大學電影倶楽部

文字数 1,921文字

「今月は…愛のコリーダ?」

 大学の掲示板には電影倶楽部(でんえいくらぶ)の今月の映画情報が載っていた。活動は至極簡単。月に1度、文学部メディア芸術専攻主催で一本映画を見る。そして思い思いの感想をぶつける。そんなところだ。誰でも参加できる上に、参加費も特にいらない。わたしもその映画に興味を持てば、参加していた程度だった。前に見た、『恋する惑星』は楽しかった。この物語は前半と後半で主人公と物語が変わるのだが、誰もが認める麗しの美青年・金城武と、見た目は普通なのに、なぜか色気駄々もれのトニー・レオンのどちらが好みか、という内容で白熱した(ちなみにわたしはトニー派)。
「翼も行く?」
 大学の授業後、アルバイト出勤前で隣にいた翼に聞く。
「行かない」
「え、行こうよ?」
「行かないって」
 えー、けちーとわたしは口をとがらせて言う。翼はいつもこんな感じだった。興味あるものには積極的に参加するが、興味ないものには頑として拒否をする。

 この間、外国語の教材が置いてある、LL教室でのことだ。わたしは自主勉を、翼は派手なグループの面々とだべっていた。
「ねえ、行こうよ、翼~?」
 留学帰りであろう、日本人というよりアジア人というような見た目の女の子が翼を何かイベントに誘っていた。翼は少々困った顔で、
「う~ん、その日バイトだったかな?」
と曖昧に断っていた。その会話を聞いてしまったわたしは心の中で首をかしげた。あれ、あったっけか? わたしはシフト表を思い浮かべる。確かその日は翼は入っていないはずだった。違うバイトか? わたしは一瞬そう思ったが特に気にも留めなかった。
「じゃあ、俺、先帰るわ」
と言って、翼はリュックを片肩に背負うと、LL教室から出て行こうとした。その途中、ふっと眼が合った。口角を少し上げた翼が自分の頬を人差し指で2回トントンと叩いた。

《 うそ 》

 わたしは眼を見開いた。“嘘”という意味の手話だ。ひええ、なんだあいつ。


 そんなこんなで今日は電影俱楽部の活動日。メディア芸術の教室に入る。この教室の床は木になっていて、入るとふんわりと木のいい香りがする。演劇などの稽古ができるようになっているのだ。
「けいちゃん!」
 わたしの愛すべき後輩がわたしに駆け寄る。
三枝(みえ)ちゃん!」
 三枝ちゃんは今年で67歳の大学生だった。退職後、高校の夜間部に通い卒業、そのままうちの大学に入り、同じ英会話サークルに所属していた。三枝ちゃんは昔、イギリスへ留学経験があり、ブリティッシュイングリッシュを話す。愛すべき後輩であり、尊敬すべき人生の先輩であった。
「わ~、今日はけいちゃんがいる~」
 隣には愛美(まなみ)ちゃんがいる。背が小さくて、かわいい愛美ちゃん。愛美ちゃんと三枝ちゃんは特に仲がいいのだ。
「愛のコリーダ? わたしは初めて見るんだけど?」
「わたしもよ~、どんな映画かしらねえ」
 ぞろぞろと人が集まってきた。巨大なスクリーンがセットされ、みんな椅子を持って来て座り始めた。そして暗くなり、電影倶楽部はスタートした。

 この映画は『戦場のメリークリスマス』でも有名な故大島渚監督作品で、有名な『阿部定事件』を元に作った映画だった。この作品で監督は俳優たちにいわゆる「本番」をやらせて、“わいせつか、芸術か”という社会現象を起こした作品だった。
 そうとは知らないわたしたち3人は終始口がぽっかーんと開いてこの映画を見ていた。とにかく行為がすごい。しかもエロ目的に作られたわけではないので、妙に生々しい。人間としてのむき出しの営みだ。ちなみにわたしたちが見たのは無修正版だった。
 映画が終わり、隣を見ると愛美ちゃんは顔を突っ伏している。他にもそういう反応の子がいて、「見れなかった」と言っていた子も多かった。わたしの反応は「なんかすげーの見せられた」という漠然としたものだった。メディア芸術の先生がこの映画を解説し始めた。それをメディア芸術の学生は真剣に聞く。わたしはこの映画をそんな淡々と理論的に語れる先生すげえと思っていたし、先生もよくこれみんなで見ようと思ったな、と思っていた。

 この後数週間、わたしと三枝ちゃんはお互いをキャンパスで顔を合わせる度に、
「三枝ちゃん…!」
「けいちゃん…!」
「「藤竜也が…!」」
と主人公の情夫役の藤竜也の話題しか出なかった。わたしたちはもう藤竜也のあの姿が頭について離れなかったのであった。


参考資料:
前例なき性愛表現に挑んだ『愛のコリーダ』、大島渚の息子たちは多感な少年期、世間の目とどう闘ったのか/斉藤博昭(映画ジャーナリスト)
https://news.yahoo.co.jp/byline/saitohiroaki/20210330-00229575
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