酔い潰れ
文字数 1,872文字
アイツは憶えているだろうか。スポーツバーでハイボールばかり飲むオレのことを。
「県選抜なんて、すごいよ」
小柄だった幼馴染は、自分のことのように興奮していた。
オレだって興奮していたけど、冷静を装い、喜びの欠片も見せることはなかった。
「まぁ、ここからだな。目標は日本代表だから」
「今日も、キレキレだね」
「そうっすね。あのドリブルは止められないですよ」
マスターは野球経験者でМLBファンらしいのだが、仕事だから、興味がなくても客に話を合わせてくれる。
「あっ、イエロー出た」
「反則でしか止められないドリブルは反則ですよね」
「さすが、サッカー経験者。洒落たことを言うなぁ」
ブンデスリーガの中継になると来店するオレは、すっかりと顔馴染みになっている。
宣言通り、オレは日本代表になった。年代別だけど。
家に遊びに来たアイツはユニフォーム姿のオレと写真を撮り、大喜びしていた。
「日本代表なんて、すごいよ」
選ばれて分かったことは、上には上がいるということだった。
どうしようもない壁を感じて、レギュラーになれる自信はなかった。
でも、冷静を装い、不安の欠片も見せることはなかった。
「まぁ、ここからだな。目標はフル代表だから」
「やっぱり、O選手のファンなの?」
「いや、別にそういうんじゃないです」
「サッカーも上手いけど、背も高くてイケメンだから、サッカーファンじゃなくても、みんな知っているよね」
マスターの言う通りで、女性誌やテレビの情報番組でも取り上げられることが増えている。小柄だった幼馴染は、いつの間にかオレよりも背が高くなり、選手としても軽々と超えて行った。
「同い年くらいでしょ?」
「えぇ、まぁ」
「試合したことがあったりして?」
「いえ、レベルが違いますから。それより、おかわり下さい」
「おかわり、了解。俺、サッカーには詳しくないんだけど、彼はいつも楽しそうにプレーしているよね。だから、応援したくなる」
確かに、今日も楽しそうにプレーしている。幼い頃から変わらない。とにかく、いつも楽しそうにニコニコしていた。小柄だったから、誰よりも練習して、とにかくテクニックを磨く努力家だった。
大柄で身体能力の高さがウリだったオレは、練習嫌いで、居残り練習するアイツをどこかで馬鹿にしていた。練習しなくても、速くて強かったから。試合の勝ち負けにこだわり、ピッチ上で笑ったことなんてなかった。
オレはJリーグのユースチームに加入することになった。
フル代表は無理かもしれないが、プロのサッカー選手にはなれると思っていた。
「何だか、遠い存在になってしまうなぁ」
「また、いつか一緒にプレーしよう」
「幼馴染だけど、僕のヒーローだから、絶対にフル代表になってよね」
「もちろん。お前も高校サッカーで全国大会目指せよ」
「うん、全国大会に出るよ。有名になっても、僕のこと忘れないでよ」
「忘れる訳ないだろう。幼馴染なんだから」
駅まで見送りに来てくれたアイツと握手したのが、昨日のように思い出される。
「でね、アイツは幼馴染で中学までは小柄だったの。オレの方がサッカーでは上だったから、こうしてドイツで活躍しているなんて信じられないんですよ」
「あぁ、そうなんだぁ。さっきは、試合もしたことないって言っていたけど、そうだったんだぁ」
ずっと悔しかったのに、はじめて嬉しいと思った。マスターが「楽しそうにプレーしている」と言うのを聞いて、アイツは何も変わっていない、変わったのはオレだと気づいたのだ。
「マスター、信じてないでしょ?」
「いやいや、そんなことないよ。信じているって」
「Oは、自慢の幼馴染なんですよ。オレのヒーローです。おかわり、お願いします」
「今日は飲み過ぎだと思うけど、大丈夫?」
「もちろん、大丈夫です」
アイツは約束通り高校で全国大会に出場した。
大学でもサッカーを続け、卒業後にJリーグ選手になり、去年からドイツに渡った。
日本代表に呼ばれる日も遠くないと思う。
オレはユースで伸び悩み、大怪我をして高校2年でサッカーをやめた。
駅で握手して以来、会っていないのは、オレが避けているからだ。
携帯の番号を変え、音信不通になっている。
「ほら、起きて」
「えっ、うん」
「もうすぐ始発電車の時間だから、起きて」
オレはカウンターで眠り込んでしまったらしい。
「もう、店閉めるから」
「あぁ、はい」
アイツは憶えているだろうか。スポーツバーで酔い潰れるオレのことを。
「県選抜なんて、すごいよ」
小柄だった幼馴染は、自分のことのように興奮していた。
オレだって興奮していたけど、冷静を装い、喜びの欠片も見せることはなかった。
「まぁ、ここからだな。目標は日本代表だから」
「今日も、キレキレだね」
「そうっすね。あのドリブルは止められないですよ」
マスターは野球経験者でМLBファンらしいのだが、仕事だから、興味がなくても客に話を合わせてくれる。
「あっ、イエロー出た」
「反則でしか止められないドリブルは反則ですよね」
「さすが、サッカー経験者。洒落たことを言うなぁ」
ブンデスリーガの中継になると来店するオレは、すっかりと顔馴染みになっている。
宣言通り、オレは日本代表になった。年代別だけど。
家に遊びに来たアイツはユニフォーム姿のオレと写真を撮り、大喜びしていた。
「日本代表なんて、すごいよ」
選ばれて分かったことは、上には上がいるということだった。
どうしようもない壁を感じて、レギュラーになれる自信はなかった。
でも、冷静を装い、不安の欠片も見せることはなかった。
「まぁ、ここからだな。目標はフル代表だから」
「やっぱり、O選手のファンなの?」
「いや、別にそういうんじゃないです」
「サッカーも上手いけど、背も高くてイケメンだから、サッカーファンじゃなくても、みんな知っているよね」
マスターの言う通りで、女性誌やテレビの情報番組でも取り上げられることが増えている。小柄だった幼馴染は、いつの間にかオレよりも背が高くなり、選手としても軽々と超えて行った。
「同い年くらいでしょ?」
「えぇ、まぁ」
「試合したことがあったりして?」
「いえ、レベルが違いますから。それより、おかわり下さい」
「おかわり、了解。俺、サッカーには詳しくないんだけど、彼はいつも楽しそうにプレーしているよね。だから、応援したくなる」
確かに、今日も楽しそうにプレーしている。幼い頃から変わらない。とにかく、いつも楽しそうにニコニコしていた。小柄だったから、誰よりも練習して、とにかくテクニックを磨く努力家だった。
大柄で身体能力の高さがウリだったオレは、練習嫌いで、居残り練習するアイツをどこかで馬鹿にしていた。練習しなくても、速くて強かったから。試合の勝ち負けにこだわり、ピッチ上で笑ったことなんてなかった。
オレはJリーグのユースチームに加入することになった。
フル代表は無理かもしれないが、プロのサッカー選手にはなれると思っていた。
「何だか、遠い存在になってしまうなぁ」
「また、いつか一緒にプレーしよう」
「幼馴染だけど、僕のヒーローだから、絶対にフル代表になってよね」
「もちろん。お前も高校サッカーで全国大会目指せよ」
「うん、全国大会に出るよ。有名になっても、僕のこと忘れないでよ」
「忘れる訳ないだろう。幼馴染なんだから」
駅まで見送りに来てくれたアイツと握手したのが、昨日のように思い出される。
「でね、アイツは幼馴染で中学までは小柄だったの。オレの方がサッカーでは上だったから、こうしてドイツで活躍しているなんて信じられないんですよ」
「あぁ、そうなんだぁ。さっきは、試合もしたことないって言っていたけど、そうだったんだぁ」
ずっと悔しかったのに、はじめて嬉しいと思った。マスターが「楽しそうにプレーしている」と言うのを聞いて、アイツは何も変わっていない、変わったのはオレだと気づいたのだ。
「マスター、信じてないでしょ?」
「いやいや、そんなことないよ。信じているって」
「Oは、自慢の幼馴染なんですよ。オレのヒーローです。おかわり、お願いします」
「今日は飲み過ぎだと思うけど、大丈夫?」
「もちろん、大丈夫です」
アイツは約束通り高校で全国大会に出場した。
大学でもサッカーを続け、卒業後にJリーグ選手になり、去年からドイツに渡った。
日本代表に呼ばれる日も遠くないと思う。
オレはユースで伸び悩み、大怪我をして高校2年でサッカーをやめた。
駅で握手して以来、会っていないのは、オレが避けているからだ。
携帯の番号を変え、音信不通になっている。
「ほら、起きて」
「えっ、うん」
「もうすぐ始発電車の時間だから、起きて」
オレはカウンターで眠り込んでしまったらしい。
「もう、店閉めるから」
「あぁ、はい」
アイツは憶えているだろうか。スポーツバーで酔い潰れるオレのことを。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)
(ログインが必要です)