第4話 福の遊び(1)

文字数 1,212文字

 結局、福が一番遊んでくれたのは、小説家希望だった私が、原稿をとじるために買っておいたタコ糸だった。パソコンのそばにあるのを、福がチョイチョイしたのがきっかけだったと思う。
 この遊びの詳細を書けば、まず人間(私)が座布団の上に正座し、その足まわりにタコ糸を、そーっとたぐり出すことから始まる。
 ゆっくり動くタコ糸を、福はお座りしてジッと見つめている。そして何か、感極まるようにジリジリし出し、おもむろに「伏せ」の体勢をとる。
 福から見て、正座する私の足向こうにタコ糸が隠れると、福はお尻をフリフリさせ、隠れたタコ糸目掛け、バッ!と飛び掛かってくる。

 瞬間、私はサッとタコ糸を逃げさす。そして正座したまま、ぐるぐるタコ糸を、左手、右手に持ち手を替えながら、この身のまわりに回し出す。追いかけて、福も私のまわりをぐるぐる回る。
 福が腕を伸ばし、その爪先がタコ糸の先端を捕らえそうになると、私はまたサッとタコ糸を引き、回すスピードをその瞬間だけアップさせる。捕まえられそうで捕まえられない、このもどかしさが、福にはたまらなかったのだ。

 何周かすると、福は鼻からフーッと深い溜め息をつき、伏せの恰好になって小休止に入る。私も汗をかき、ハァハァいっている。かなり緊張を必要とする、息詰まる作業だった。もし、福の爪がタコ糸を捕まえた瞬間、私がぐいと引っ張ったりしたら、福がケガをしてしまう。

 そして2,3分経つと、福の呼吸が落ち着く。また私はタコ糸をゆっくりたぐり出す。じっと見つめる福が再び、バッ!と来る。また私はタコ糸を回し出し、福も回り出す。
 たまに、正座している私の足裏に、福の爪がグサリと突き刺さる。タコ糸の巻き板を持つ手に、爪がスパッ!とスイングしてくる。

 やがて福の爪先がタコ糸をとらえる。狩猟の成功に、福は長い尻尾をピン!と立て、誇らしげにタコ糸をくわえ、スタスタ歩いて行く。そして私から少し離れたところで伏せをして、フゥフゥいいながら獲物を両手で抑えつけ、タコ糸にガジガジ、噛みつき攻撃を加えるのだった。

「福、偉いね~、強いねぇ! 上手だね~。福は狩りの天才だねえ!」
 私は誉めながら、福の頭を撫で、背中を撫でる。と、瞬間、福は両の前足でガッシと私の腕を捕まえ、後ろ足でバンバンバンバン、キックの雨あられを浴びせてくる。私の腕は傷だらけになる。
「おお、強いね~、福、強いね~」
 言いながら、私は苦痛に耐えている。福が、元気でいてくれることが嬉しい。
 福が攻撃をやめ、立ち上がると、私の腕も解放される。われわれは再び、しばしの休憩に入る。私はティッシュで、滲んだ腕の血を拭き、福は毛づくろいをする。

 そして2、3分が経つと、福はタコ糸のそばにお座りをして、じっと私を見つめてくる。「これ、動かしてよ」とその目が言っている。
 私はまた正座し、タコ糸をゆっくりたぐり出す…この繰り返しを繰り返すのが、福の大好きな遊びだった。
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