第4話 過去編・意外な結婚、そして別離へ

文字数 2,664文字

「アホみたい。あんなちっぽけな帝国を恐れるなんて」
 国連の決定事項を聞いた『彼女』の反応はそんなものだった。
「仕方がない。地球には未知の領域だ。恐れもつきまとうさ」
「ねえ、クラック。あなたは理想の世界を目指しているみたいだけど、家庭は持たないの?」
 『アルファ』が生まれてから『彼女』は大分変わった。母性が身に付いた様子で家庭を強く欲する様になった。『彼女』が自分に望んでいるものが変化しているのに気が付いた。
「この子には父親が必要なの。言いたいことは判る?」
 素直じゃない。
「君の気持ちはどうなんだい?」
「じゃあ、あなたの気持ちは?」
「好きじゃなかったら最初から教会に誘いなんざしなかったよ」
「その好きは『愛している』の好き?」
 『彼女』が真っ直ぐ双眸を覗き込んでくる。
 まあ、こういうのは最初から負けが決まっていた。
「愛している」
 その告白を聴くと『彼女』の行動は速かった。親しい知人のみを呼び寄せ、秘密を厳守出来る牧師を呼んで結婚式を挙げたのだ。
「君の心は読めないな」
 月詠にそう言うとアレクセイは冷やかす様に助言する。
「クラック、人生で機微を学ぶのが重要なんだ。鈍くては好機が目の前にあっても逃してしまう。良かったな。向こうから攻めてくれて」
 何だ、それ。まるで『彼女』が自分に最初から好意があった様な言い方だ。そんな素振りなんてなかったのに。
 エカチェリーナは勝ち誇った様に振舞っている。
「まあ、大抵の男性の鈍いこと鈍いこと。男性はもっと女性が世の中でどれだけ重要な役割をしているか自覚した方が良いわ」
「むう」
 納得いかない。もっと人の感情を学べということか。
 結婚して半年位して『彼女』が暗い表情をしているのがありありと判った。
「どうかしたのか?」
「子供が出来ない」
 言われてみれば、おかしい。もう妊娠して良い筈なのに。
 病院に予約を取って診察を受けた。
「残念ですが、奥方様は不妊状態にあります。排卵機能が何故か停止している。原因も全く不明です」
 それ以来『彼女』の中に影が出来てしまった。自分に負い目を感じる必要もないのに「ごめんね」と時折漏らす様になった。
 自分も時間を見つけて『彼女』と出掛ける機会を増やした。そんな日々が続いて、ある日うっかり昼寝をしてしまった自分がいた。
「すまん!」
「良いのよ、クラック」
 何だか『彼女』の雰囲気が変わっていた。
 思えば、この時、予言の内容を自分が知っていれば違う未来を選択出来たのではないかと後悔している。
 『彼女』は段々強権的になっていった。『彼女』はまずイスラエルのご機嫌取りの為にアラビア半島を制圧した。メッカとメディナに建造物を建て研究を始めた。上位者の意志を知る為の研究だった。機械文明の中心地として発展していく。まるで映画さながらの世界だった。
 その次にイスラム世界の制圧を始めた。勝負になる筈もなく各国が降参していく様を視て西側でも脅威論が台頭しつつあった。

 ロシアからアレクセイに密使が来たのもその頃である。内容は『始祖』討伐について。もし、奇跡使いが賛同するなら中華も参戦する約定付きだった。
「そもそも何故月詠はこんな豹変したのだろう」
 アレクセイとエカチェリーナは自分に質問攻めだった。うっかり自分が昼寝して起きたら『彼女』の雰囲気が変わっていたことを説明した。
「クラックが予言の奇跡を発動したんじゃないか? それを聴いた『彼女』が何らかの心変わりをした?」
 兄は時間を操ってその場面を映し出した。

「『始祖』はやがて独りで受胎せん。その子をシトー・クオリアと名付けん。その者、『運命の奇跡使い』なり。その者を巡ってこの星で大戦が起きるであろう。幾十億もの屍が出来ん。その果てに均衡がもたらされる」

「幾十億だと?」
 全員が呆然としていた。歴史上ない未曽有の死が予言されていた。
「つまり、あれか。月詠は自分の子供の誕生と幾十億の命を天秤にかけて……」
「止めなくてはならん」
「しかし、どうやって?」
「月詠の能力は奇跡使いの総合力を上回るわよ。対策の練り様がない」
 議論は紛糾している。
 かつて自分は世界をより良いものにしたいと望んだ。その為に愛する伴侶が犠牲になるというなら。
 『彼女』を今でも愛している。その上で苦々しい決断だが、宣言する。
「全世界の国家にチャンネルにつなげる。その上で『始祖』討伐を奇跡使いも全面参加することを表明する」
「正気か、クラック? 『彼女』の力を知っている筈だ。世界がどう足搔こうとも我々に勝ち目は……」
「それでもやらなければならない。『始祖』は願望の余り、道を見失った。それを正すのがグランドプロフェッサーだ」
「本気なんだな?」
「本気だ」
 アレクセイは気迫のこもった表情で同調する。
「なら、俺達は一心同体だ。グランドプロフェッサーを長とし、『始祖』を倒す」
「夫がそう言うなら私もそうするわ。親友を殺すのは心苦しいけれど」
 エカチェリーナも賛同した。
 兄は一瞬沈黙してから発言する。
「真正面きっては勝ち目がない。裏を突く必要がある。おそらく、『彼女』はイスラム世界を支配した後、中華かロシアに侵攻する筈だ。その瞬間を狙って総攻撃することだ」 
「兄の助言に従おう。我々奇跡使いもいつでも動ける様に……テンペスト? どうした?」
「いや、均衡をもたらすとはどういう意味だろうと思ってな」
「それは確かに意味深だ」
 幾十億の犠牲の後に平和が訪れるとでも言うのだろうか? しかし、どんな平和が待ち受けていようが、幾十億の犠牲は看過出来ない。そもそも、均衡が平和とも限らないのだ。解釈しようがない。
「クラック、『彼女』から次の侵攻地と日時を問えるか?」
 アレクセイは既に覚悟を決めている。彼は死地に赴くつもりなのだ。
 回避出来ない運命なのだろうか?

「月詠、次はどこを攻める予定なんだ?」
「ロシアよ」
「言っておくが」
「エカチェリーナの祖国よ、無駄な殺生はしたくないわ。平和的勧告を受け入れれば良いのだけど」
「受け入れなかったら?」
「潰すわ」
 そうか、『彼女』ももう自分の道を決めているのだな。愛する子供達の為に悪魔になる覚悟がある訳だ。
 ならば、自分は務めを果たそう。来たる日に『彼女』と決別する。その覚悟だけは決めておかねば。
 きっと後悔するだろう。どの選択をしたところで後悔する。こういう時、グランドプロフェッサーの地位は都合の良い言い訳となる。多数を救う為に少数を犠牲にする。身分は合理性を求める。そこに個人的な感情を入れるのは間違いだ。
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