第四話 とあるゲストハウス内にて

文字数 563文字

今ではもう
あまり見られなくなった引き戸に
手をかける

ガラガラという
懐かしい音色を響かせながら
戸が横に開く

既視感が
こめかみを
トントンと優しく叩く

人の良さそうな
丸顔の好々爺が顔を出す

玄関を上がり
小さなダイニングルームに
通される

薄明りの中佇む
角の減った食卓と
背中を丸めたような二脚の椅子

その一つに座り
宿泊手続きを済ませる

食卓の上の小さな写真立てが
目に留まる

色褪せた
若き日のオーナーと
その奥さんと思しき女性
そして その間に挟まれた一人の少女

穏やかな三人の笑顔

年季の入った階段を上がり
いざ二階へ

一段一段踏みしめるたび
ギシギシと音が鳴る

その一つ一つに
もう誰にも語られなくなった
古い物語がある

二階へ上がって
すぐ手前の扉

その先に
細長い部屋が一つある

西日が落ちようとしているのが
正面の窓から見える

右側の壁に
小さなクローゼットと
申し訳なさそうに俯くハンガー掛けが

夫婦の寝室というには
小さすぎる

もしかしたら
子供部屋を改装したものなのかもしれない

二段ベッドが
南側の壁に沿って据えてある

下の段に腰掛け
目を閉じ
部屋の空気を吸い込む

子を呼ぶ
母の声が聞こえる

降りてきなさーい。ご飯よー。
はーい。

開いた窓の隙間から
夏の熱気を冷ます風が吹き込んできて

目を開けると

もう そこは
日が落ちてしまった後で

風が
この家に住み着いていた
懐かしい母子の影をも
連れ去ってしまっていた

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