第2話 神聖文明への来客について

文字数 3,992文字

 ケファが寄越した少年を視て内心驚きを隠せない。奇跡使いにはランクがある。大規模な奇跡を起こせる者から些細な奇跡を起こせる者まで多種多様だ。この子には素養がある。しかし、どの類型にも当て嵌まらない。
 未知の奇跡使いだ。グランドプロフェッサーの位すら軽く凌駕する可能性がある。
 危険だな。
 自分の探し求めていた人物を見てそう感じた。機械文明の中に育って奇跡使いになった前例がない。
 ケファは何を考えた? 憐憫の情だけではあるまい。破天荒だが、計算が出来ない弟子を育てた憶えはない。
 まずはこちらの世界観になれてもらうことから始めるとしよう。
「まあ、シトー君、君にとってここは第二の家になるから、色々見てきたまえ」
 少年は窓の外にある浮遊物体を見つめていた。
「あれは何ですか?」
「飛空艇や戦艦の類だな」
「ヒクウテイ? センカン?」
「人を乗せて動く乗り物のことだ」
「へー、すごい。機械様と同じことが出来るんですね」
 この辺りも危惧すべきところではある。この子は機械に愛着の念がある。それはとても強固で繊細なものだ。ゆっくりと距離を縮める以外ない。
「外では機械様とは言わない方が良いよ」
「何でですか?」
「機械は怖がられているからね」
 曖昧にぼかす。この子は機械に愛着を持っている以上、今すぐに真実を伝えるのは避けておこう。
「ふーん、よく分からないですね」

      *

 少年が出て行った後、ステルスで姿を隠していた自分は議長に訪ねる。
「大丈夫ですか? あの少年は全く常識がありませんよ」
「大丈夫だ。その為にアイザック君、君がいる」
「はあ、厄介ごとは私に押し付けるのですか?」
 溜め息を吐くと議長は肩を叩いて付け加えた。
「あまり甘く見ない方が良い。あの子は強大な奇跡使いになる可能性を秘めている」
「本当ですか?」
「かもだよ。可能性の話。実際の話は未知数だ。底が読めん。だから我々も慎重に接していかなければならんのだ」
「かしこまりました。議長がそこまで仰るのであれば」
「彼の価値観と我々の価値観の隔たりが埋まるか。それが肝要だ。彼のフォローを君に頼みたい」
「はい」
 重役を課せられたな、と思った。
 部屋から出て彼に追い付くと早速トラブルを起こしている様子だった。奇跡使いのアンナと揉めている。少年が性交渉を求めたらしく、一触即発の雰囲気だ。しかし、彼女は面倒見が良い。機械文明から来たと判ると案内を進んで買ってでた様子だ。
少年が扉を開けて驚いている。まあ、無理もない。機械文明がどれ程進歩していようとも人間の生活は奴隷扱いなのだから。未知の技術に戸惑いを覚えている様子だ。それでも勇気を出して一歩踏み出すのは大したものだ。
 機械のタクシーに乗る時も律儀に礼をしている。
 基本的に純粋なのだ。少年の根をそう看做した。だからこそ危険でもある。正邪のどちらにも染まるということだ。ましてや未知の奇跡使いの可能性なら世界に甚大な影響を及ぼすだろう。 ケファもとんだ少年を寄越したものだ。
 レストランに入ったものだから迂闊に後を付けなくなった。あまり近づき過ぎるとアンナに感付かれてしまう恐れもあった。
 仕方ない。聴覚の精度を上げて外で聞き耳を立てる。
 話を聞いていると機械文明の機械達は人間と同じ食生活を好むらしい。興味深い情報だった。機械なのに機械らしくない生活をしていると視える。創造主である人類に憧れて真似し始めたのだろうか? 機械は昔電池で動いていた筈だが、自ら形態を変質させた訳か。少年がロシア料理の名前をスラスラ挙げている。

      *

 どうやらアンナと接触した様子だ。ロシア料理を食べている。
 あの少年が自分の探していた少年だと確認する為にはどうすれば良い?
 ケファは見間違いなどしない。しかし、少年の力は強大無比にも感じ取れる。『運命の奇跡使い』だとしたら我々の手に負える者ではない。
 試してみるか。今、二人は機械文明の謎について話している。秘匿事項だが、『運命の奇跡使い』の力が本物なら。
「ハッハッハッ、その辺りは私から直接説明しよう」
 さりげなく偶然を装って接近する。
「議長、悪い癖ですよ。私達を見張っていたのですか?」
「いや、そういう訳じゃない。ロシア料理を食べようと思ったらシトー君を見かけてね。アンナ君とお話していたので、つい聞き耳を立ててしまってな」
「本当ですかあ?」
 怪しまれているか。仕方がない。
「まあ、済まないのだがね。機械文明の成立に関しては秘匿事項なのだよ。我々奇跡使いの根幹にも関わる話なものでね」
「その話は初耳ですわ」
「そうだろうな。一部の奇跡使いしか知らん情報だよ。くれぐれも他の人に話さない様に。まあ、時が来たら話す準備はしているがね」
「それまでは話せないと?」
「そうなるな。ところでシトー君、神聖文明の料理はどうかね?」
「とてもおいしいです。みなさん、こんなおいしいものを毎日たべているのですか?」
「そうだよ。他にも料理はある。君は日本人な様だから寿司とかは知っているかな?」
「知っています。でも、あまり食べれません」
「神聖文明では毎日食べれるよ」
「本当ですか? すごい農業なのですね」
「いや、漁業よ、シトー君」
「漁業? ああ、海に出て魚を沢山釣る仕事だと聞いたことがあります。でも、機械様達は僕らが海に行くのをダメというので見たことないです」
「じゃあ、どうやって魚を食べるの?」
「機械様がコウジョウでセイサンして持ってきます」
「ふむ、海に行かせて貰えないのかね? それはどうしてかね?」
「海には魔物がいるから近づかない方がよい、とおっしゃっていました」
「ふむ、十九世紀の倫理観を持ち出しているのだな。巧いことやるものだ」
「何がですか?」
「ああ、いや、確かに海は危険なところなのは間違いない」
「まあ、確かにそうですね。機雷や戦艦がうろつき回っているところを行くのは危険よね」
 おそらく、亡命者が出るのも恐れているのだろう。
「それが悪魔の名前なのですか?」
「うーん、どうかなあ。悪魔と言うより兵器よね」
「よくわからないです。兵器は悪魔なのですか?」
「シトー君の答えは実に正解だ。兵器は悪魔そのものだ。何かを破壊し、傷つけるものは悪魔の仕業だと思った方がよい」
「議長……それは無理があるのでは」
「何を言うかね。人類解放教会同盟の前身であった教会では武力を悪魔とみなす解釈もされていたのだよ」
「今は戦時ですよ」
「アンナ君、君は歴史をもっと学ぶべきだ。奇跡使いとしては十指に入る者が歴史をおろそかにしてはいかんよ」
「秘匿事項ばかりで何も手に入らないじゃないですか」
「推測することも重要なのだよ。ケファ達はそうやって真実に近づいた」
「先生方が?」
「そうだとも。一見、努力をしていないと思える者程、裏では研鑽と議論を積んでいるものだ。シトー君の国の歴史は未だ謎が多い。機械文明の支配地域は広大だ。アジアの大部分、旧ロシア領、北アフリカに亘る広大な地域を支配している。文化も謎だ。シトー君から話を聞くまで知らないことが多かっただろう?」
 まあ、『彼女』の力を以てすれば容易いことでもあったが。
「それは、まあ、そうですが」
「シトー君に訊きたい? 君の国では国の歴史はどう習うのかね」
「うーん、歴史ですか」
 さて、これで機械達の思惑が読めれば最適だが。
「そういえば、機械様を創ったのは『創造主の創造主』だとお話しましたが、続きがあります」
「え?」
「『創造主の創造主』の中に『始祖』という方がいて、その方が最初の機械様を創ったと聞いたことがあります。『始祖』は何でもできた方みたいで」
「ふうん、『始祖』とやらがいるのね。でも、何でも出来るってのは誇張ね」
「いや、案外そうでもない」
 やはりか、と思う。『彼女』は神格化されている様子だ。
「少なくとも『彼女』はそう思える程に強大無比だった」
「議長、『始祖』について何か知っているのですね」
「いや、ハッハッハッ。つい口が滑ってしまったな」
「そうですね。議長が年齢を詐称しているのが良く判りました。機械文明が出来たのは今から百年前。その頃から議長は生きてらっしゃったのですね」
「内緒で頼むよ。私も『彼女』を倒すまで死ぬ訳にはいかんのだ。禁忌を犯してもな」
「どういうことです?」
「人の寿命は百二十歳までって神聖文明では決まっているの。聖典に従っている訳だけど。議長はそれを破っているのよ」
「百二十年以上生きているのですか?」
「長生きは良くないよ、シトー君。執念の様なものだよ。間違いを正せなかった自分へのね」
「何かまちがったことをしたのですか?」
「若き日にね」
「始まりの奇跡使いですね」
「勘が鋭いね、アンナ君」
 全く、惜しい逸材だ。歴史を学べばもっと高みを目指せるだろうに。
「信じられない……機械文明を創り出したのが奇跡使いだなんて」
「まあ、当時は奇跡使いの立ち位置も真逆だったからね」
「真逆? 人類の脅威だったということですか?」
「有り体に言えばそうなる」
 アンナは急に黙り始める。
「シトー君は『始祖』に出会ったことがあるのかね?」
「それはないですね。そんなすごい方が僕に会いに来ることもないですし。でも……」
「でも……何だね?」
「使いの方にたまに会うことはありました。むこうはチョウサの為とか言っていましたけど」
「その使いの方は機械かね、それとも人間?」
「それがよく判らないのです。その方の記憶だけあやふやで。ただ、泣いていたような気が……」
 そうか、やはりこの少年がそうなのか。
「議長」
 アンナが怖い顔で自分に向き直る。
「このオペレーションにはどこまで関わっているのですか」
 自分は思案する。
 ふむ、ここまで喋らされているのは紛れもなく本物の能力だろうな。
 少年にはかすかに『彼女』の面影がある。
 走馬燈の様に昔の思い出が蘇る。
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