第7話 可愛い福

文字数 1,084文字

 翌週末には、上司の奥さんの連れ子の息子さん夫婦が、恐縮した面持ちでメロンとケーキとマタタビを持って、来てくれた。福は、元飼い主のことなどとっくに忘れた様子で、身も世もなく逃げ回った。
 上がってもらい、居間で私と家人、若夫婦の4人で談笑している間、福はダイニングのラックの下に隠れて、じっとこっちを見ていた。
 私は、この1週間の間に、もう福がオスであることを、本気で笑えるようになっていた。恐縮ばかりしている若夫婦に、「トイレで気張る時、うんご~うんご~いうんですよ」笑って言うと、「あ、お母さんもそうなんです」若主人がやっと笑ってくれた。
「高いオモチャ買っても、全然遊んでくれないんですよ」と言うと、「あ、猫ってそうですよ」と若奥さんが笑う。

「ただ、夜鳴きだけがすごくて」と言うと、若夫婦は、ふいに暗い表情になって、口をつぐんだ。やはり悩まされていたのだろう。
 私は、福の耳のことも話そうかと思った。以前、本屋で立ち読みした猫の本に、〈オッドアイの白猫は、将来100%、耳が聞こえなくなる〉と断言している文面があったのだ。若夫婦も、そのことを知っているように思えた。
 福の耳が聞こえなくなる。その本を読んだ時、涙ぐんだ。でも、たとえどんな福になろうとも、最後まで自分が面倒をみるんだ、と、覚悟をあらためた。
 若夫婦に、この気持ちを伝えて、安心してほしいとも思ったが、やめた。

 元飼い主の来訪中、福はずっとダイニングのラックの下にいて、居間にいるわれわれの様子をずっと見ていた。若主人がタコ糸を上手に動かしても、まったく反応せず、出てこようとしなかった。
 小1時間、我々はいろんな話をした。ご夫婦は、福のお母さんの写真を見せてくれたり、きょうだいの写真も見せてくれた。どんな猫より、私には、福がいちばん可愛く見えた。
 
 彼らが帰った後、福がやっとラックの下から出て来て、元飼い主の座っていた座布団の匂いを、一生懸命嗅いでいた。
「きっと福は、ミッちゃん(私のこと)が『メスが欲しい』って言ってたのを知って、メスのふりをしてたんだよ」家人が言った。素敵な考え方だと思った。
「なあ福、どうでもいいよな。オスだろうがメスだろうが、福は福だもんな。福が福でいてくれれば、いちばんありがたいよ。うちに来てくれて、ありがとうね、福。ありがとうね」私は、あらためて福に言った。
 そして撫でていると、2本の前足が私の腕をガッシとつかみ、後ろ足のキックがバンバン飛んで来た。
「おお福、強いね~、強いね~」
 腕を傷だらけにして笑っている私を見た家人が、顔をしかめながら救急箱を取りに行った。
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