少年たちは軽やかな音楽に乗せてーーシング・ストリート

文字数 1,436文字

 
 イギリスは英語ではユナイテッドキングダムだが、そのユナイテッド(同盟)の意味をわたしは分かっていなかった。

 マシューとオリンピックの話題で、イギリスではユナイテッドキングダム(通称UK)として出場している。イギリスはご存知の方も多いはずだが、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドから構成されている。
 わたしはそれを“エリア”だと思っていた。

「ノー。四つはそれぞれ別々の国さ」
「国?」
「そう、別々の国同士が“同盟”を組んで一つの同盟として出ているのさ」
 東アジアではもっぱら「一つの国」かどうかが焦点である。国として認められなければ地域として位置づけられる。ところが、イギリスはそれぞれ異なる国と認めたまま、同盟を組んでその形を保っている。統一でも独立でもない考え方はイギリスならではの考え方かもしれない。
 
 とはいえそんなイギリスにも問題を抱えている。北アイルランド問題だ。マシューに聞いて初めてよく分かったことだが、この問題の核となる部分は「宗教」だという。イングランドはプロテスタント、アイルランド(南)はカトリック、北アイルランドではカトリックとプロテスタントの半々なのだ。それにより北アイルランドのカトリックは同じカトリックであるアイルランドとの統一のために長い紛争をしてきたのだ。マシューはイングランド人だが、IRA(アイルランド共和軍)のテロにもロンドンで出くわしたことがあるという。
「なぜIRAはロンドンでテロをしたの?」
「イングランドが同盟の中枢を担っているからさ」
「なるほど。でもこの問題は終結したんだよね?」
「終わってないよ。我々はまたいつぶり返してもおかしくないと思っているよ」
 

『シングストリート』はアイルランドを舞台にした青春映画だ。大人しいカトリック系の学校に通っていた主人公コナーは父が無職になり、荒れた高校へと転校させられてしまう。荒れた学校でいじめられ、謎の校則を強いられ、おまけに母は不倫している。暗い学校生活だったが、大人っぽい女の子に恋をし、思わず「僕のバンドのMVに出ないか?」と聞いてしまった。そこで慌ててコナーはバンドを組み、MVを撮ることに。

 監督は「はじまりのうた」のジョン・カーニーなので、MVを作り上げていく映像はどこか手作り感や温もりを感じられる。

 この映画はアイルランド。国全体が不安定になり、若者たちは自由を求めロンドンに渡ったりしていた。コナーも自由の国としてアメリカに想いを馳せる。一方80年代のロンドンでは音楽が花開いていた。そんな対照的なアイルランドとロンドンは対岸から見える程度の距離。物理的にかなり近いからこそ、変えられない現実がより大きく感じていたのかもしれない。
 
 ただどんな困難があっても、若者はいっつも暗い訳ではない。
 例えば初めてコンサート(初ギグ)する時にコナーとバンドメンバーが相談するシーンでは、
「中間テストがある」
と言って、バンドメンバーは初ギグを拒否する。
「中間は意味がない」
「お袋には意味がある。大学へ行けとうるさいんだ。女子は?」
「集まる」
「やろう」
 即決。さっきまでの会話の意味はいずこへ?洋画のこういったツッコミ不在のぬるっとした会話、面白い。
 
 モテるためにバンドをする。それこそ不健全で健全な音楽をやる理由だよね。 
 少年たちは軽やかな音楽に乗せて、荒波を越えようとするんだ。 

今回の物語:『シング・ストリート 未来のうた』ジョン・カーニー監督
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