第11話 共に眠る

文字数 4,106文字

 シトー達が孫を連れて病棟に来た。心なしか『彼女』はウキウキしている気がする。
「ほら、見たまえ。あなたの孫達だ」
 『彼女』は息子をジッと見て感想を漏らす。
「本当に大きくなったわね。坊や」
「『婦人よ、御覧なさい。あなたの子です』」
 自分は『彼女』にそう言い、シトーを見て言う。
「『見なさい、あなたの母です』」
「クラック、あなたのそういうところが相変わらずね」
「君程ではないさ。孫を抱きしめたまえ。望んでいたことだったのだろう」
 アンナとシトーが子供達を寄せてそれぞれ抱っこさせると『彼女』は涙を一筋流して言った。
「良かった。これで思い残すことはないわ。ねえ、クラック?」
「そうだな。次の世代に紡ごう」
 シトー達が帰った後、『彼女』は思い出した様に語り始めた。
「坊やが産まれた時のことを思い出すわ。その後もちょくちょく姿は見に行っていたけど、本当に子供が大きくなるのは早いわねえ」
 やはり、シトー・クオリアに会っていたのは『彼女』自身だったか。分身の術でも使ったのだろう。
「君と再会した時を思い出した」
「ええ、壮絶よね、私達って。夫婦と書いて宿敵と呼ぶ位に」
 お互いに孤高の身でいざ同格の相手がいると好戦的になる。嗤いにはそんな意味合いがあったのだ。銀河帝国を倒してから挑む者もなく、研鑽を発揮出来る場もなかった。年甲斐もなく、高揚してしまったものだ。穏健派を気取る癖に内心血気盛んな奇跡使いも多かったものだ。それだけ高みに昇りつめてしまった。
 だが、あの少年はちっぽけな自分達の世界観を見事にぶち壊してくれたものだ。上には上がいる。久しく、信徒として低められたことを覚えた瞬間でもあった。
「ねえ、クラック。坊やがもたらす均衡ってどんなものなのかしら?」
 彼女は唐突に話題を変えた。
「あの子はもう我々を超えた身だ。どんな結果をもたらすか我々には想像も出来ない」
「その日を目撃したかったなあ」
 まるでもう長くないかの様な発言に自分は心当たりがあった。
「月詠?」
「クラック、自分に嘘を吐くのは良くないわ。私とあなたはここまでよ」
「そうか、君も……」
「奇跡を使っても限界はあったと言うことなんでしょうね」
 少しの間、沈黙が場を支配する。やがて、『彼女』は切り出した。
「ねえ、私達の寿命については坊や達に黙っていましょう」
「良いのか、そんな大事なことを」
「子育てって忙しいのよ。あの子達に負担をかけたくない」
「そうか」
「世界中を回って皆の墓を訪れたいの」
 それも良いかも知れない。気持ちの一つの区切りとして。
「では、まずアレクセイの墓でも訪ねようか。奇跡使い達の墓はイスラエルにまとめて存在している」
 幸いなことに奇跡使いの墓はまとまっている場所にある。エルサレムの郊外に建てることを世界各国が認めてくれたお陰だ。
「イスラエルは平和になった?」
「昔と比べれば」
 機械文明の前に民族を超えての一致団結があった。歴史的な転換点だった。教会もシナゴークもモスクも干渉しないで共生している。奇跡使いにとっても聖地な為、ここには奇跡使いは戦力を比較的重きを置いているのも一因だろう。
 両文明統合の後は又火種が起こるかも知れないが。
「イスラエルを経由して北アフリカからアジア諸国に行くわ。そして、最後はロシア」
「仲直りするには良い最後の場所だ」
「でしょう」

 それから二人で旅に出た。アレクセイの墓前で謝罪し、ことの結末を報告した。北アフリカの墓所各地を訪ね、メッカやメディナも訪れた。百年前の記録がない以上、住民にとって『始祖』は畏敬の対象だったが、『彼女』は気軽に彼らと触れ合った。
「君は変わったな。昔は不愛想だったのに」
「人は変わるものよ。いつの時代もね」
 アジア諸国は自然の楽園だった。農地も畑もしっかり整備されている上、百年前では希少だった動物達は謳歌している。
「機械文明も悪いことばかりしていた訳じゃなかったか。人間だけだったらこうはならなかっただろう」
「『アルファ』は動物に愛着があったのよ」
 なるほど、人間より人間らしい機械だ。我らの娘は一味違う。
 中華を訪れた後、日本を訪ねた。月詠の母国だ。
「教会が未だ残っていたとはな」
 衛星で送られるデータで判明していたが、こうして見ると懐かしさがこみあげて来る。『彼女』と出会った教会が未だ残っている。もう百年も経ったのか。長い年月を経ても外観が変わらないのは補修工事を時折行っていたと見える。
 シトー・クオリアが育ったのも近辺の筈だが。
「お久しゅうございます、『始祖』」
 機械が話しかけて来た。
「今までお疲れ様。クレイドル、坊やはもう自立出来たわ。あなたも自分の生を歩みなさい」
「そうですか、私は彼に酷いことばかり教えて来ましたが、あの子が幸せであれば何よりです」
 そうか、この機械はシトー・クオリアを護る為にあえて他の人間と同じ扱いにしていたのだな。揺り籠とはよく言ったものだ。
 そして、最後の地ロシア。古い外観は何も残っておらず、真新しいビル群が秩序正しく並んでいた。
「ここが全ての始まりだった。私が過ちを犯した場所だ。君の心も読めずにな」
 自嘲する。ここには歴史的文化遺産も多くあった。それを核の力で無へと帰して荒野と化した。生命のない大地へと変貌させたのだ。東シベリアは未だマシだが、モスクワにはもう何もなかった。ただ、あるのは近代的な建物だけだ。
 当時、正教会は黙認したが、本当は嫌だったのだろう。アンナも祖国に感傷を浸るのはそれだけ当時の人々の生活が犠牲にしたものが多かったからだ。
「ねえ、クラック?」
「何だ?」
「あの時、あなたはどう思ったの?」
「スプランクニゾマイ」
 聖典の言葉で憐れみを意味するが、正しくは違う。はらわたが千切れる様な思い。これが一番近い意味だ。人の苦しみや悲しみを察するのはそれ程だと言うことだ。
「あら、でも、あなたは神様の様に共感はしてくれなかったわね」
「所詮、私も人さ」
 神の様にはなれない。奇跡使いと言っても人だ。神の領域にはたどり着けない。
「あなたらしいわ。堅苦しいことばかり」
 まあ、と一拍置いて『彼女』は告白する。
「そんなあなたを好きになった私も人のこと言えないのよね」
「初めてかな。そんなこと言われたのは」
 『彼女』は笑んで理由を伝える。
「もう長くないの。しっかり伝えておかなきゃね」
「そうだな。シトー君には伝えなくて良いのか?」
「坊やにはもうあの子がいるもの。子はいつか親を離れるものよ」
「そうか」
 もしかしたら『彼女』の方こそがはらわたが千切れる思いをして我慢をしているのではなかろうかと心配になる。昔から強情だった。
 だが、百年経った今、ようやく繊細さが見えてきた。
 いや、正確にはこれまでもあったろう。ただ自分が気付くのが遅かった。
「帰りましょうか」
「ああ」
 そうして奇跡使いの本拠地に帰る。

 テンペストとエカチェリーナが『始祖』のことについてあまり深入りしない様に政治的圧力をかけているのが判った。おそらく、二人とも自分達の未来を察したのだろう。お陰で静かな時間を過ごせた。
 それでも来客は来た。
 ケファが来た。
「議長、どういうつもりですか?」
「何がだね?」
「俺らに隠しごとは通じませんよ。シトーのことは良いんですかい?」
「シトー君にはアンナ君がいるからな」
 ケファは珍しく剣呑な表情で問う。
「『始祖』もそれで良いのか?」
「ご自由に。これからはあなた達の時代よ。旧い者は去るのよ」
「シトーにとってあんたは母なんだぞ」
「だからこそよ。これから羽ばたく者達に旧い時代の因縁を負わせたくないの。エカチェリーナもそれを判っているから私達をそっとしてくれる」
「そうか。決意は固い様だな。なら良い。新しい時代を築いて良いのか?」
「冷戦は終わったわ。これから必要なのは新しい発想をする人達よ、あなたみたいにね」
「敵わんな。判った。後のことは俺達に任せてくれ。二人で最期の時を過ごすんだな」
「手続きはおおよそ終わっている。後は任せたよ。ケファ」
「おさらばです。議長、残りの人生を楽しんで下さい。お世話になりました」
「ああ、君もな。達者にやりたまえ。シトー君を頼んだ」
「そりゃ、大丈夫でしょうよ。アンナがいるんですから」
「あれから彼女は更に強くなったね。母になると違うものなのだろう」
「俺もうかうかしてらんねえや」
「励みたまえ」
「はい」
 そう言って去って行った。
 又、ある日、『アルファ』とペテロが一緒に来た。
 『アルファ』はずっと母の胸元に顔を沈めている。
 ペテロは冷静に礼を述べる。
「議長、ありがとうございます。議長のお陰で最悪の事態は回避されました。これで両文明を統合する道筋が見えてきました」
「結構だ。ご苦労様。ペテロ、シトー君を頼むよ」
「彼なら大丈夫です。立派に成長し続けています」
「そうか」
 あまり語ることなく二人は去って行った。おそらく、もう真実を察しているから来たのだろう。
 それからは他愛のない話をして過ごした。普通の生活だ。平穏な生活。やっと手に入れたものだ。
 そしてその時が来る。
「ねえ、クラック」
「何だ? 月詠」
「色々あったけど、良い人生だったわ」
「そうだな、良い人生だった」
「あなたと逢えて善かったわ」
「私も君がいなければ平凡な人生だったろうな」
 おもむろに『彼女』は自分の胸に収まる。自分は優しく抱きしめた。
「良い人生だった……本当に……あなたがいてくれて……みんながいてくれて……そして坊やが産まれて」
 その瞬間、『彼女』の力が抜けた。胸に収まったまま、抱きかかえてベッドに乗せる。
「お休み、月詠。私もすぐに行くよ」
 奇跡の条件が解けた今自分も死の淵に立った。
 月詠に添い寝する様に自分も横になる。
 長い人生だった。
 善い人生だった。全力で生き抜いてこれたことに感謝を。出会いに恵まれたことに感謝を。
あの少年を思い出す。月詠の子。若いとは良い。純粋でものごとを視ることが出来る。あの少年だけではなく、若い奇跡使い達も良い子に育ったものだ。
 そして、傍らにいる女性に向かって。
「私も……君と逢えて……善かった」
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