第14話 需要と供給
文字数 1,606文字
私は、家人と福との関係を、心から喜んで見ていた。
福は、きっと彼女のことが大好きだった。そして彼女も、福のことを、そんな嫌いではなかったと思う。ただ、いわゆる「愛し合う」関係には程遠かった。福の一方的な横恋慕で、その気持ちを知っていながら、その気持ちに応えられない彼女の心情も、私は理解できるつもりだ。
彼女も福も、どうしようもない自己を抱えていた。その自己を、誤魔化さず、そのままの自分として、正直に相手に対していた。自分に正直であるところから始まる、嘘偽りのない、真実の関係。そうして一つ屋根の下、何だかんだと、決定的に諍い合うでなく、一緒に暮らしているということ── 私には、これは人間関係の理想の姿、異質な者どうしでも平和な世界を築ける、大いなる見本を見ている思いに、駆られないこともなかった。
それにしても、なぜ福はそのようなことを彼女にだけして、私にはしてこなかったのか… 日常の、福との接し方に、その原因があると思われる。
たとえば私が仕事から帰宅すると、福は「ニャッ」と言いながら歩いてきて、玄関マットの上にドタッと横たわる。そして仰向けになって、あごを無防備にこちらに見せ、「撫でろ」と言う。
私は喜んで言う、「ただいま、福~。いい日だった? 今日はいい日だったかな~? 福はいい子だから、いい日だったよねえ。よかったねえ、よかったね~」そして撫でる。
それから風呂に向かうと、福もついて来る。福のために、私は湯船の上にフタを半分たたんで、のせておく。すると福はフタの上に飛び乗って、おすわりして、お湯の動きを不思議そうに眺める。湯に浸かる私の顔も、じっと見つめてきたりする。
風呂から上がると、私はダイニングにあるパソコンに向って座り、メールのチェックやブログを書いたりする。福は背伸びして、後ろから私の肩をチョイチョイしてくる。
「あ、ここ、座る?」私が立ち上がり、椅子を譲ると、福はびょーんと飛び乗ってきて、まるまる。そのパソコンの椅子、はふかふかの座布団があって、座り心地が良いのだ。
私は福がまるまった椅子をそっと横に動かし、小さくて固いキッチン用の丸椅子に座り、パソコンに向かう。最初からこうすればいいのだが、福が横取りするのが好きなことを私は知っていたし、私も福に横取りされることが好きだった。
福が後ろ足で耳を掻いていれば、「ここ、かゆいの?」と私が掻く。
福が座椅子の上で日向ぼっこをして寝ている時、陽が傾けば、陽の当たる方へ、座椅子ごと慎重に、福を運んだ。
私の恋人は、そのような仕方で福と接していなかった。もちろん彼女にも理由があって、たとえば彼女が買い物から帰ると、福は玄関マットの上であのドタッをする。「ここ、撫でろ。」彼女は仕方なく撫でる。
だが、「いつまで経っても福は立ち上がろうとしない」という。「キリがないの。もう、無限。あのうっとりして、わたしを見る眼も、気持ち悪い…」彼女は私に訴えた。
「ずっと撫でてて」と言わんばかりに、ブコブコ喉を鳴らし、そのまま全く動かないという。私が撫でた場合、「フン、もういいよ」というふうに2、3分で立ち上がるのだが。
そして彼女は福への愛撫を途中で放棄する。福には不満が残ったまま、彼女はうんざりしたまま、その後の時間を微妙な空気でやるせなく過ごすことになる。
お風呂に入る際も、彼女は必ず扉を閉めて入り、福が入ってくるのをかたくなに拒絶した。自分の座った座椅子は、後ろからいくら福にチョイチョイされても、譲ろうとしなかった。
彼女は「自分第一・福二の次」を完璧に貫いていた。この一貫した姿勢が、福に空虚さを与え、永遠の不満足をもたらしていたと思われる…
彼女が福に「与えるもの」と、福の「求めるもの」が一致して、一緒に暮らせたならば、さぞ素晴らしい世界が、理想郷 が、幸福そのもののような世界が出来上がったことだろうと思う。
福は、きっと彼女のことが大好きだった。そして彼女も、福のことを、そんな嫌いではなかったと思う。ただ、いわゆる「愛し合う」関係には程遠かった。福の一方的な横恋慕で、その気持ちを知っていながら、その気持ちに応えられない彼女の心情も、私は理解できるつもりだ。
彼女も福も、どうしようもない自己を抱えていた。その自己を、誤魔化さず、そのままの自分として、正直に相手に対していた。自分に正直であるところから始まる、嘘偽りのない、真実の関係。そうして一つ屋根の下、何だかんだと、決定的に諍い合うでなく、一緒に暮らしているということ── 私には、これは人間関係の理想の姿、異質な者どうしでも平和な世界を築ける、大いなる見本を見ている思いに、駆られないこともなかった。
それにしても、なぜ福はそのようなことを彼女にだけして、私にはしてこなかったのか… 日常の、福との接し方に、その原因があると思われる。
たとえば私が仕事から帰宅すると、福は「ニャッ」と言いながら歩いてきて、玄関マットの上にドタッと横たわる。そして仰向けになって、あごを無防備にこちらに見せ、「撫でろ」と言う。
私は喜んで言う、「ただいま、福~。いい日だった? 今日はいい日だったかな~? 福はいい子だから、いい日だったよねえ。よかったねえ、よかったね~」そして撫でる。
それから風呂に向かうと、福もついて来る。福のために、私は湯船の上にフタを半分たたんで、のせておく。すると福はフタの上に飛び乗って、おすわりして、お湯の動きを不思議そうに眺める。湯に浸かる私の顔も、じっと見つめてきたりする。
風呂から上がると、私はダイニングにあるパソコンに向って座り、メールのチェックやブログを書いたりする。福は背伸びして、後ろから私の肩をチョイチョイしてくる。
「あ、ここ、座る?」私が立ち上がり、椅子を譲ると、福はびょーんと飛び乗ってきて、まるまる。そのパソコンの椅子、はふかふかの座布団があって、座り心地が良いのだ。
私は福がまるまった椅子をそっと横に動かし、小さくて固いキッチン用の丸椅子に座り、パソコンに向かう。最初からこうすればいいのだが、福が横取りするのが好きなことを私は知っていたし、私も福に横取りされることが好きだった。
福が後ろ足で耳を掻いていれば、「ここ、かゆいの?」と私が掻く。
福が座椅子の上で日向ぼっこをして寝ている時、陽が傾けば、陽の当たる方へ、座椅子ごと慎重に、福を運んだ。
私の恋人は、そのような仕方で福と接していなかった。もちろん彼女にも理由があって、たとえば彼女が買い物から帰ると、福は玄関マットの上であのドタッをする。「ここ、撫でろ。」彼女は仕方なく撫でる。
だが、「いつまで経っても福は立ち上がろうとしない」という。「キリがないの。もう、無限。あのうっとりして、わたしを見る眼も、気持ち悪い…」彼女は私に訴えた。
「ずっと撫でてて」と言わんばかりに、ブコブコ喉を鳴らし、そのまま全く動かないという。私が撫でた場合、「フン、もういいよ」というふうに2、3分で立ち上がるのだが。
そして彼女は福への愛撫を途中で放棄する。福には不満が残ったまま、彼女はうんざりしたまま、その後の時間を微妙な空気でやるせなく過ごすことになる。
お風呂に入る際も、彼女は必ず扉を閉めて入り、福が入ってくるのをかたくなに拒絶した。自分の座った座椅子は、後ろからいくら福にチョイチョイされても、譲ろうとしなかった。
彼女は「自分第一・福二の次」を完璧に貫いていた。この一貫した姿勢が、福に空虚さを与え、永遠の不満足をもたらしていたと思われる…
彼女が福に「与えるもの」と、福の「求めるもの」が一致して、一緒に暮らせたならば、さぞ素晴らしい世界が、