ペンを借りる

文字数 297文字

 そのホームレスの婆さんは、俺が勤務する交番に、時々油性ペンを借りに来る。
 婆さんはいつもスーパーのビニール袋を持っていて、その中には、婆さんが遠い昔に卒業した小学校の卒業アルバムが入っている。
 婆さんは、油性ペンを貸すと、卒業生たちの顔写真が載っているページを開き、その中の一人に×印を書き込む。そしてペンを汚い服の裾で丁寧に拭くと、お世話様です、と言って帰っていく。
 一度婆さんに
「それは何をしてるの」
 と尋ねたことがある。
「亡くなった子に印を付けてるんです」
「そんなことどうやって知るの」
 と俺が訊くと、
「皆最期は私の夢に出てきてくれるんですよ」
 婆さんはそう答えて照れ臭そうに微笑んだ。
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