5-2節

文字数 2,364文字

「私とスウはいつも一緒にいた。触れずとも、互いの感情を何もかも分かりあえた。柔らかな陽光に包まれながらぷかりと宙に浮かび、六日ごとにやってくる夜には並んで星空を見上げた。同族の数は多くなく、誰もが見知っていたが、もっとも縁を深めた者はスウだった」
 イメージが流れ込んでくる。いつものような具体的な風景ではなく、漠然とした感覚に依るイメージだ。湊たちにはスウの姿がおぼろげにしか見えない。ムトは映像を送るのは得意でないと言っていたので、そういうこともあるのかと、なんとなく思っていた。それでもムトが幸せだったのはわかる。ただそこにいるだけで感じられる幸福に包まれていたのだ。
「清浄な空気のその星で、我々一族は安寧たる日々を過ごしていた。族長はいたが戒律や掟はなく、誰もが自由気ままだった。有事の際には各々が役割を果たし、はぐれ者はいない。適合は完全であり、安らぎがあまねく満ち満ちていた」
 それほど豊かというわけでもないが、手つかずの自然はだからこそ居心地が良さそうだった。しかし懐かしそうに話すムトは、どこか憂いを帯びている。今ここにいることを考えれば当然なのかもしれなかった。そう思うと、湊たちにも幾許(いくばく)かのうら寂しさがある。
「時々、ナロがきた。ナロは独自の哲学を持っていて、何か思いつくと私に見解を述べにくる。ナロの話は同意できる時もそうでない時もあったが、聞いているだけでも心を揺さぶられた。何しろ独特なので、決まった答えがない。生命の在り方や精神の系譜について、昼も夜も越え何度も話をした。スウを混じえて語りあったこともある。ナロは良き友人だった」
 話すたび、ムトの声質が微妙に変化してきている。過去を意識しているような翳りは、限りなく悲哀に近かった。
「何千回目かのある夜、閃光が瞬いた。とてつもない衝撃が大地を揺るがし、砕けた巨岩が(つぶて)となって拡散した。それも一度ではない。続けざまに間断なく爆撃が降り注いだ。流星群が飛来したのだ。私はスウを探した。定期的な瞑想のため互いの住処に戻っていた私たちは、離ればなれだった。スウも私を探しているようだった。既に交信が途絶えた仲間もいる。危険と避難を知らせる強烈な思念が乱れ飛ぶ中、私はスウの思考パターンを必死にさぐった。途切れ途切れに聞こえるスウの声を求め、私は駆けた。集落の中心にあった大樹は無惨に折れ、岩と砂に野晒しにされながら、その巨体を無造作に横たえていた。憩いの場になっていた泉からは澄んだ水面が失われ、泥水と汚泥の堆積場と化していた。
 ようやく遠くにスウの姿を見つけたとき、スウも私に気付き、駆け寄ろうとした。しかし、私たちの間にひときわ大きな隕石が墜ちた。凄まじい爆風で私は宙に煽られ、吹き飛ばされた。目まぐるしく変わる視界の中で、スウが手を伸ばすのが微かに見えた。私も身体を変化させ、限界まで手を伸ばした。再生するそばからばらばらになる肉体に()いて、腕だけは懸命に保った。だが届かない。尚も降り続ける衝撃のためにどんどん距離が開いていく。スウの悲痛な思念だけが私に突き刺さった。宙を掻き、どうにか戻ろうとするも適わない。大いなる力の前に私は無力だった。誰も守れない己の力の無さに打ちひしがれた。
 ナロの意識もとうに消えていた。私を含め、同族のほとんどは宇宙に投げ出されたようだった。もう誰の声も聞こえない。我が故郷に未だ降りしきる流星が、遠ざかる視界の中で、ただ動いていた」
 壮絶な話を聞いた湊たちは、言葉を失くした。うまく映像を送れなかったわけではなく、きっと自分たちに配慮してぼかしたのだ。それでも凄惨な体験であったことは充分に伝わる。初めてムトの心の奥に触れた気がした。それは紛れもなく、心の痛みだった。
 ムトの気持ちがわからないだって? こんなにも僕たちと近しい心を持っているじゃないか。表情や態度はあくまで感情の産物というだけであり、そのものではないのだ。大切なものは深くにあって、しかもそれは一辺倒に当たるべきではない。なるべくなら根源に寄り添うように、寄り添いあうことを認めあえるように。確かに考えて分かるとも限らないけれど、でも、僕はきっと諦めないでいたい。湊はそう帰結した。
 何度も目を背けたくなった。だがそうしなかったのは、ムトが話してくれたからだ。本当はムトが一番つらいのに、思い出したくもないかもしれないのに、自分たちに話してくれた。そこにはきっと意味があるはずだ。だから、受け止めなくちゃいけないと思った。吉男はしかと噛み締め、見つめ続けた。
 以前、わからないことがあっても長い時間をかけムトは一人で答えを出してきた、だから自分もそうしようと思ったことについて、ゆかりは思い直した。ムトが一人で決めてきたのは、そうしなければならなかったからだ。故郷を離れて以後、ムトはずっと一人だった。周囲に誰もいなかったからだ。なら、自分はどうだろう。自分はいつも周りに誰かがいるのではないか。周囲に頼り、周囲と考えることが自分にはできるのではないか。もしもまだ、(ゆる)しが間に合うのなら。保留にしていた選択肢の、進むべき方向を見定める時が来たようだった。
 ムトはあのとき、無力を痛感していた。どうしようもなく、力を欲していた。自分のためのものではない。誰かを助けるための、限られた強い力だ。力がありさえすれば、大事な人を救えたかもしれない。ありさえすれば。持ってさえいれば。
 自分は、力があるのに使っていない、と十吾は思った。それは人を傷つけてしまったからだ。しかし、他の正しい使い道があるのだとしたら。使い方は自分次第で変わるのだとしたら。自身の力と、十吾は逃げずに向き合った。
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