2-1節

文字数 8,136文字

 授業が終わるのが待ち遠しかった。わくわくしていた。そわそわしていた。湊と吉男と十吾は休み時間の度に集まり、他のクラスメイトに聞かれないようこっそり昨日の出来事を話し合った。
「この分ならよ、河童だっているんじゃねえか?」
「十吾くんったらもう、調子いいんだから」
 軽い冗談を言い合い、でも本当にいるんじゃないかと思わずにはいられなかった。何せ本物に出会ったのだ。特に吉男は活き活きとしていた。着々と未確認ノートを更新しながら、いつも自分をいびる、あの揃いのクラスメイトを見返す機会の訪れを待ちわびていた。
 まずはもっとムトのことを知らなければ、と湊は思っていた。そのため、訊きたいことを箇条書きにして、メモ帳に書き込んでおいた。昨日は皆、帰ってから大したお咎めはなかったのだが、続けばどういう処置が下るかは想像できる。授業が終わって一旦家に戻ってビルに着く頃にはもう十五時半。帰りを考えると遅くとも十七時四十五分にはビルを出ないといけないので、実質二時間強の時間しかない。効率よく質問するためにもメモは必須だった。
 言葉が話せるのは大変都合が良かったが、礼儀を重んじるきらいがあったようなので、無礼な振る舞いなどしないよう気をつけようと留意した。とはいえ、たとえば悪口を言えば怒るなどといったこちらの常識が通用しない可能性も大いにあり、そもそも何が失礼にあたるかも不明なので、気をつけたところでさしたる意味はないかもしれないのだが、そこは気持ちの問題。科学者の実験動物ではないのだから、一方的ではなく、きちんと対話して理解しあう必要がある。その上で、いくらか長期的に調査をさせてもらえないかと湊は考えていた。
 ゆかりは普段、男子とつるまないので、会話に参加することはしなかったが、それでもやはり気になっていた。いるはずがないと思っていたからこそ、気が済むまでやらせると言った部分もあったが、結果がどちらにせよ約束は約束であり、そこは変わらない。それよりむしろ、いないと決めつけていた自分が悔しかった。
 理由のない固定観念を取り払い、ムトが何者なのかきちんと見極めなければならないと思い、ふと、クラス委員の本分を逸脱しているのではと自問したが、クラスメイトに危険が及ばないことを考えるなら必要な行為であると判断し、今日もついていくことにした。誘われてはいないが、そんなことは関係なかった。誘いがないのは十吾の差し金と大方の予想はできていて、しかしそれもさほど関係なく、行くと決めたら行くのだった。
 こいつは面白いことになってきた。十吾は飽き性で、飛びつくのも投げるのも早い。河童の件で諦めていたこともあって、単なる暇つぶし程度にしか思っていなかった今回の探索が、まさかこんな展開になるとは予想外であり、長く楽しめる予感がしていた。それほど深い考えはなく、楽しければよかった。しかし、毎回あのエレベーターの往復があるのだと思うと、些かうんざりした。めんどくさいし、つまらない。十吾にとっては、ゆかりの同行に次いで二番目に嫌なことだった。
 案の定、ビルの前で待ち構えていたゆかりが合流することになり、むかっ腹の立つ思いでエレベーターに乗り込んだ十吾は、二重苦に苛まれる気分でいた。
「ええと、昨日は何回ぐらいやったんだっけ?」
 上へ向かうエレベーターの中で吉男が湊に訊ねた。
「三十回以上はしたと思うけど。正確な回数は覚えてないなあ」
 ぼんやり湊が答えると、ゆかりが横から言った。
「三十七回よ」得意げに見えないよう、なるべく自然を装って言う。
 すると湊は「そうなんだ。よく数えてたね」とあっさり感心した。優位性を得られると思っていたのに、素直に褒められ、ゆかりは歯がゆい心地になった。相手にされていない気がしたからだ。しかし一方では認められた感覚から嬉しくもあり、そんな自分に気づいては、気を引き締めようとするのだった。
 湊はゆかりの機微など知る由もなかったが、十吾は「けっ。何をえらそうに」と、内心毒づいていた。だが、思ってみたところで自分にはどうすることもできない。言い負かすことも、まして腕力でどうにかすることも。嫌なことを思い出しそうになってきた。ごちゃごちゃ考えてしまうから、退屈な時間は嫌いだ。何か起こるか、早く過ぎてほしいと十吾は思う。どうせしばらくは殺風景な一階と五階を繰り返し見るとわかってはいるのだが。
 ところが乗り始めて早々、エレベーターは例のあの真っ白な部屋がある階に着いてしまった。
「あれ? まだ三回目だよね?」不安になって吉男が確認すると、湊もゆかりも不可解げに頷いた。エレベーターから出て、振り返り湊が言う。「どういう仕組みなんだろう」
 思案する湊の肩を、奥からぐいと出てきた十吾が叩く。「まあいいじゃねえか。それより今はきのうのやつだよ」
 機嫌はもう直っていた。それどころかご機嫌そうな十吾に、湊は答える。「そうだね、後回しにしよう。でも、どういう仕組みなのかいずれ検証はしたいな」
「おう。ほらじゃあ行くぜ」
 将来的な話を流し気味に、目先の楽しさに向かって十吾は先々と歩きだした。
「まったく勝手なんだから」
 吉男の言葉にゆかりが同調する。
「本当にね。困った人だわ」
 吉男としては、十吾の振る舞いに対するいつもの定型文のような気持ちで何気なく言ったのだが、ゆかりは心から嘆息しているようで、調子を合わせづらく、しかも下手に否定すれば十吾の味方をしたと見られかねないために、吉男は曖昧な返事をした。
「う、うん。まあ、まあね」
 わずかに不審な目で吉男を一瞥してからゆかりが言った。
「行きましょ。彼が変なことしないうちにね」
 妙な緊張感から解放され、吉男はその場で胸を撫で下ろしてから、すでに十吾に追いつきつつある湊とゆかりに追いすがった。
 あらためて部屋を見回してみたが、ムトの姿は見えなかった。十吾の話では、前回は何もない場所に突然現れたとのことだったので、手分けして探そうかと四散した矢先、吉男の喚声が響いた。「ひゃあ!」
「こんにちは」
 どたと転び、手を後ろへ着いた吉男の間近にムトが立っていた。
「どどどこから」
「私はずっとここにいた」
 部屋の真ん中辺りでそう言うムトに、怪訝な気持ちで他の三人も集まってくる。しげしげと吉男を眺めてムトが言った。
「その動きはどういう」
 なぜそんな体勢かと言いたいらしい。誰が見ても、急な出現に驚いたからだったが、ムトには理由がつかめないようだった。しかし面と向かって伝えるのは、怒りを買うおそれがあり、考えものではないかと湊は思う。それは湊ほどでもないにせよ吉男もゆかりも同じで、答えに窮して言葉を濁す。だが、十吾はお構いなしだった。
「ばっかだなー。おめえがいきなり出てきたからびっくりしたんだよ」
 制止する間もなく小馬鹿にした笑いを放つ十吾に、三人はどきりとした。あわてて止めるも、何のことやら十吾はわかっていない。ひやひやしながら様子を窺っていると、ムトが独りごちた。
「そうか。そうなのか」
 無表情のため、取りようによっては、まるで受けた屈辱を怒りと共に噛み締め、報復行動を倍加させるべく静けさを帯びているように見える。しかし、ムトは吉男に向き直ると、ぺこりと頭を下げた。
「すまなかった」
 意外だった。驚き戸惑ったが、すぐさま否定すべく吉男があわてて立ち上がる。
「い、いいよいいよ。大丈夫だから」
 継続した調査の許可を得るためとはいえ、恐れすぎていたのかもしれないと湊は思う。姿は同じ年頃の少年だが、ムトの方がずっと大人びているように感じられる。挨拶もまともにしていないことに気づいて、ちょっと恥ずかしくなった。遅くないかなと不安もあったが、ちゃんと話そうと決めてきたことを思い出した。
「こんにちは。ムト」
「こんにちは。カセミナト」
 相変わらずムトは無表情だが、湊はむしろ安心して微笑した。なんとなく先を越された気分になり、負けじとゆかりも挨拶する。「こんにちは。お邪魔します」
「こんにちは。カミジョウユカリ」
 自身の驚きかたが、わざとではないにせよ大仰だったかと反省しながら、吉男も次いで言う。「ム、ムト。こんにちは」
「こんにちは。ヤダヨシオ」
 (なにがし)かを返せたような心地で吉男も安堵を得て、照れ臭そうに笑う。
「おい、なんかずるいぞお前ら。こんにちはこんにちはムト。ほら、おれ二回も言ったもんな」
 話の流れをつかんでいない割には人一倍乗り気になって言う十吾にも、同様にムトは返す。「こんにちは。ヤマノジュウゴ」
 全員が挨拶を交わすと、場の空気が随分(ほぐ)れたように感じられた。一段落ついたところで、メモを取り出して湊が質問した。
「ムトは人間じゃないんだよね」
「そうだ」
「遥かなる虚空の狭間っていうのは宇宙のこと?」
「そうだ」
「つまりムトは宇宙人?」
「君達からすれば、そういうことになる」
 湊と吉男はまた顔を見合わせ、高揚する気持ちを確かめあった。十吾は横で「そんでそんで?」と次の質問を催促し、ゆかりは冷静なふうを装いつつも聞き耳は立てている。姿は人間と同じなのに、宇宙人などといった非現実的なものを信じざるを得ないのは、目の前で行われた形態変化に依るところが大きかったが、その部分については、期せずして湊から話が及んだ。
「昨日、体の形を変えていたよね。よければもう一度見せてもらえないかな」
「構わない」
 そう言うと、前に出されたムトの手から、五指がみるみる縮んでいった。指の付け根までくると、代わりに手の甲が盛り上がりはじめ、先端から小さな芽が出てきた。手は肌色だが、芽は緑色をしている。さらに、盛り上がりが萎んでいくと、双葉の中心から赤い芽が現れ、その芽からも青い芽が出た。次々と新たな色が連なっていく様を、三人は息を呑んで見守り、十吾は「お、お、お」などと声を漏らしていた。
「これでいいか」
 ムトの腕の先端から、多色に彩られた発芽の連鎖が一メートルほど真上に伸びていた。どれも瑞々しく、部屋の光を艶やかに反射してきらきら輝いている。
「すげー!」
 十吾が大はしゃぎし、三人もそれぞれに感嘆しながら、しばらく神秘的な光景に見入った。このように体を変形させた驚きより、美しさに惹かれるところがずっと大きく、ムトの実態を掴むべく注視していたゆかりの固い気持ちは、いつかほだされ柔和性を帯びていた。
 少し経ってから、はっとして吉男が言った。
「そういえばムト、腕は大丈夫なの?」
 見ると、確かに腕全体が縮み、元の半分程度に細くなっていた。シャツがぶかぶかで、連なりを支えるにはやや頼りないと思える。だがムトは特に不具合もなさそうに「ああ」とだけ言うと、頂点の芽から順に崩していった。思わず吉男が「あっ」と声を出したが、見る間もなく芽がどろどろと溶け、混ざっていく。芽が失われていくにつれ、腕の太さが増し、手の甲が平面に戻るとゆっくりと枝分かれして五指が伸びてきた。少々不気味な光景ではあったが、ムトはけろりとしており、問題はなさそうだった。なんとも言えない不思議な感覚になりながらも、湊はお礼を言う。
「ありがとう。見せてくれて」
「構わない」
 湊たちからすれば、絶対に真似できない特殊な出来事だったが、ムトにとっては日常の、心に留めるまでもない通常行動だったのかと思えるほど、重みのない反応だった。もっと知らなければ。湊は質問を再開した。
「形や色は自由なのかい?」
「色は自由だが、形状に限界はある。言わばこれは、私の質量を部分的に移動させているに過ぎないので、質量以上の大きさにはなれないし、圧縮するのにも限度があるのだ」
「なるほど……よくできたものだなあ」
 先の形態変化を反芻しながらしきりに感心する湊に、十吾が訊ねる。
「なあみなと、それってどういう意味だよ」
 その後ろには吉男もいた。二人とも勉強は得意ではない。十吾は勉強をしないからであるし、吉男は要領が悪いために十吾ほどではないにせよ成績は振るわない。
 うーんと少し思案してから、腕の一部をつまんでみせながら湊が解説した。
「そうだなあ。例えばこうやって、腕の肉を持ち上げる。僕たちはこの部分をこれ以上動かせないよね。手を離せば元に戻るし、手を使わずに動かすのもほとんどできない。ところがムトはそれができるんだ。部分ごとに身体中を動かせるし、おまけに色だって変えられる。けれど何にでも変われるってわけじゃなく、ムト全体より大きいもの、例えば恐竜なんかにはなれないし、身体を縮めたり薄く伸ばしたりするのにも限界がある。そういうことみたいなんだ。さっきも芽の分だけ腕から持ってきたから、腕がしぼんでいたんだね」
「おお、そう言われるとわかるぜ」
 十吾も吉男もようやく得心いったというふうに笑った。ムトの話を聞いてから自分なりに答えを用意していたゆかりは、それが湊の解説とほぼ合致するものだったので、正答と見なし満足した。
「ということはもしかして、ムトの居場所がわからなかったのは、色が変わっていたから?」
 答えから紐付けて湊が訊ねた。
「その通り。この部屋と同じ色になっていた」
 やっぱりそうか、と湊は納得する。「じゃあ、見つからない時はちゃんとムトを呼ぶことにするよ」
「了解した」
「そういえば、あの声を出してたのはなんだったの? ほら、昨日ぼくたちと話す前にやってたやつ」今度は吉男が質問した。
「そうだそうだ、あれ変だったぞ」と十吾も便乗する。いずれ訊くべきことだったので湊としても問題ない。ゆかりにも訊いてみたいことはたくさんあるのだが、あくまで監視役であり本来なら気乗りしない、という(てい)で最初に来てしまったがために、あからさまに興味を示すとからかわれる危険があるので、少し躊躇(ためら)われた。
「あれは発声練習だ。君達は、空気を振動させる方法と音の組み合わせによって通信するだろう?」
「声のことだね」湊が返事する。
「そう。我々は普段そのような手段を用いないので、慣らしが必要だった」
「じゃあどうやって会話してるの」と訊ねると、ムトは自身の指先を吉男の額にぺたっと置いた。すると、吉男は遠くを見る目になり、そしてすぐ「わわっ!」と大きく仰け反った。心底驚いた様子で、胸に手を当て、小刻みに息を吐く。だが、傍から見ていた三人には何が起こったのかわからない。
 馬鹿を見る目つきで十吾が言う。「なにやってんだ?」
 だが、心外だとも訴える余裕がないらしく、吉男はまだ息を弾ませている。ならば自分たちも受けた方が早いだろうということで、三人もやってもらうことにした。ムトの両腕が前に出されたとき、一瞬、そういえば三人同時は無理だと反射的に湊は思ったが、一方の腕が途中から分かれはじめて気が付いた。
 三つの指先が三人の額に触れると、視界がぼやけた。というより薄まった感じで、目の前の一切が半透明になる。その上から、元の視界と同じ濃度で、つまりは上書きするようにして、違う景色が現れた。その中で、湊たちは足元を見ている。しかしその足は宙に浮いており、床はない。遥か下方に広がる数多のネオンライトが、今が夜であり、どこか都会の上空であることを告げていた。
 驚きのあまりびくりと身を動かすゆかり。だがかろうじて額へ置かれた指は保ったままであり、彼方の光を見つめるのをやめない。十吾はすんげーすんげーと腕を突き上げて喜び、その声は朧気ながら二人にも聞こえている。元の視界もまた、霞んでいるが視認は可能だ。
 湊はゆっくりと周囲を探った。高層ビルの摩天楼が斜め方向に見下ろす形でいくつか見える。どうやら相当高いところにいるようだ。風は感じられず、落下はせずに浮いたままである。感覚を確かめると、自分の足があの白い部屋の床の上にあるとわかる。自分は何を見ているのだろう。幻覚の類なのかと湊は考える。無数に屹立するビル群からしても、自分たちの町では決してない。どこかの都心部。都会の空気は不味いと聞いたことがあるが、今は感じられない。街の明かりは夜でも騒がしく、無作為に煌めいている。けれど新鮮で綺麗だと思う。あそこへ降りたてば、どうなるのだろう。
 きゅっと眩しい感じがした。ムトが指を離したらしく、目の前にはもうあの夜の街は存在しない。吉男が駆け寄ってきた。
「もう! なかなか終わらないから心配したんだよ」
「僕たちはそんなに長い時間やってたのかい?」元の視界の感覚を取り戻しながら、湊が言う。
「うーん、十分ぐらいだけどさあ」自分がすぐ終了したのを言われて思い出したらしく、吉男は語尾を濁す。「でも、よくあんな場所を見て平気だったね。ぼく高いところ苦手だからさ」
「なにいってんだよ。ちょう楽しいじゃねーか」腰に手を当て、ふんぞりかえって十吾が言う。「な、みなと」
「うん。楽しい、というか不思議な体験だったよね」
「そらみろよしお。びびってるのはおめーだけー」指を指して十吾が(あざけ)る。
「もうっ、キキカンが足りないんだよ十吾くんは」吉男はつんと横を向いた。
「つまり、ムトはこうやって会話してるってことかしら?」
 男子がふざけあっている中、だしぬけにゆかりが質問した。虚を突かれて三人はあわてて話を中断する。
「そうだ。そもそも我々は言葉を使わない。知覚や記憶を伝達しあうことで互いの思考を読み取るのだ。強いて言えば、この意識の流れこそが私達の共通言語だと言えよう」
「喋らない代わりにイメージを送りあうのね。あれはムトがどこかで見た風景?」
「そうだ。しかし君達にはできないらしいので、こうして言葉を交わしている。ムトという名に相当する言葉も本来ない。なぜなら私の名とは、我々の共通言語に由来するものであり、文字や言葉で表すことがないからだ。よって君達の言語への変換が必要だった」
「それで昨日は聞き取れなかったのかしら。なんだかこちらに合わせてもらってるみたいでごめんなさい」
「構わない。カミジョウユカリ」
 二人だけで話が進んでいるのが癪に障ったらしく、十吾が口を挟む。
「ていうかよ、あれはなんだったんだよ。ら! っていうやつ」
「発声している時に『ら』という発音に行き当たり、言うと楽しくなることに気付いたので連発したのだ」
「なんだそれ、変なの」
 確かに自分たちにはわからない感覚だ。けれど湊はすごく意外だと思った。ムトにそんな子供らしい一面があることと、楽しいという感情があるというのに驚いた。無表情だからといって感情がまるでないわけではなく、通信手段が異なるのと同じで感情表現も違うのだろう。人間と同様に喜怒哀楽で分類できるとは限らないが、自分たちのことを教えることで、ムトのことを比較してもっと知っていけるのではないか。そう考えた湊はムトに話を持ちかけた。
「ねえムト、僕たちはムトのことを知りたいんだ。だから、しばらくの間ここに通ってもいいかな」
「問題ない」
 あっさりと要求が通ったが、なんとなくそんな気もしていた。
「ありがとう。それで提案なんだけど、僕たちがムトのことを知るように、ムトにも僕たちのことを知ってほしいんだ」
「君達の……」
 ムトが初めて言い淀んだ気がした。
「うん。その方が互いに理解が深まると思うんだ。どうかな?」
「それは願ってもないことだ」
 こちらを知ってほしいというのも結局はこちら側の要求であり、少し一方的かとも思っていたが、ムトが快く了承してくれたことで、湊は大いに安心した。他の三人も異論はないようだった。もう来ないなんて、考えられなかった。
「ありがとう。ムト」
 それからまた話をしていると、すぐに帰宅時間になった。明日も来られるとわかっているのに、帰り支度は捗らなかった。
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