王妃の宴で朝食を。

文字数 4,041文字

1.
『行って、シュシャンにいるユダヤ人をみな集め、私のために断食をしてください。
三日三晩、食べたり飲んだりしないように。
私も、私の侍女たちも、同じように断食をしましょう。
たとい法令にそむいても私は王のところへまいります。
私は、死ななければならないのでしたら、死にます。』


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

そして、三日目。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・お、おなかがすいたわ・・・・・・。

・・・モルデカイおじさまから、
『あなたがこの王国にきたのはこのためであるかもしれない』と言われて、
覚悟を決めたのよ。
王にとって、私なんて、―私の民族なんて、ちっぽけなもの。
王の機嫌ひとつに命がかかっている、ちいさいものだわ。

けれど、私達、ユダヤの民族は、この天地を造られた、偉大な神を信じている。
―ハマンがこの恐ろしい計画を立てたのは、モルデカイおじさまがハマンをあがめなかったからだときいたけど、
きっと、私達の民族は誰でも同じことをしたと思う。
だって、私達は唯一、真の神の、
『あなたはわたしのほかに、ほかの神々があってはならない。
・・・それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない・・・』と、
言われたことばを守りたいから。

だから、私・・・、私、
王のところにいくの。
たとえ、王に呼ばれてないのに王の前に行ったことで、処刑されることになっても。
もしかしたら、王が私達の民族を根絶やしにする、と決定してしまったことをかえてくれるかもしれない、そのわずかな可能性があるから。
そのために、私がどうなっても、後悔しないわ。

たとえ、そのために死ななければならないとしても。


こ、後悔はしない・・・・!

けど、どうして断食のお祈りをしようと決めてしまったのかしら・・・!
どうせ死ぬなら、おなかいっぱい、いちじくを食べたり、
体重なんて気にしなくていいんだから、三日三晩食べれるだけ食べておけばよかったかもしれないわ・・・・・!

うん、おなかがすきすぎて、正常な思考もうかばないというかー。
同じく、三日三晩、断食をしてくれて空腹で青ざめている侍女たちが、
私に王妃の衣装を着せてくれて、王の前にでる準備をしてくれたんだけどー・・・
この貧血状態にまでなったハラヘリ具合に、頭の上の冠も、ぐらぐらするわー・・・。

じ、じゃあ、王の前にいってくるわね・・・・!

ふらり。

2.
その日、王の重鎮たるハマン、このわしはいつものように、王の玉座のもっとも近くーに、座っておった。
まわりの長ども、宦官どもは、こちらに平伏するようにオドオドとしておる。
実に、良い気分だ。
奴らはー、わしの機嫌を損ねることは、王の不興を買うのと同じことと知っておるので、ただただ、こちらを窺うように見るばかり。
そう、もはや、わしは王のようなもの。
虎の威を借る狐、とはよくいったものだがーその虎、を意のままに操ることができるのだ、この狐は。

いい気分で王室から、王宮の内庭を眺める。
歴代の王どもが眺めてきたのと同じ景色をまさに王になった心持で眺めているとー。

そこに、美しい女性・・・・・・・女神が現われた。

つややかな髪に、陶器のような肌。
緊張しているのか、多少青ざめた顔色がさらにつくりものめいた美しさをかもしだし、
華奢な肩を震わせながらも、凛とした眼差しでまっすぐ王を見つめる王妃、
―エステル。

あまりの美しさに、全てのものの、時間が止まったようであった。
この、口をぽかんと開けてあほぅづらをしている、王も然り。

―さて、どうするか・・・
召されないで王の内庭に入るものは、死刑に処せられるという法令にのっとり、王に処刑を宣告させるのが、一番であろう。
王に召されていないーすなわち、わしの意に関せず勝手をしたようなもので、
この美しい生き物がそのために処刑されるとはーなんともいえぬ、見ものであろう。

そう考え、王に至言しようとしたところで、このあほぅは、操られたかのごとくその手の金の笏を妃に差し出した。
この金の笏を差しだされたことによって、王妃の不敬は赦されたこととなる。
いまいましいものだ、青二才の青年が女の色香に惑わされおって!

さらにあほぅは言った。
「どうしたのだ。王妃エステル。
何がほしいのか。王国の半分でも、お前にやれるのだが。」

ほんとにおまえはあほぅだな!!!!!!

一言、罵ろうかと、いや、王を諌めようとしたとき、王妃エステルがなにか言いたげに
こちらを見た。
その眼差しを見て、全てが理解できた。
つまり・・・


彼女は、声を震わせ、可憐な様子で言う。
「もしも、王様がよろしければ、きょう、わたしが王さまのために設ける宴会にハマンと
ごいっしょにおこしください。」

そう。・・・・・美しさは、罪・・・・・











・・・・・わからんだと?
ぼんくらどもが。
女のなにか言いたげな眼差し、唇、
そして『ハマン(様)もごいっしょに』
とは、「ハマン様と仲良くなりたいけど・・・こんなに素敵で美しく立派でダンディーなハマン様(あのあほぅとは大違い!)と、ふたりっきりになったらエステルこまっちゃう~!」
という、いわば、バレンタインに義理チョコをばらまきつつ、どさくさにイケメンにだけ高級な本命チョコを手渡すような健気な女ごころというものよ・・・・!

(だから、、バレンタインとか、チョコとか一体なんなのだ!)

3.

王に急き立てられ、宴にむかい、
美しく着飾ったエステル妃のお・も・て・な・しをうけた。
あほぅ王は嬉しそうに王妃の酌を受け、王妃を自分のそばから離そうとしないが、
妃はなにか言いたげに、何度も、上目づかいにこちらを見る。
言わずとも、王妃のもどかしい気持ちはわかっておる・・・
このハマンは色恋沙汰のすぺしゃりすとであるからにして。

あほぅ王が再び、愚かなことを口にする。

「・・・お前は何を願っている?それを授けてやろう。何を望んでいるのか。
王国の半分でも、それをかなえてやろう。」

・・わかっておるぞ・・。
おまえ、ずいぶん長い間、妃と喧嘩しておったから、モノで釣る気であろう!!
喧嘩したあとの亭主が奥方の許しを得るために花とかケーキを贈るノリで国をやるとか
言ってるのであろう!
(嘆かわしいことにこの風習は、古来から今にいたるまで変わらぬ・・・
なに?21世紀でも花やケーキ、果てはアクセサリーという金属まで贈るはめになる、じゃと?)

さて、妃はおそるおそる、といった様子で口を開いた。

「私が願い、望んでいることは、
もしも、王さまのお許しが得られ、王さまがよろしくて、
私の願いをゆるし、私の望みをかなえていただけますなら、
・・・私が設ける宴会に、
ハマンとごいっしょに、もう一度お越しください。
そうすれば、あす、私は王さまのおっしゃったとおりにいたします。」


・・わかっておるぞ・・。
妃よ、わしの魅力に・・・取りつかれておるな?
いや、しかし、わしは妻子ある身、決して不倫などは・・・
しかし、このようなダンディーで偉大な男に、彼女が参ってしまうのも、無理はない・・・!
と、いい気分で宮殿を出、王の門にさしかかったとき、虫けらに目がとまった。
そう、あの虫けら、モルデカイ・・・!

虫けらのようなちっぽけな分際で、自分の立場をわきまえもせず、偉そうに王の門のところにすわりおって・・・
お前も、お前の民族も全て根絶やしにされることが決まったのも、わしに逆らったからにほかならない。
みっともなくすがりついて命乞いをするなり、泣きわめいて、わしを恐れればいいものを。

いい気分に水を差され、この場で首をはねてしまいたくなったが、ぐっと堪えた。
そう、わしは明けの明星、王も妃もこの国もわしの意のままになろうとしているのだから、ここで短気をおこすこともあるまい・・・


自分の屋敷にもどり、妻ゼレシュと友らを呼び、わしの輝かしい功績をたたえさせた。
わしのもつ、多くの富。
わしのもつ、多くの財宝に多くの子どもたち。
しかも王は誰よりもわしを重んじて、全ての首長、家臣どもの上の地位にこのわしをおいている。
さらに、王妃エステルは、王妃が設けた宴会に、わしのほかはだれも王といっしょに来させなかった。
明日もまた、わしは王と一緒に王妃に招かれている。

このようなことを並べ立てると、妻と友らは、まるでこの世の神を見るかのごとくにわしをあがめ、ほめたたえた。
実に、いい気分だ。

「さすがはハマンさま!この世のすべてを手にいれたも同然ですね!」
「こんなにも、偉大なる御方の友とされて、わたくしどもは幸せです・・・」
「あなたがこれほど立派な御方だとは・・・
わたくしは、あなたの妻でいられることほど、誇らしいことはありませんわ・・・」
心地よい賛辞に酔いしれるが、脳裏に、あの虫けらモルデカイの顔がちらつく。
ええい、いまいましい・・・!

「しかし、あのユダヤ人のモルデカイ、あの男がわしの視界から消え失せないかぎり、
このすべてのものも、塵あくたに等しい。いまいましい奴め・・・」

「それでは、いっそのこと、あなた様のその手で、葬り去ってはいかがでしょうか?」
「そうそう。高さ五十キュビトの柱を立てさせて、明日の朝、王に話して・・・」
「そうですわ、そしてモルデカイをそれにかけて、それから、
喜んで王といっしょに王妃の宴会においでなさいませ。」
「ほほぅ、お前たちもたまには、気の利いたことをいうではないか・・・
さっそく、そのための素晴らしい柱をかけてやることにしよう。
・・・めいく、まいでぃ、モルデカイ・・・!」

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