第11話

文字数 590文字

 女性看護師はわたしの誘いにのった。行きたかったのよ、咲良が内壁に埋め込まれていたそのお店でしょう と。
 病院の外に出ておどろいたよ。駐車しておいたレンタカーはおろか、アルゼンチン全体が消失してしまっていたのだからね。日本の公権力も把握していたように、あの1分間だけ南米大陸からアルゼンチンが欠落していた(そして1分間と計測された時間は実際は決して1分間ではなく、長いものだった)。病院の建物とその周囲の限られた範囲の敷地だけを残存してだ。わたしは女性看護師に対して気詰まりを感じたよ。星々が気怠げな もったりした夜空に、あのバーはネオン・サインをサイケデリックに輝かせて浮かんでいたのだから。彼女を誘いはしたものの、どうやったら行けるだろう? あそこには咲良を救うための暗示が隠されているはずだ。どうしても行かなければならない。しかし空に浮かぶバーへの移動手段がないのだからね。苦悩に呻いたわたしに女性看護師が横からこの世のものとも思えぬ豊かさの胸を押しつけた(彼女の甘い匂い)…………そして病院の玄関からは眼球を失い視覚のない咲良が両腕をまえに突き出して たどたどしい足取りでわたしたち二人に近づいてくる、杖もつかずに…………蛇は悪魔の先触れともいうが、緑色の淡い光を帯びた蛇が彼女を先導するようにアルゼンチンに残されたわずかな地をやはりこちらにむかって這い進んでいて…………
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