第13話 福と家人の関係(2)

文字数 1,187文字

 女の勘は当たった。
 私は現場を見ていないが、その朝、彼女が居間で化粧をしている時、ダイニングからじっと見つめていた福が、突然走り出し、彼女に体当たりしてきたという。
 ちょうどマスカラを塗っていたところで、福が当たった衝撃で指先がブレ、彼女の顔が歌舞伎役者のそれのように塗られ、ついでに福にもマスカラが当たり、鼻のまわりにちょうど×模様が描かれてしまったという。
「そりゃ焦ったわよ、身体に良いわけないし…。どうしよう、って思ってたら、福、外にいる鳥を見つけて、じっとしたの。そのスキに押さえつけて拭いてあげた」
 そして可笑しそうに笑って言うのだった、「でもあの時の福の顔、おっかしかったぁ!」

 しかし、福は懲りなかった。夜、私たちが居間の炬燵でテレビを見ていると、ダイニングのテーブルの下から、彼女をじっと見つめる福がいた。
 視線を感じた彼女が、ハッと振り向く。特に何ということもない。彼女の顔がテレビへ戻る。だが、福はソロリソロリと低姿勢で、

前進していたのだった! 彼女がまた、ハッと振り向く。福はピタッ、と動きを止める。

 この「だるまさんがころんだ」を3、4回繰り返すと、福はもう彼女の座る炬燵の角のところまで来ている。そこは炬燵の掛け布団の影になって、彼女から見えない死角であった。福は伏せをしたままジリジリと臨戦態勢に入っている。私は、少し緊張しながら見守っていた。

 彼女は、そこにいるのか、と、そーっと背を伸ばし、上から覗こうとした。福は、上から出てきた女の顔に、ハッ!とした。だが女の顔は、サッ、と隠れてしまった。女にも、何やら策があるらしかった。
 再び女の顔がゆっくり浮かび上がろうとする時、福はピンと立っているふたつの耳を、後頭部の方へ、シュ~ッと縮み込ませた。敵に見られぬよう、耳を隠したつもりらしい。

 この、耳を後頭部に貼りつけた福の顔は、正面から見ると、満月のように真ん丸で面白い顔になるのだった。その顔を見た彼女が、「ツルツル~、ツルツル~!」と言って、腹を抱えて笑い出した。その一瞬のスキを突き、福がバッ!と飛びかかった。
 瞬時、身をかがめた彼女は、いきなり「ワッ!」と背を伸ばし、怪鳥のように両腕を大きく広げた。
 びっくりした福は、トトトトと、ダイニングのテーブルの下へ戻って行った。だが、そこからまた、じっと彼女を見続けているのだった。
「もうやだあ。わたしを何だと思ってるんだろう」彼女は本気で嘆いた。

 やはり私のいない時だったが、パカラッ、パカラッと、馬のような足音がダイニングから聞こえたという。もちろん福だった。居間にいた彼女が驚いて振り向くと、福はその大きな胴体をひけらかすように、彼女に向かって身体を横向きにさせながら走ってきた。その福の背中の毛は逆立ち、上を向いた長い尻尾はボン!と、ぼんぼりのように膨れ上がっていたという…。
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