美しい女王様だ。
ウイッグを着けた源司が毛先と目を白黒させるのをニヤける四人の面前で披露する。
『ガチの女装メイク』が成功したカルテットが、「やったね!」と歓声を交わし合う。
これが女性たちから源司へのクリスマスプレゼントだ。
「あそこに行くか?」
源司の驚愕に応える稟音がツインテールを振る先には、雪乃が用意した全身鏡があった。
微笑を浮かべる久美とヒロコが「行け」と、背中を押す。



鏡の中の源司、光り輝く世界に頬を染める女王様が映っている。
緊張した面持ちを赤らめ、両手を頬に添えると胸が弾む。
右に腰を捻るとスカートの裾が揺れ、可愛らしい美姫に息を呑む。
観客は手を震わせ、スタンディングオベーションが広がる。
サンタ稟音&トナカイ久美、婦警のヒロコ、雪女たる雪乃は「綺麗、キレイ」の連発で賞賛が流れる。
想像以上の美しさに目を疑うサンタが「結婚式の二次会仕様」と悔しがるのが妙に可笑しく、皆で顔を緩め合う。
「さぁ、宴の続きですよ」と雪乃が黒髪を跳ねさせ「穴馬チェックタイム」と表明する。
綺麗な「五人」のクリスマスパーティが、再び動き始める。
美女の仲間入りした女王様が年甲斐も無く、心音を速くする。
「お姫様どうぞ」と雪女に促されたクィーンが命ずるように馬名を口にする。

「カレンブーケドール、買いだよなぁ。悪い着順でも四着、負けても着差は0.6秒以内だし、デビューから十二走して十回馬券だ」
「それなら馬券握って、ゴール前は応援出来るわな」
勝負馬券で「どっかに行った?」の残念にならないのは、競馬を楽しむ立場から何よりだ。
サンタ稟音が切実そうに腕を組みながら、ツインテを縦に揺らす。
「クロノジェネシスといいライバルだねー」
同期の物語を婦警ヒロコが、見栄え良い源司の代弁をした。

「オーソリティくんがいますよぉ……」
ほろ酔いのトナカイ久美が珍しく積極的に馬名を告げる。
「……休み明けの前走は完勝でしたしぃ、青葉賞はレースレコードですよぉ」
「久美ちゃん、よく調べてイイトコ突いてるね。2:23:0はコントレイルのダービー2:24:1を上回っているしな」
女王様に頭を撫でられ、トナカイ久美さんは満面の笑みだ。
「デビューして七戦目、フレッシュよねぇ」
自身も若返る雪乃に撫でられる中身は中年男の忍び笑いが麗しい。

「キセキもいるぜぃ!」
サンタ稟音がツインテと右手を突き上げ、「タイムで言うならばっ!」と好きな馬への愛を告白する。
「ジャパンカップは10Fが1:57:5だ。天皇賞秋1:57:8を上回っているぜ!息が抜けるコーナー6コの中山2,500mなら、改めて期待だぜぇ」
当然逃げのプレゼントを見込むサンタに女王様の源司は感心する。
「今回が二十七戦目の六歳古豪だよな」
「ベテランさんのタフさも良いですねぇ」
先程の予想を誉められた礼とばかりに久美がミニスカの裾を捲り、女王様の腰に絡み付く。
飼い主サンタの稟音が「仕方ないなァ」と、裾を正す。

「ヒロコは内田ジョッキーのバビットよね」
雪乃に促された内山田洋子は口一杯のチキンをシャンパンで流し、むせ返りつつ胸を叩く。
一息吐いたヒロコが「四連勝は実力の証」と見定める。
「コーナーが多いコースを主張するなら、逃げて後続の追走を振り切った朝日杯セントライト記念からチョイスすべきよー……」
ポリスのヒロコはシャンパンで喉を湿らせて、続ける。
「……前半37.2秒の後半37.0秒で纏めた内田騎手の手腕も期待よーっ!」
「似た名前の内山田先輩は内田騎手のファンですよねぇ」
声音を震わせるヒロコに久美は両手を合わせていい顔をすると、稟音が鼻を膨らませる。
「練者キセキの番手がバビットだよ」と騒ぐサンタの稟音。
「若いバビットが大逃げを打ちますので、キセキが控えるのかと」とポリスのヒロコがモデルガンを突きつけ、やり返す。
グラスを手にして睨み合うサンタと婦警の光景に女王様も呆れて、口許を緩める。

「サラキアの出番かしらねぇ……」
和服の襟を正しながら「バビットとキセキがケンカして差し馬の競馬になったら?」と雪女の雪乃が目を細めて補足する。
「……三戦連続で上がりがベスト。そんなお馬さん、他にはいないわよぉ」
鋭い脚を想望する雪女の見立てに女王様が意を重ねる。
「エリザベス女王杯はラヴズオンリーユーを押さえ、ラッキーライラック迫る勢いだったし、このメンバーでも勝負になるかも、だな」
クィーンのフォローに雪女が続ける。
「キセキとバビットのペースが、どうなるか?分からないじゃない……」
「……府中牝馬ステークスでは四コーナー三番手で、エリザベス女王杯は十二番手。柔軟なレースが出来そうなのも魅力的よねぇ」
雪女は一つに揃えた黒壇の髪と瞳を艶めかせる。

「どうするか?」
「そうだねぇ、みんな買いたくなっちゃたぜっ!」
「本当だよねー」
「選べませんっ!どうすればいいんですかぁ?」
悩む女王にサンタも婦警もトナカイも全員が眉根を寄せた。
「色々検討したけど、馬券を買う際は絞らないとなぁ」
サンタの言を受け、雪女が「これからチョイスしていきますよ……」と言い掛ける。
「……明後日の締め切りで馬券を手にする瞬間まで、悩む楽しみがプレゼントよね」
黒髪のポニーテールを嬉々としてなびかせる雪女に予想する楽しさを言われては、競馬ファンとして得心するしかない。

「馬券と言えば、皆さんG1の状況は如何?」
微笑を浮かべて問う雪女に女王様もサンタさんもトナカイも婦警さんも目を逸らす。
「チャンピオンズカップは勝ったチュウワウィザード買ってたんだけど……」
「クリソベリルが連対を外すとは……」
女王様は下を向いて呟くと、万事休すとサンタも宙を仰ぐ。
「ゴールドドリームは平安ステークスや去年のチャンピオンズカップで買ったでしょう?」
源司の過去を振り返る雪女の一言に床から目線が動かない。
「あらら」と囁く雪女が口を閉じると、悩ましげな細い眼を左右に振った。

「阪神ジュベナイルフィリーズは取ったんでしょー?」
ワザと陽気に婦警が「ソダシは見事な勝負根性だったわねー」と、女王様に銃を突き付ける。
「まあ、馬連だけどね」と、鼻の頭を掻くクイーンが一番人気の的中を恥ずかしがる。
「三連単買おうとユーバーレーベンも候補だったけど」とサンタが内幕を暴露し「騎手と相性が悪いと買わず仕舞いさ」と続けた。
マイルチャンピオンシップでサリオスからの馬券で負け、トラウマになった女王様の判断ミスとなる自滅は、馬も騎手も関係ない話だ。
「でも、ソダシちゃんとサトノレイナスちゃんの接戦は迫力ありましたよねぇ」
来年への期待でフォローを入れるトナカイさんの笑顔で救われる感じだ。

「朝日杯フューチュリティは?」
雪女の目線に又もや女王様たる源司はソッポを向く。
「枠連4-7の一点買いだったらしいぜ」
白眼視を投げるサンタ稟音が「代用品狙いの変な買い方」と吐露する。
「迷いがあるようじゃあ、ツキにソッポを向かれるわねぇ」と雪女が呆れた息を吐く。
「グレナディアガーズくん、レコード勝ちは強かったですねぇ」
トナカイさんが、馬と二番手を外目でキープした川田騎手の手綱を称えた。
「中内田厩舎の素質馬、上がり最速で1:20:4の未勝利勝ちを評価しないとー」
「坂路で馬也51.4秒を叩きだした調教も良かったよー」とも言う婦警の内山田洋子は似た名前の縁で、中内田厩舎ファンだという。
ヒロコの指摘に女王様は「その通り」と言わんばかりに押し黙る。
「グレナディアガーズくんも来年が楽しみですぅ」
トナカイさんと婦警が手を取り合って「そうだよねっ!」と息を合わせた。

「それじゃ、気分転換で」
雪女の雪乃から女王様たる源司にシャンパンのボトルが渡されると、中締めだという。
再びコルク栓が勢いよく抜けると、乾杯の歓声から拍手が起こる。
女王様、サンタ稟音とトナカイ久美、婦警のヒロコに雪女の表情に色艶が宿る。
夜は更けつつあるが、楽しい有馬記念の予想談議はまだまだ続いていく。
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