5-1節

文字数 786文字

 覚えのいいムトは、ひらがなの形と発音の紐付きをすっかり習得してしまった。湊がまた同じように表を作り、次はカタカナに入った。だが、それもすぐに覚えてしまうのだろう。文字を教えてもらっている時のムトは楽しそうだ。相変わらず表情はないが、取り組む姿勢を見ていればはっきり分かった。
 ただ湊は塩の一件から実験を控えるようになり、その代わりムトの基本的な生態を毎日聞くようになった。同じ過ちを繰り返さないようにと、反省は全員がしていたが、一番しているのは湊ではないかと吉男は思う。むろん実験の主体だからという理由もあるが、それ以上にムトに対して真剣だからだ。
「今度の誕生日は宇宙の本を買ってもらおうと思うんだ」
 吉男と二人でいるとき、湊が話した。
「ムトのこともそうだけど、僕は宇宙のことについてあまりにも知らない。今度のことでそれがよくわかった。きっと宇宙は、僕が思っている何倍も奥深いものだし、何年かかってもその全てを知ることはできないかもしれない。でも、いいんだ。真相に近づこうとすること、歩みを止めないことが大切なんだ。それはムトが教えてくれたことでもある。もちろん頑張ればそれでいいってわけじゃないんだろうけど、頑張るのは前提みたいなものさ。今のこの気持ちを僕はずっと持ち続けたいし、そうあるべきだとも思う」
 以前は、湊の未確認生物への熱意は自分と同じくらいだと吉男は思っていた。けれどムトと出会ってから、湊は深くのめり込んでいき、それが今回の失敗によってより真摯なものになった。もちろん自分もムトは好きだし、たくさんの神秘的な体験には心惹かれている。それは同じだ。でも、湊くんはきっと見つけたんだ、という感覚がしていた。ずっと追い続けられるほど大切な何かだ。そこまでの気持ちが自分にあるかはわからない。でも、少なくとも、友だちのことは応援しようと吉男は決めた。
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