ビターコーヒー

文字数 1,865文字

「いやあ、久しぶりだね、けい」
「まあね」
 わたしはぶすっと答える。

「元気だった?」
「うん、おかげさまで」
「で、なんで急に連絡してきたのさ?」
「聞きたいことがあって」
 わたしは用意したことを全部聞いてやろうと話し続けた。翼はただ困惑して、
「え、デート? 誘われたっけな?」「小貝と付き合ってた時にそんなこと思ってたの?全然知らなかったわ」「いやあ、たぶんおれ何も考えずにその男を紹介してたわ」
などと供述した。そうだろうとは思っていたが、狼狽(うろた)えた。なんでこんなシンプルな頭の奴に一瞬でも気の迷いを起こしたのだろう。

「そうそう、おれ、12月に結婚するから」
「そう、おめでとう」
 さっきからちらちらと金の指輪が見えていたので、それは予想していた。
「あ、小貝は今結婚して子どもいるから」
 ちなみに翼と小貝は卒業してすぐ別れた。原因はよく知らない。
「え、まじで! 相手は日本人?中国人?」
「さーあ?」
 嘘である。わたしは小貝のSNSを見ていたので、旦那が何人か知っている。あのツーブロックに長い前髪なんて日本人はしないだろう。べーだ、少しぐらい棘でも味わえ。
「いやあ、今日けいと話して一番びっくりしたわ」
 わたしが全身全霊で話してもそれかよ。
「なんでいきなりそんなこと聞いたの?」
「大学生の時のエッセイ書いてるから」
「あ、エッセイ書いてるの、知ってんの?」
「は? 何?」
 何度も平行線をたどる会話を続けてようやくわかった。翼も別のプラットフォームでエッセイを書いていたのだった。
「それにけいは何かいてるの?」
「翼の悪行だよ」
「え、悪行? おれが? 本名載せてんの?」
「まさか、偽名だよ」
「ふーん、じゃあ見せ合いっこしようよ」
「見せてもいいけど、怒らない?」
「それは見てみないとわかんないけどさ。あそうだ、また飲みに行こうよ」
「…でももうわたしは翼に連絡はしないよ」
「なんで?」
 なんでって、結婚する男性に余計な接触したくないし。奥さんにも悪い。
「けいはさ、外国のことをよく知る、面白い友達だなっておれは思っているよ、昔も今も。それにおれたちの人生ってまだきっと長いでしょ、なら少しの間連絡なかったとしてもさあ、そんなに違いなんてないじゃん。そうだなあ、曾根田とかとまた3人で会えばいいじゃん」
 なんてすっとぼけたように言う。あー、なんで翼よ、そんなにおめでたい奴なんだ、君は。

 友達なら、なんで今まで連絡して来なかった? 友達じゃないからでしょう。

 そして曽根田や他の人たちが翼と会ったしてることに気づいたり、自分へと翼へとの態度が違うことに否応なくFacebookやInstagramでは見えてしまっていた、だからわたしはSNSをやめたんだ。…わからないよなあ。だってさ、今わかったけど、それって結局自分の問題なんだから。努めて明るく応える。

「ま、3人以上ならいいよ。ちょっと曾根田は微妙だけど」
「なんで?」
「そりゃあ、翼は好かれてたからいいかもしれないけど、わたしは中古車呼ばわりされてるからね」
「え、そうだったの? なんかけいって意外と執念深いんだね」

 時間が隔ててしまえばこんなかんじなのだろうか。電話を切った。惨めだったけど話したいことは全部話した。だから、飲もうとかその場の口約束を交わしたけど、もう会うことないだろう。


 翼の文章を読んだ。文法もロジックもずれがなく、優等生な印象の文章だった。ただその人を感じさせるような“(くせ)”みたいなものが感じられなかった。良くも悪くも癖がない文章だ。

 もっとさあ、感情出せばいいのに。

 泥臭くても、多少破綻していても、その人をもっと感じさせる文章にしたら、もっとこの文章は面白くなるのになあ。なんて、おこがましいことを感じた。でも初めて、翼の外見や雰囲気を抜きにして、内面を見たように感じた。けれども、文章で読んでも、翼の考えることなんて、わたしは感じられなかった。


 結局のところ、わたしの20代前半の問題はその自信のなさにあったのだろう。だから、翼にも友達として対等に接することもできず、思っていたことも話せなかったのだろう。まだちょっと胃にむかつきを抱えつつも、もうこんなことにはならないぞと27歳、再び決意した。

 でも今は身の丈に合った仕事と、無理に自分を大きく見せる必要がない友達と、中身だけでつながれるここがある。これだけで十分で居心地がいい。なんだかんだいって、ちゃんと自分がほしかったものが手に入れられてる気がする。

 さてさて、次の恋愛にすすみましょうか。


《ビターコーヒー 完》
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