神々しさと欲望と

文字数 1,234文字

 さっそくビーズを編みはじめた。小さいビーズはテグスにはじかれて飛んで行ったりもするが、編み方の規則性が分かればさくさく編んでいける。いつのまにかこのちまちました作業に没頭していった。
「先生できた!」
と穂波ちゃんを呼ぶ。
「あ、わかった、ちょっと待ってて~」
「はい!」
と言って待っていると、目の前に座る麗香がめちゃくちゃ悪戦苦闘している。その指のせいだ。麗香の爪はネイルでかなり長い。清の後宮の(きさき)がしている付け爪のように見える。
 前にどうしてそこまで長い爪にしているのか、という下世話なことを聞いてみたら、
「だって爪の先までわたしは自信がないの。こういう爪していると自信がありそうに見えるかもしれないけど、本当は逆なんだ。よく透明なうすいピンクのネイルしている女の子がいて、控えめに見えるかもしれないけど、地爪(じづめ)を見せても平気なんだよ、その子は。強いよね」
と言った。爪の哲学とは奥が深い。

「その爪じゃつまめないよね?」
「もうこの爪をスコップみたいにしてビーズをすくって、並べてから糸に通してる」
 スゴ技を繰り出してビーズに糸を通しているが、ビーズは無情にもノミのようにぴょこぴょこと飛んでどこかへ行ってしまう。
「ああいいよ、明日掃除機で吸っとくから。それよりちょっと休憩しない? これ栗のデニッシュ。休憩の時に食べようと思って買ってきといたんだ」
「え! まじで気が利く!」
「食べたーい」
 甘いデニッシュに栗をこしたあんが乗っており、ねっとりとした栗の甘さが作業で疲れた脳を溶かす。
「おいしーい!」
 それにしても大学の母もこのデニッシュぐらい、とことん甘い。
「ねえ、Kpop見ようよ」
と麗香が穂波ちゃんに提案した。
「いーよ」
と言って、穂波ちゃんがYouTubeを再生させる。
「なつかしいアイドルだね」
 わたしが大学生頃に見ていた男性アイドルグループだった。
「今は若すぎるからね~」
 確かに最近は十代や二十代前半のアイドルを見ると、弟のように思えてくる。年取ったなあ。
 麗香はノリノリでそのアイドルを見ている。なんでも麗香の好きな漫画『HUNTER×HUNTER』のヒソカに似ているアイドルがこの中にいるとのことで、そこからハマっていったらしい。
「なんかアイドルって見てると神々しさを感じるんだよね。まさに尊いって感じで。もう毎日健やかにおいしいごはんを食べていてさえくれればそれでいい」
と穂波ちゃんが言う。まだその境地は想像するのが難しい。わたしはアイドルとは限らないけど、才能ある人を見ると猛烈に「ずるい…!」と思って、頭がぼーっとしてしまう。嫉妬と愛情が生まれるのだ。
「ねえ、麗香もそう思わない?」
 穂波ちゃんが麗香に聞く。すると麗香はまっすぐな眼をこちらへ向けながら、
「ヤリたい」
「は?」
「一回でいい」
 あまりにもゲスな思いを澄んだ目で答えやがる。
「なんでそんなにまっすぐなのよ」
「欲望にね」
 神々しさと欲望と。そんなことを考えながら私たちはビーズを編み進めていった。
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