うるわしのハダサ。

文字数 5,436文字

1.

   そらどけ ほらどけ、じゃまだよ
   コラ コラ! ハマンさまのおなりだ
   どえらいお方のお通りだ
   門あけ あたまさげて
   お出迎えをしろ!


   どえらいお方 ハマン・ハメダタ
   王もあなたを大切に
   
   ハマン様はたのもしいお方
   底知れぬ悪知恵のお方
   なみいる悪党も チョチョイのチョイ越え
   われらの神 ハマンさま!
   
多くの召使を従え、王の宮殿にやってきたのは、アガグ人ハメダタの子ハマンであった。
「ごきげん、うるわしぅ、ハマン様」
「ふむ・・・」
長身で痩せぎすな体をさらに長身にみせー彼は民の誰よりも、肩から上だけ高く、
しかめっつらに、威厳があるようにみせるため、あごをこころもち上向きにして歩くのが彼のくせであった。

「おはようございます、本日もハマン様の御威光に、陽の光もかすむようでございますな」
「ふむ・・・王の従者、ハルボナか・・・相変わらず、歯の浮くようなセリフをいうやつじゃ」
「歯の浮くなどとはとんでもない。わたくしめは、感動しているのでございますよ・・
あなた様のような、才覚ある方は、まさに、王の重鎮としてふさわしい・・・
本当に、どのようにして、王に取り入られたのか、教えてほしいものでございますな、
王はあなた様を信頼して、昇進に次ぐ昇進をさせ、
いまでは、すべての首長殿の上に、あなた様をおかれております・・・
本当に、どのような方法をとられたのか・・・」
「ふむ・・・ベラベラとよくしゃべるやつじゃ、お前のようなやつには、逆立ちしてもできまいて。
あれもこれも、すべて、わしがしたこと。
わしの手にかかれば、王の歓心を買い、王に取り入ることなど、赤子の手をひねるようなものじゃ。」
「ははぁ、そのように上手くいくなど、そうそうできるものではありませんな、
あなた様には、なにか特別な神々のご加護でもあるのか・・・」
「左様、わしはまさに暁の子、明けの明星よ・・・
いまにすべての国民が、わしにひざをかがめることになろうて。」
「ははぁ、それで、いまは王の家来どもに、あなた様が通るときにはひざをかがめるように命令されているのでございますな・・・一部、例外がいるようですが。」

ハルボナが指すさきには、エステルのおじ、モルデカイがいた。

2.

まったく、あの、あほぅのモルデカイは腹立たしいこと、この上ない。
ほかのものはわしに平伏するものを、あのモルデカイ―
王の門のところにいる、あのユダヤ人モルデカイだけは、
このわしをあがめるどころか、
頭をさげようともしない。
(というかあいつは毎日、なにをしているのだ!)
このまま、あの男をのさばらせておいては、わしの威厳に傷がつく・・・
そう、ほかのあほぅどもが、あの男にならい、わしに敬意を払わなくなっては、
わしのーひいては、王国の権威に、傷がつくというもの。
どうするか?
勿論、『駆逐』『排除』これに尽きる。
こんな、虫けらのようなものは、わしの手にかかれば、チョチョイの、チョイで、
片付く。
つまり、同じく、あほぅの、
「王様!一大事ですぞ!」
「どうした、ハマン。王国きっての切れ者のお前が、一大事、という言葉をつかうとは、よほどのことがあったのか?」
「よほどもよほど、大変な事態でございます。
実は、この、あなたの王国のすべての州にいる諸民族の間に、
散らされて離れ離れになっている一つの民族がいます・・・。
彼らの法令は、どの民族のものとも違っていて、
嘆かわしいことに、彼らは王の法令を守っていないのです・・・!
それなので、彼らをそのままにしておくことは、王のためになりません!」
「そんな民族がいたとは・・・」

この王は、若くて切れ者だというが、なんのなんの。
わしのような知恵ものにかかれば、赤子のようなもので、こうして、疑いもせず、
このわしを、この地上のだれよりも信用し、信頼しておるわ。

「もしも王様、よろしければ、『彼らを滅ぼすように』と書いてください。
あとはわたしが取り計らい、すべて、王のためにことをすすめましょう・・・
王は安心して、治世をなさってくださればよろしいのです。」

王が、その手から、はめていた指輪をはずし、わしに、手渡した。
まぁ日本でいうところの、『はんこを預ける』ようなもので、これでわしは王から
此の件について全権を委ねられたと言っても過言ではない。
王からの、『その民族を、あなたの好きなようにしろ』とのお言葉つきだ。
(ところで、日本とか、はんこ、とは何ぞや・・・)

王と酒を酌み交わす。
王にとってわしは信頼のおける人物、王にとっての右腕、そしてマブダチなのであろう・・
―いまは、それで、かまわないのだ、このハマンは慎重に、確かに物事をすすめるタイプだからな・・・。
王の部屋の、窓際から、あの、あほぅのモルデカイを、見下ろすのもいい気分だ・・・
あのように、まるで王のためといわんばかりに、王の門で不審者をさがしていたり・・
(お前のほうが不審者であろうが!)
あのような、目障りで、わしに立てつく男をみるのも、あとわずかと思えばかわいいものよ・・・
さきほど、あの男とその民族を根絶やしにするのは、『アダルの月』とくじで決まった。
くじで日を定めたのも、根絶やしにする手続きも、すべて、法にのっとった、合法のもの。
まもなく、王の命令として、このことが国中に公示されるであろう。
「あすた・ら・びすた・・・・べいびー」
(・・・決まった・・・!一度、この台詞を言ってみたかったのだ・・・!)


3.

「たたた、大変だよ、エステルちゃん!」
そう言って、今、私の住んでいる部屋―に、駆け込んできたのは、王の宦官の一人、ハタクさんだった。
(*ハタクさんの詳しいことは、第一話・ペルシャの休日をみてね!)

・・・まさか、あの、市の隠れた場所にひっそりとあった、『ハタクのお店』が、
アイツーアハシュエロス王の、秘密基地?で、たまにアイツが市場を調査?偵察?するためにつくらせた、偽のお店で、店主ハタクさんが、実は王の家臣の一人だったなんて、本当に驚いたわ。

一度、アイツ、アハシュエロス王に、なんでそんな店をつくらせたり、市をうろついていたのかきいたら、
『暴れん坊将軍に憧れて、いや、なんでもない』とごまかしていたわ・・・。
め組がないから店を作ったとかなんとか。
だから、古すぎて、若い読者はついてこれないと思うのよねー・・・
ちなみに私は上様よりお奉行様派というかー、新さんより金さん派です。

「って、キミは自室だからって、なんでそんな適当な格好をしてるんだ!」
ハタクさんが私の全身を見て言う。
いいじゃない、だれも見てないんだし。
「誰も、って言ってもいつ、王のお呼びがかかるかわからないじゃないか・・・
仮にも、キミは、この王国の、王妃なんだよ!!!」

・・・そうなのよねー・・・。

あの夜、『俺がアハシュ(長いから割愛)だ。』してから、
なーんか、気にいられたと言うか、なんというか・・・。
とうとう、私の頭に冠を乗せ・・・私を王妃にしちゃったのよねー・・・。

え?一つ前のお話で、私がアイツに好意を持っていた描写があったのに冷めてるって?

・・・そうなのよねー・・・。

ほら、結婚と恋愛は違うっていうかー、
いざ、一緒になるとお互いの価値観が違うというかー・・・。
クリスチャンとノンクリスチャンが結婚すると生じる価値観のズレといいますか・・
アイツが普通と考えていることが私は受け入れられなかったり・・複雑なのよ。

「・・・キミさ、前回のお話で、『上に立てられたものに従いたい』とか、すごいカッコいいこと言っといて何いってんの・・・?」
「・・・そうは言っても、なかなか実行に移すのは大変なのー!
ほんと、男女の価値観の違いというか、生まれ育った環境の違いというか・・・」
「・・・ひょっとして、それが原因で、王と喧嘩してる?」
「・・・・・・・・・・・・・してる。」
「それで、最近王はカリカリしてるのかー。ちなみに、どれくらい前?」
「・・・・・・・・・・・・さ、さんじゅうにち・・・・」
「・・・・・・・・・・。」

し、仕方ないのよ!
アイツは『王』だから、王妃すら、勝手に近づけないというか、
喧嘩して仲直りしたくても、アイツの機嫌がなおって、
『私に会ってやってもいい』とか
思うまでは全く、会う事すらできないんだから!
そりゃ、アイツの価値観が理解できなくて怒った私も悪かった、、かもしれないけど、
アイツは短気でおこりっぽくって、その上気分屋で、王だからってなんでも自分の思い通りになると思ってるしー!!!!!

「まぁ、王は俺様キャラというか、それが王様だからねー・・・」
「そうはいっても勝手というか、乙女心がわかってないのーあ、もう少し、
お茶飲む?イチジクも、たくさんあるの!」
ぐびぐび。
もぐもぐ。
「いやー、王はまぁ、いままであーゆー、自分勝手が許されてきたからねー、
ところで、このイチジクもおいしいね!」
もぐもぐ。
「でしょー、王妃になって、なにが最高かって、美味しいものが食べ放題というかー」
「これだって、王が、エステルちゃんに食べてほしいから、届けてくれたんじゃないのー」
「・・・侍女がもってきてくれたものだから、しらないわ。」
「いやいや、王が頑張って国を治めてくれてるから、エステルちゃんもこうして美味しいものが食べれるわけだしー、ね、なにがあったか知らないけど、そのへん、加味してゆるしてやったら?」
「-・・・わかってるしー・・・、私がもう怒ってなくても、アイツがよんでくれないと、仲直りなんてできないしー・・・」
もぐもぐ。
もぎゅもぎゅ。
「ところで、ハタクさん、なにが大変なの?」
そういえば、ハタクさんの第一声を思い出して問うと、
ハタクさんは真っ青になって、口にしていたイチジクがぽろり、と落ちた。

・・・・・・・・・・・。

「ええっ、なんですって、モルデカイのおじさまが、
王の門のところでストリップショー?」
「だから、キミはなんでそう頭の中が微妙なの・・?
モルデカイさんが、着物を引き裂いて、荒布をまとって、灰をかぶって、王の門の前に立っているんだよ!」
「だって、そんなおかしな恰好・・・趣味かしら?」
「絶対違う。・・よかったら、僕が話をきいてこようか?」
「ええ、お願い・・・あ、この着物もっていって。
・・・もしかしたら、モルデカイおじさま、そのファッションが最近のトレンドというか、ナウでヤングな格好だと勘違いしているのかもしれないし・・・」
「・・・だから、絶対違う。」

―ハタクさんが、おじさまのところへ話を聞きに行きー
そして、私に伝えてくれた話は、こうだった。

「-つまり、あのハマンが王を焚き付けたらしい。
・・・『アダルの月の十三日、一日のうちに、若い者も年寄りも、子どもも女もすべてのユダヤ人を根絶やしにし、殺害し、滅ぼし、彼らの家財をかすめ奪え』
と、王の名で書かれ、王の指輪で印がおされた書簡がー王国の各州に発布された、とのことだ。
それで、各州のユダヤ人が、嘆き悲しみ、多くのものが、モルデカイさんと同じように荒布をまとい、灰をかぶりー彼らの神に、必死に祈っている、と。」
「・・・そんな、」

「そして、エステルちゃんに、こう伝えるよう、頼まれた。
『あなたが、王のところに行って、自分の民族のために王にあわれみを求めるように』」

・・・。
そうね。王はまだ、私もそのーユダヤの民であることを知らないわ。
もし、知っていれば、あるいは・・・
けど。

「・・・・・ちょっと前に、モルデカイのおじさまが、王の門のところで偶然、
王の宦官ビグタンとテレシュが王を暗殺しようと計画しているのを聞いて、
私に教えてくれたことがあったの。
あのときは、王におじさまの名前で伝えることができた。
・・・私が毎日のように、王の前に呼ばれていたからよ。」

けれど、今はそれが不可能なの。
なぜなら・・・

「い、いま、王と喧嘩中だから・・・!」

ああっ、と、ハタクさんが頭を抱えて崩れ落ちた。

ううう、

「・・・・おじさまに、伝えて。
『王の家臣も、王の諸州の民族もみな、男でも女でも、だれでも、召されないで内庭に入り、王のところに行く者は死刑に処せられるという一つの法令があることを知っております。
しかし、王がその者に金の笏を差し伸ばせば、その者は生きます。
でも、私はこの三十日間、まだ、王のところへ行くようにと召されていません。』」


ハタクさんが、おじさまのところに行きーしばらくして、もどってきてから、
おじさまからの手紙を渡してくれた。


『-あなたは、すべてのユダヤ人から離れて王宮にいるから助かるだろうと考えてはならない。
もし、あなたがこのような時に沈黙を守るなら、別の所から、助けと救いがユダヤ人のために起ころう。
しかし、あなたも、あなたの父の家も滅びよう。
あなたがこの王国に来たのは、
もしかすると、この時のためであるかもしれない。』







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