大学の母

文字数 1,680文字

 やっとの思いで穂波ちゃんちへ着いた。政治やコロナや様々な議題に対し、二人とも馬鹿みたいにテンションを上げて怒りながら車に乗っていたので、へとへとになっていた。
「よく来たね~」
と穂波ちゃんは迎えてくれた。

 穂波ちゃんも大学時代からの同級生で、わたしは『大学の母』と呼んでいた。とんでもなく抜けているわたしととんでもなくぶっ飛んだ麗香が無事に卒業できたのはこの穂波ちゃんのお陰である。
 わたしは大学時代、毎度2時限からの授業のためにだらだら登校すると、同じ電車に麗香がいた。
「よ、麗香」
「よう、一宮」
「麗香も二限目から?」
「ううん、今日は一限目から」
「え」
「遅刻した」
 という感じで、麗香はかなり危険な単位の取り方をしていた。提出物が出せなくて先生に交渉している姿を見かけたことがあった。ちょうどみんなが4年生の頃、わたしは中国留学を3年次にした後だったので、留年決定だったが、麗香は留年と卒業の瀬戸際に立たされていた。
「一緒に留年しようよ~」
とわたしは麗香の前で悪魔のささやきをする。麗香は、
「うるせー、絶対に卒業してやる!」
と言って、大して興味のない統計学の計算を必死にやっていた。麗香曰く統計学は単位取得が簡単らしいが、わたしからしたら難解な学問だった。ちなみに麗香は勉強やればできる子。
 『大学の母』こと穂波ちゃんの力や先生への直談判などあらゆる手段を尽くし、麗香は無事にわたしよりも先に卒業していった。

 3人で手芸店へ向かった。本日は麗香が、
「韓国風のビーズアクセサリーを作りたい!」
と言い、ちょうど穂波ちゃんは昔ビーズアクセサリーを作っていたようで、今回のビーズ教室が実現したのだ。わたしは完全に誘われたから来ただけで、何も考えていなかった。
 手芸店につくと、ラックに様々な大きさ、色、形のビーズが掛けられている。麗香は熱心に色とりどりのビーズを見てどんどん手に持っていく。わたしはたくさんのきらきらと光るビーズの前に何をどうしていいのやら、立ち尽くしていた。すると穂波ちゃんが、
「相変わらず、麗香は猪突猛進だね。わたしはピンキーリング作るけど、一宮ちゃんもどう?」
と声を掛けてくれた。
「へえ、わたしにできるかな?」
「簡単だよ! まず小さいビーズを決めて」
 穂波ちゃんは透明なものを、わたしはパールのような色合いのちんまりとしたビーズを選んだ。
「そしたらねー、スワロフスキーを入れるの」
「スワロフスキーって、あのスワロフスキー?」
 宝石のスワロフスキーのイメージだ。するとラックの裏側にスワロフスキーと書かれた他のビーズとは段違いの光を放つビーズが掛けられていた。
「わー…」
「スワロフスキー使った方がよりきらきらして、アクセントになるよ」
 しかもスワロフスキーと言っても、1袋当たり250円ほど。全然高くないのだ。先ほど選んだ小粒のビーズと合わせて、スワロフスキーのビーズを選んでいく。わたしはスモーキーピンクのビーズを、穂波ちゃんはマスカット色のビーズを選んだ。そして穂波ちゃんはビーズに使う糸を二つ買っていった。
 
 わーわーきゃーきゃー言いながら再び穂波ちゃんちへ戻り、リビングの机の上に買ってきたビーズを載せた。自分が選んだスモーキーピンクのビーズはくすんだ色合いだが、ちゃんときらきらと光っていた。ちょっとテンション上がってきた。
 すると、麗香は透明なボックスを机に並べ、さっき買ったビーズを取り出した。
「こんなに買ったの?」
「うん、実は自分で100円均一で行ったら、かわいいし安いしでつい…」
 業者並みの量である。麗香が出した糸を穂波ちゃんが見て、
「ねえ、麗香が作りたいって言ってたアクセサリーがブレスレットだから、たぶんゴム糸じゃないとできないと思うよ」
と言った。
「え! 買ってないよ…」
「事前に作りたいものを聞いていたからね、一応ゴム糸も買っておいたから」
と穂波ちゃんは机にぽんとゴム糸を置いた。
 麗香とわたしは穂波ちゃんの顔をまじまじと見る。
「神じゃん」
「さすが大学の母」
 でもこうやってこの二人はますますダメになっていくのであった。
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