そこに秘めるものーータトゥーお助け隊

文字数 1,683文字

※今回の物語のテーマはタトゥーについてです。

 コロナになってまだ良かったのは、就活の無駄なことへの負担が減ったことだ。
 ただでさえお金がないから求職中なのに交通費がばかにならない。新卒の時、面接に行く為に東京へ行ったこともあった。その頃思ってたが、移動には地方出身者の負担が大きすぎる。
 そして履歴書である。昔大量の履歴書を書くために手が腱鞘炎になった。だが今は履歴書も大多数の場合電子の履歴書だけで可能なのだ。無駄だと思ったことが淘汰されゆく。なんて素晴らしいんだ…!
 
 とはいえ、たまに古からの伝統を引き継ぐ会社もある。今履歴書をカリカリしたためている。
「…お?」
 ミスった。「は」のところを「を」と書こうとしてしまった。「を」の部分の一部「ち」みたいな部分まで描いてしまった。
 フリーズする。ただ、ショックは1秒ほどで、2秒後にはどうしたらいいか急速に考えている。こんな時意外に頭は冷静だ。わたしは「ち」の左下にまる付け足し、「は」の右側にした。
 
 ふう、隠せた。こうやって数多の手書きの履歴書の中には秘密が隠れている。

 ネットフリックスオリジナルのドキュメンタリー「タトゥーお助け隊」。
 舞台はアメリカ。その場のノリで適当に入れたり、元妻の名前だったり、単純に貧相でダサいデザインなど様々な「残念な」タトゥーの持ち主とその持ち主の付き添い人がタトゥースタジオにやって来る。このタトゥースタジオには凄腕の彫り師が揃う。この残念なタトゥーの上に新たにタトゥーを施すのだ。そして、進行役はタトゥーの持ち主にこう告げる。
「こんな残念なタトゥーを入れたあなたの感性は信用できません。そこで、今回は付き添い人がタトゥーのデザインを決めます」
 なんと、本人はタトゥーが彫られた後わかるという訳だ。付き添い人は友達、恋人、親子、同僚など様々な関係の人々だ。皆一生残るものだから真剣に選ぶ。
 
 見所は二つ。まず、彫り師のプロフェッショナルさ。この隠すためのタトゥーはカバーアップタトゥーと言って、元のタトゥーをすっぽり隠さなければならないので、少し大きなデザインとなる。元のタトゥーを隠すこと、そして迫力のあるデザインとなってしまうので、上手く調整しなければならない。そして、付き添い人の抽象的な注文を上手く汲み取って、本人にぴったりのシンボルを探していく。
 例えば、貧相なオスライオンのタトゥーの上に、
「オスライオンではなく、メスライオンで」
とあえて立髪のないメスライオンを女性に彫る時、オスライオンにはない、メスライオンの優しげな表情を描いた。なるほど、メスライオンである意味を感じる。

 もう一つは付き添い人。少しびっくりしたのだが、意外と白人と有色人種という組み合わせで、恋人や友達が来ていて、「フレンズ」を親しんできた世代からすると、アメリカも変わったなあと思う。タトゥーを彫る本人のために付き添い人は真剣に考える。ある女友達のペアでは、
「虹や“プライド“に関するものがいい。同性愛者である彼女を認めるもの」
 そこで何匹かのカラフルな蝶が飛び立つタトゥーにすることに。あなたは自由に飛び立てるよ、というメッセージを込めて。
 本当に周りの人はよく見ている。このドキュメンタリーでじーんとするシーンだ。

 わたしはタトゥーを入れていないが、それは日本人として生まれてきたからだ。日本では兎角生きづらくなる。でももし他の国に生まれれば入れていたかもしれない。と思うわたしも、あまりに多かったりすると正直びっくりしてしまう。
 けれど、わたしはカバーアップタトゥーを見て、美しいと思ったことがある。それは乳がんで乳房の一部を摘出した人の傷を目立たなくするために彫ったバラのタトゥーだ。ぐるっと胸を囲むように施されたタトゥーはなんだかファンタジーの魔法がかかったようで、綺麗だった。手術痕や痣を隠すためのタトゥーは本人の自信を取り戻す。そういう活用だってあるのだ。
 
 蝶、ライオン、薔薇、牡丹、蛇。タトゥーにはそれぞれ物語を秘めているのかも知れない。


今回の物語:『タトゥーお助け隊』

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