第8話 開戦前

文字数 1,854文字

「アイザック君、済まないね。君にはいささか重い任務を押し付けてしまって」
「いえ、ですが、これで宜しかったのですか? 軍部と政治部にこの様な報告を送るのは」
「なあに、彼らも計算はしているよ。シトー君抜きではこの戦争は乗り切れない自覚位あるものだ」
 にしても議長は後手後手に回るなんて珍しいな。機械文明のロシア方面からのホットラインで亡命を受け入れた時、軍部と政治部には既に根回しが済んでいたものの肝心のシトー・クオリアの有用性の報告書を自分に任せるとは。
 まあ、暗部の仕事だから仕方ないと言えば仕方ない。
 それに他の理由があるのは見当が付いていた。
「アイザック君、君の私見を軍部に報告して欲しい」
「軍部に属する私だから出来ることですね?」
「そういうことだ。軍部と政治部は奇跡使いのみの報告だけでは信頼し難い。だが、生粋の軍人である君の言葉は別だ」
 軍人として優秀な程信頼され易い。諜報員として現場第一線で働く自分は軍からの評価は良い。だからこそ自分がシトー・クオリアの有用性を説けば軍も重い腰を上げる。政治部も同じことが言える。
「チェルネンコ、君も同伴してあげなさい。『創造主の創造主』の言うことにも重みがある。軍部は君の発言を重視するだろう。現代の機械文明が『始祖』の封印のどれだけの力を注いでいるか伝えるだけでも違う筈だ」
「そうだな、クラック・クロームよ。どの道、私は軍部と政治部と接触しなければならない。却って好都合だ」
 軍部の本部は奇跡使いの本部からさほど離れていない。生体認証で通ってチェルネンコは受付を通して議事室に向かった。
「失礼いたします」
「よくぞ戻った、アイザック。報告書は読んだよ」
 国防長官は高齢ながら後継者を見つけられず未だその席に座っている。
 既にチェルネンコは同席しており話を済ましている様子だ。
「さて、聞いたところによるとシトー・クオリアは機械文明に愛着があるのだとか。本当かね?」
「真実です」
「ふむ、危険な兆候だ」
 耄碌しても眼光の鋭さは消えていない辺りがさすがというか。
「つまり、クラックは対立する文明の統合を考えていた訳か」
「長官、それには語弊があります。正しく言えば二つの文明を統合しても『始祖』には勝てないと議長は判断したのです」
「それでも、不足しているからシトー・クオリアを加えると?」
「はい」
「肝心のシトー・クオリアはどうかね?」
「彼自身気付いていない様子ですが、アンナ・カレーニアに関心があると思われます」
「なるほど、彼女を通して我々に一定の友好関係を築ける訳だ。だが、それだけでは足りん。彼を迎えるにはそれ相応の待遇が必要だ。国防長官の地位などな」
「それはどういう意味でしょうか?」
「アイザック。わしはもう高齢だ。しかも後継者がいないと来た。軍部に下らない派閥争いをさせておく訳にはいかない。その点、『運命の奇跡使い』が後継者なら奇跡使いも軍部も黙る。無論、政治部もな」
「しかし、国防長官は代々通常の人類が任命されてきた筈です」
「時代の節目だ。冷戦終結後に据える人材は有能な程良い」
「彼は軍事に関する経験がありません」
「その辺りはテンペストや君の補佐が必要になるだろうな」
「お言葉ですが、正気ですか?」
「冗談で開戦に臨まんよ。逆を言えば人類が統合されなければ『始祖』には勝てん」
 まさしく、背水の陣と言う訳か。『彼女』を打倒せねば明日はない。
「それに機械文明の艦隊は強大無比だ。味方に付けておくに越したことはない」
「同盟関係にある国々はいかがされるのでしょうか?」
「あくまでも我々の問題だ。我々が敗北すればその限りではないが。銀河諸国には干渉されない様にしておく」
 そこでチェルネンコが口を挟む。
「だが、問題はシトー・クオリアの成熟度だ。彼は奇跡使いとしての意志は未成熟だ。テンペストが上手く用意してくれれば良いが」
「チェルネンコ氏よ、我々は結局のところシトー・クオリアに賭けるしかないのだ。我々の出来ることは補佐だ。ゆめゆめ、それを忘れん様にな」
「判っている。が、どうしても勝算が浮かばんのだ」
「まあ、あなたは当時『始祖』を見ていたからそう思うのだろう。しかし、時代は変わった。議長の覚悟も半端なものではない」
 国防長官に目配せされた。軍を動かせと言う意味合いなのだろう。
「では、失礼します」
「アイザック、緊急時につき、君は大佐から中将に昇進だ。元帥にわしの指示を実行する様に伝えよ」
「かしこまりました」 
 いよいよ開戦か。そう思うと身が引き締まる思いだった。
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