第10話 目覚め

文字数 3,622文字

 ある日ケファがやってきた。焦燥とした表情で「議長、復帰は未だですかねえ」と厭味を言われた。
「済まんね。もう体調は大丈夫だ。グランドプロフェッサーとしての仕事を始める」
「議長、『始祖』の見舞いに行っています?」
「君は勘が鋭すぎるのが厄介だな。気付いていたのか? 私と『彼女』の関係を」
「確信はなかったですけどね。でも、何つーか違和感があったんですよ」
「違和感?」
「議長が『始祖』のことを師匠と呼んだ時、『始祖』の表情が変だった。誰も気づいてないかも知れないが、それが決定打でしたね。ああ、この二人何かあるなって」
「さすがは最高峰の奇跡使いだ。賞賛するよ」
「いや、俺の方こそ舐めてましたよ。議長の仕事があそこまで過酷とは思わなかった」
「まあ、その辺りは経験だな」
「ふう、これでシトーを大使に任命しなくて済みそうです」
「大使は君がやりたまえ。君なら十分素養がある」
「ええ……今年からですか」
「無論だ」
「仕事魔ですね、議長は」
「よくそう言われる。『彼女』の御機嫌取りに比べたら軍部と政治部、そして同盟国のやりとりなど楽なものだ」
「なるほど、『始祖』が気難しい性格なのはよく解りましたよ」
「さて、第一の仕事は両文明の統一だな」
「百年前に別れた文明を統合するのは並大抵じゃないですよ」
「君は君の親友を過小評価しているのかね」
「ああ、ペテロですね。あいつ何か『アルファ』と仲良いんですよね。気が合うつーか」
「それは彼らが目指している未来が一致しているからだろう。君は戦闘には向いているが、ペテロはシステム構築が向いている。マスター時代から判っていただろう?」
「まあ、そうですね。面倒なことはあいつらに任せるか」
 こういう適当振りが実に彼らしいと思う。
「分業と言うことだよ。波風が立ったら君が出れば良い」
「なるほど、参考になります。それはそうと『始祖』の見舞いは今後も?」
「ああ、続けるつもりだ。今更、謝ったところでどうにもならんが。予言の犠牲は回避出来たのだから良かった」
 それは正直な安堵だった。
 にしても『彼女』自身も予言を回避しようとしていた節があるのが気になる。結局、『彼女』の思惑とは何だったのか? 答えが出ない中、ケファが疑問を口にする。
「『始祖』は本当に俺達を殺す気があったんですかね? あれ程の力を持っていながら殺さないところを見ると何か思惑があったんじゃねって思いますね」
「『彼女』の心は読めた試しがないからなあ」
「じゃあ、どうやって結婚したんです?」
「まあ、成り行きだな」
「ほんとですかね? 議長がそう思っているだけで真相は違うんじゃないですか?」
「かも知れん」
 ぼやいたところで真相は判らないが。今度、エカチェリーナ辺りに話を持ち掛けるか。
「さて、ぼやいてもいられん。早速業務に取り掛からねば」
「そうですねえ。ああ、仕事したくねえ。でも、家族の為だ」
 君は未だ若いな、と思わず言いかける。次の瞬間、老いた自分が感じ取れたから黙ったが。
 青春とは良いものだな。力にみなぎっている。

 次の日から仕事を通常通り始めた。シトーはテンペストの補佐のお陰で何とかやれている様子だ。
 予想通りペテロは『アルファ』と両文明の統合に関して意見を交わしていた様子でこの分だと案外早く統合が完成しそうだ。
 ケファも立派に大使を務めてくれている。
 もう自分のやることが少なくなってきた。そう思うと一抹の侘しさがあった。
 そういう日は決まって『彼女』のところに行った。
 他愛のない話ばかりだ。だが、少しだが変化が見てとれる。シトーの話をすると唇が微かに動くのだ。つまり意識はあるのだろう。
 では、何がきっかけで目覚めないのか? それが解らない。
「はあ、鈍い」
 後ろで声がしたと思ったらエカチェリーナがいた。花瓶の花を取り換えに来た様子だ。
「何が鈍い?」
 平然と返す。
「あなたがよ、クラック。『彼女』は待っているのよ」
「何を?」
「はあー、ほんとに鈍い!」
 何だ? カリカリして不機嫌そうだ。
「そんなんでよくシトー・クオリアに機微がどうこう言えたわね」
「私もかつて君らに言われたな。お陰様で軍部と政治部なんぞ全く意に介さないまでになれたよ」
「はあ、月詠に同情するわ。旦那の仇でもね」
 彼女は溜め息を吐いて頭に手をやった。
「うん? 月詠がどうかしたのか?」
「親友同士の秘密があるって知っている?」
「う……」
 こう言われると訊きづらい。
「機微を学びなさい」
「学んだつもりだ」
 そうともあれから駆け引きを何度も経験している。
「じゃあ、月詠が今何を待っているか判る?」
「それは……」
 『彼女』は本当に何を待っているのだろう?
「ほら、判らないでしょう」
「うーむ、確かに月詠は何をすれば目覚めるのだろうか?」
「頭でっかちね。単純なこと程判らないのね。まあ、精々考えなさい。それとアンナ妊娠したって」
「結婚から未だ一か月経っていないのにか? シトー君もやるものだ」
 心なしか『彼女』の表情が険しくなった気がするが気のせいだろう。
「月詠ももうお祖母ちゃんね」
「とすると、私はお祖父さんに当たるのか?」
「さあ?」
 何故だろう。冷や汗が止まらない。背後から執念の様な何かを感じる。『彼女』、まさか怒っていないよな?
 心なしか険しい表情が一層険しくなっている気もする。
「悔しいわねー、月詠。よりによって親友の子孫に息子を取られるなんて想像してなかったでしょうに。でも、まあ、あなたも子離れしなさい。あなたにはやりたいことがあるんでしょう?」
「やりたいこと?」
「正確には確かめたいことよ」
 それは何だ、と問おうとしたら彼女の重圧に圧されて訊ねることが出来なかった。
 彼女が去った後、独り呟く。
「アレクセイ、君が生きていたら何と言ったろう?」
 亡き親友に尋ねても答えは帰って来ない。だた、こう言ってそうだ。
「だから機微を学べよ。良かったな。『彼女』が待っていてくれて」
 そう言われた気がした。

 それから程なくして双子の赤子が産まれたと聴いた。見舞いに行き、名を尋ねるとレイとルーシーと言う名前らしい。どちらも光を語源とする名前でシトー・クオリアなりに真剣に考えた結果だ。勤勉な若者になったものだ。
 『彼女』の眠る傍らでその話をしても微笑んでいる様には見えるのだが、一向に目覚める気配がない。
「君は何を待っているんだい? 月詠」
 尋ねても返事は返ってこない。
 『彼女』が死ぬまで死なない定めにある自分だが、老いは隠せない。
 限界が近いな。近頃、そう感じる洋になった。全盛期と比べると皮と骨の様な存在になったとすら錯覚する。要するに生命力が落ち続けているのだ。冷戦が終わり、緊張の糸が切れたのか体力にも少々の不安を感じる様になった。それまで溌剌として活動していたのに『彼女』と再会してからじっくり衰えていく様になった。
「無意識下で奇跡を行使し過ぎているのか……月詠に生きて貰う為に」
 もう終わりも近い。言い残しがない様にせねば。
「月詠。あの時は君に言わされた様なものだから今度は私の言葉ではっきり言うよ」
 『彼女』への別れの挨拶の様に。
「愛している」
「それよ、待っていたのは」
 唐突に声がして仰天した。月詠が目覚めていた。呆気に取られていると『彼女』は盛大に溜め息を吐いた。
「ほんっとうに鈍いわよね。クラック。その科白言うのに百年もかかる?」
「え……あ……」
「私が坊やを欲していたのは本当のことよ。でも幾十億の犠牲なんて出そうだなんて考えるかしら? あなた、何年私と一緒にいたのよ?」
「え、じゃあ、君のあの行為は……」
「予言の最悪の部分を回避する為に決まっているでしょう」
 更に溜め息を吐いて『彼女』は自分に投げかける。
「ねえ、クラック。あなたが私を好きになったのはいつ?」
「それは最初からだ」
「私もよ。私はね、最悪の場合、坊やを諦めてもあなたと一緒でいれば良いとも思っていたのよ。でも、あなたは全く素直じゃない。その言葉、百年前に聴きたかったわ」
「そうか……済まん」 
 機微が読めてなかったのは自分の方か。
「まあ、どの道、私は地獄行きの人間だから他の女性に乗りかえても良かったけれどね」
「それを言ったら、私は銀河系で散々暴れ回ったんだ。相手が軍人と言えど氷結地獄に落とされること間違いない」
「あら、じゃあ、一緒ね」
「ああ、そうだな」
 ここで初めて二人して笑った。一通り笑いが収まった後、『彼女』は呟く。
「不謹慎よねえ、多くの人達を殺したのに」
 寂しい笑顔だった。気まずくて話題を変える。
「ああ、そういえば、シトー君の子供達にも会わせないとな」
「ああ、私を殴ったあの子の子供でもあるわね」
「恨んでいるのか? 粘着質だな」
「いいえ、逆よ。褒めているのよ。『始祖』を殴った奇跡使いなら歴史にも載るでしょう?」
 彼女はあっけらかんとして笑っていた。
「君には敵わないな」
 つられて自分も笑ってしまった。
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