第9話 終戦後

文字数 2,598文字

 シトー・クオリアが『始祖』に勝利して自分は入院した。議長としては情けない限りだがケファに代行して貰うとしよう。
 思えば、大層な嘘を吐いたものだ。『始祖』に伴侶がいなかったなどよく口が回ったものだ。まあ、どの道露見する嘘だが。
 自分は強かだったな。無意識の内で『彼女』を殺したくなかったのだろう。だから少年に止められた時は安堵したのだ。お陰で『彼女』を殺めずに済んだ。いや、違うか。覚悟がなかったのだ。
 自分は『彼女』を殺せない。
 そう言う意味合いではシトーに感謝するしかない。
 件の少年は国防長官の任を拝命した様子だ。前代は彼なら納得したのだろう。
 少ししてシトー・クオリアが見舞いに来た。
「失礼します、議長」
「議長は止めてくれたまえ。クラックで構わない」
「ですが、奇跡使いの最高位はあなたです。僕はプロフェッサーなので」
「シトー君」
 真剣な表情で語る。
「はい」
「グランドプロフェッサーになる気はあるかね?」
「はい?」
「私はそも『始祖』の代理として奇跡使いを率いていたにすぎない。長の器ではない。その点なら君は合格者だ。両文明を統合できる資格を持っている」
「お兄さんの方が良いと思います」
「ケファも確かに合格者だ。だが、判っているのだろう? 『始祖』は君の直系だ。つまり親子関係なのだ。まあ、この手の話はイスラム世界では揉めた話だから教会も揉めると思うがね。そこは私が何とかしよう。それにケファでは『始祖』が又動き出した時、止められない。それ程の存在なのだよ、君達は」
「クラックさん、なぜ『始祖』は暴走したのだと思いますか?」
「君を愛していたからだ」
「それは少し違うと思います」
「違う?」
「ええ、クラックさんが言っていたことですよ。強大な力はいつも畏れられるって。『彼女』は独りぼっちだったんじゃないですか? 本当は長とみられるより家族としてみてもらいたかった。全部、僕なりの意見ですけど」
「そうか……いや、そうなのだろうな。私達は知らない間に『始祖』という言葉で偶像化していた。決めつけていたのは私達かも知れないな。だから、君に執着してしまった」
そうかも知れない。在りし日の彼女は単に家族を求めていただけだった。やり直せるのだろうか? それに応える様にシトーは穏やかに語る。
「やり直せますよ。お互いにごめんなさいをして又仲直りです」
「はは、そうだな。そうしよう。ありがとう、シトー君。君はやはり『選ばれし者』なのだな」
「それってどういう意味です?」
「いや、予言の中身もいずれ教える。それより、今日は重要な日じゃないかね?」
「クラックさんにも敵いませんねえ」
 鈍い彼もようやく自分の心に気付いた様子で何よりだった。カレーニア家から忠告された頃の自分を思い出した。
「機微の第一歩を学んだ様で何より」
「緊張しているんですよ」
「そうだろうな」
「クラックさん自身はどうなんですか?」
「いや、独身の方が気楽さ。軍部や政治部とのやりとりの方が未だ歯応えがある。まあ、その辺りの暗部はおいおいケファ達にも教えるつもりでいるが」
「僕には教えてくれないのですか?」
「君には未だ早いな。今日のことを成功させたら考えるよ。青い果実は熟すまで時間が要るものだ。青春というものを楽しみ給え。健闘を祈るよ」
「はい、行ってきます」
 又、嘘を重ねてしまった。どの道露見する嘘であるのに。
 今度はテンペストが訪ねてきた。今日は来客が多い日だ。
「お主、『始祖』の見舞いには行かんのか?」
「テンペスト、くどいかも知れないがもう私は」
「『彼女』はあの日から待っとるぞ。たとえ、裏切られても思慕の情はそう簡単に消えん。それともお主にとって『彼女』との日々は無為じゃったか?」
 怒りが形相に表れているのが自分でも判る。
「無為なものか。だが、私がそれを追憶する資格がないだけだ。私は師匠を裏切った」
「その言い方も止めい。普段通りの呼び名に直せ。お主が自分に十字架を作っても苦しむのはお主ではない」
「機会があったら訪ねる」
「頑固じゃな。夫婦揃って」
 歯軋りをして兄を睨む。飄々とした態度で去っていく彼を憎み切れない。兄の言うことは正論だ。
 夜中こっそり病室を抜け出して『彼女』の病棟に向かう。いかなるセキュリティも奇跡使いの前では無意味だなと感じてしまう。
 だからこそ銀河帝国にすら楽々勝てたのだが。
 神が何故『彼女』を懐胎させたのか謎に包まれている。
 だが、答えはシトーが言った通りなのだろう。

 家族が欲しかった。

 ただ、それだけだった。それが世界の全てであり、最上の幸せであることを『彼女』自身が強く自覚していた。
 やがて『彼女』の寝ている台の前に立つ。
「すまなかった。あの日、君の味方をするべきだった。あの時、君は絶望に包まれていたのだな。私が間違っていたよ」
 涙など流すべきではない。堪えて『彼女』の表情を見た。穏やかな表情だった。
 ただ、それだけが救いで、どうしようもなく救いで跪いて祈った。
 主よ、どうかもう一度だけ奇跡を起こせるなら自分は何千と祈りましょう。『彼女』を解放して欲しい。
 だが、神は答えない。当然だ。一回の祈りで完成されるなら人生苦労しない。
「又、来るよ……月詠」
 月に照らされた『彼女』の顔は美しい。百年前から何一つ変わりない。
 自分は老いた。かつての様な若々しさはそこにはない。人として生きる。そこから外れても尚老いだけ容認した。そうしなければ若者の未来を奪ってしまう。全盛期の様な力はない。老獪さが増しただけだ。
 醜いものだな。『彼女』は自分のことをどう思っただろう。老いた自分を見て何を感じたのか。
「月は美しいものだな。なあ、月詠。君に似合っていると思う」
 『彼女』から返答はない。いつ目覚めるかも判らない。それでも毎日来てみようと言う気持ちにはなれた。

 月詠との日々は他愛ない話を一方的に喋るだけの日々だった。それでも『彼女』は聴いている気がしたから飽きなかった。帰りにはいつもの祈りを籠めて病棟を後にした。
「シトー君がね、チョコ菓子に嵌ったらしい。アンドロからチョコを頂いた時の美味しさが忘れなくて各国のチョコ菓子漁りをしているらしい。アンナ君はそれを見て体型の話をして叱ったそうだ。君の息子は惚れた女性には弱いな。シトー君は生殺しだよ」
 そんな他愛のない話ばかりしていた。
 そして、最後には祈るのだ。
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