第5話 過去編・世界対『始祖』軍

文字数 1,784文字

 遂にこの日がやってきた。忌まわしき日よ。これ程、自分に影を落とす日はあるまい。
 『彼女』は戦端の開始をモスクワと定めた。
 無論、ロシアには筒抜けの情報である。
 『彼女』と同盟を組んでいる科学者集団にも我々のスパイは忍び込んでいる。我々が敗北しても芽の全てが潰されない為の用意だ。
「妙ね。モスクワに人がいない」
 『彼女』がそう呟く。次の瞬間、『彼女』は愕然として表情でこちらを見つめた。
「クラック、どういうこと?」
「私のことは赦さないで良い。だが、君を止める」
 瞬間移動する。『彼女』も遅れて移動しようとするが時は既に遅かった。モスクワに配置した世界中の核兵器が連鎖反応で爆発する。ロシアは終わる。その引き換えとして『始祖』は討伐される。遠方から眺める凄まじい破壊力を前に感情を務めて抑える。これで終わりではない。全ての奇跡使い達が攻撃の陣を調えていた。奇跡使いに攻撃が許されること。それ自身を神がお望みだと言う証明だ。
「斉射!」
 あらゆる超常現象が起きて混沌していく。やがて、無と化した大地に独り立つ『彼女』を見て皆が驚愕していた。
「そう、予言の中身を知ったのね? だから、クラック、あなたはあんな行動を起こした」
 『彼女』は傷一つ負わず平然として君臨している。
 だが、『彼女』は自分自身を見落としている。『彼女』自身が未だ完成体ではない。放射能による遺伝子の傷は確実に彼女を疲弊させている。あらゆる超常現象に耐えた反面、体力も消耗している。
「卑怯だとそしられようとも多人数で片付けさせて貰う。恨んでくれて構わない」
 そう言い、アレクセイが先攻した。雷を身にまとい、突進し、『彼女』を吹っ飛ばす。『彼女』は態勢を整えて槍を構え、穿つ。
 アレクセイの肩が抉られた。代償として『始祖』の片腕に電流を流す。再生と焼却が繰り返され、一進一退となる。
 そこへテンペストが加わる。時を操り、『彼女』の動きを鈍くする。徐々にだがアレクセイが優勢となっている。
 だが、おかしい。『彼女』が大人しくやられている訳がないのだ。
 突如、アレクセイが痙攣し始めた。
 口から吐血し、距離を取った。
「やられた。あの槍はナノマシンの塊だったか。心臓に侵入された。もう俺は長くは保たん」
「私が癒すわ。だから、諦めないで」
「いや、さすがは『始祖』だ。回復阻害の効果まで付与させている。エカチェリーナ、『彼女』を恨むなよ」
「ええ、判っているわよ。私達がどれだけ非道なことをやっているか位自覚しているわ」
「子供は頼んだ。願わくはいつかカレーニア家と『彼女』が和解することを」
 彼は全身に放電現象を発現させた。そして、反物質を生成して『彼女』に突っ込む。
 凄まじい爆風と共にアレクセイは逝った。
 追撃をかける。
「偽ロンギヌス!」
 想像上の槍の威力は戦術核さえも軽く凌ぐ。
「クラック……どうしてもと言うのね」
 それでも『彼女』は気迫に満ちて訊ねてくる。
「恨んでくれて構わない。君の幸せを勝ち取れなかった私が悪い」
「何それ、馬鹿みたい」
 『彼女』はどこまでも『彼女』らしいのだな。
「もう私は君の名を呼ぶ資格はない。これからは師匠と呼ばせて貰う」
「それで縁が断ち切れたつもりなの?」
「まさか、私は地獄行きだ。延々と重荷を背負うだけだ」
「そう、なら猶予をあげるわ」
「猶予?」
「判っているでしょう? アレクセイを犠牲にしても私には勝てない。一万の奇跡使いを以てしても私は倒せない。私を倒せるとしたら『運命の奇跡使い』だけよ」
「では、どうせよと?」
「しばらく封印されてあげるわ。尤も私だって馬鹿じゃない。既に機械文明はイスラム文明圏を制圧し、中華を滅した。残るロシアにも機械文明の勢力がやってくる。判っているわね。これは妥協よ。『アルファ』が生き残る為の」
 歯痒い思いだが仕方ない。実際、戦えば負ける戦なのだ。『彼女』には余力がある。対して我々は余力がない。気付かない間に絶命した奇跡使いが多くいる。機械文明の力によるものではない。『彼女』が秘密裡に抹消したのだ。
「良いだろう、師匠。あなたを封印する」
 残った奇跡使い達が巨大なエネルギーの牢獄を組み立てていく。
 『彼女』は大人しくそこに収まった。
 やがて、機械文明の艦隊が来て牢獄を回収して去っていく。
「しばしの別れだ。『始祖』よ」
 もう名前で呼ぶことはないだろう。
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