天才と卒業

文字数 1,187文字

 上は黒で下は赤。
 わたしは初めて袴を着た。卒業式だった。下はワインレッドの編み上げブーツ。周りよりも1歳上なので、少し落ち着いた袴を選んだ。髪の毛はボブだったので、片方だけ編み込みし、ちょっとかっこいい感じにしてもらった。
 
 ついに卒業した。晴れやかな青空の下、卒業証書を手にどんぐりまなこの眼をして見つめていた。5年も行ったのだから、最後の半年は大学生というより、フリーターに近かった。

 ああ、もうここにはいられないんだって、そういう空気感を秋の風とともに感じてた。だから早く卒業したいとようやく思っていた。けれど、いざ卒業すると、得も言われぬ寂寥感があるものだ。

 携帯から電影倶楽部で一緒だった愛美ちゃんから連絡が来た。さっそく卒業式のホールを回ると、袴を着た愛美ちゃんと三枝ちゃんがいた。三枝ちゃんの卒業は来年だから駆けつけてくれたのだ。
「わーっ! けいちゃんかわいい!」
「三枝ちゃん! 来てくれてありがとう!」
と言って、三枝ちゃんとハグをする。
「けいちゃんとも、愛美ちゃんとも、他のみんなとも、本当に会えてよかったわよ」
「わたしもです~!」
 三枝ちゃんと一緒にいて、勉強すること 初めて会った時、このサークルに入部すると言ってわたしを驚かせた三枝ちゃん。パソコンやネットに四苦八苦しながらも、レポートを仕上げていった姿を眼にしてたけど、勉強することで誰よりも輝いてた。さらに、相談する時、みんなの話を子どもだなっていう態度をおくびにも出さず、真摯に聞き、様々な視点からアドバイスする様はいい歳のとり方をしてきたことが滲み出ていた。

 大学って、せまくて広い。

 確かに社会じゃないから、学生たちは全然知らないことも多い。けど、今まで出会わなかった、関わってこなかった人たちと、意外と普通に接せられるところがいい。外国人や障がい者、高齢者。大学にはいろんな人がいて、そで触れあいながら過ごしていた。その世界では普通の光景だから、視点がフラットになれる。わたしは大人でも決してないが、子どもでもない時期に大学に通えて、知れてよかったと思った。

「中国語の勉強続けてね」
「…はい」
 そして中国語。大人のわたしにとって語学は負け戦だ。センスも環境もないので、バイリンガルなどの夢は実ることなどない。けど、この負け戦はやめない限り負けることはないことを知ってる。ここで学んだものを簡単に離したりはしない。

 その後、小貝と翼に会った。小貝はピンク色の可愛らしい袴で、翼はパリッとスーツ。3人自撮り棒で思い思いのポーズを撮る。
 
 少しだけ凛々しくなった翼の顔を見る。もう正面から見えるし、いろんな感情が過ぎ去って今思うことなんてこれぐらいだ。

 あんたはわたしを傷つけるの天才だったね。でも楽しかったんだよね、地味なわたしの人生が翼といることできらきらしてた。


 もう会わないだろうけど。
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