episode:6
文字数 7,782文字
ギルド『蒼い月』
この世界の四大大国のひとつ、東の国「ランスニュイア」の国家公認ギルド。
その戦力は1国と渡り合えるほどの戦力を持っていた。
ギルドマスター「アルテミス」の死後、ギルドは衰退し解散する。
拠点だった酒場宿には、最後のギルドメンバーの1人「オルファリス」が、
アルテミスの子「アテナ」と、戦災孤児で引き取った「パラス」の
2人の少女と一緒に慎ましく暮らしていた。
ある日、助けを求める不思議な声のもとへ、夜中部屋を抜け出し向かう少女たち。
その人物は光る羽根を生やした、大天使なる存在「ミカエル」であった。
ミカエルは捕らわれた場所から解放してくれた礼として、
パラスには「亡くなった両親へいつか逢わせる事」約束し、
アテナには「パラスの夢を叶える為のチカラ」を授けた。
そしてミカエルは二人へ忠告する。「この村を離れるように」と。
2人は忠告通り、急いで村を飛び出して山を登る。
振り返ると、彼女たちの育ったエンドラの村は業火に覆われて焼かれていた。
何もかもを失った2人。
衰弱したパラスを背負い、数日山を登るアテナ。
2人はその後、ランスニュイアの女軍兵「アストライア」に保護される。
そしてその者の使用人として働きながら学び、国の兵を目指すことになった。
生きてゆくために始まる新しい生活。
しかしアテナは自分の体の異変に不安を抱えたまま・・・誰にも話せないでいた。
~登場人物~
■アテナ=パルティナ
栗色くせっ毛の短い髪。栗色の瞳。男の子みたいな容姿をした少女。
事故死したギルド「蒼い月」のギルドマスター、アルテミスの一人娘。
活発で行動的だが、お馬鹿でお調子者。パラスが大好き。
■パラス=ルイアーナ
長くまっすぐ伸びた金色の髪。真っ白い肌。人形の様な可愛らしい容姿の少女。
戦災孤児となった後、ギルド「蒼い月」の幹部ゼファに拾われる。
時折我儘な面もあるが、人の話をよく聞く優等生。アテナが大好き。
■オルファリス=ルアイル
薄氷のような美しい容姿。青色の長髪。青色の瞳。難病を患った女性。
アテナとパラスと3人で、解散したギルド拠点の酒場宿に住んで暮らしていた。
元ギルド「蒼い月」の副マスター。
■ゼファー=ユイオン
汚らしい身なりの無精ひげを生やした中年男。
難病のオルファリスを気にかけ、酒場によく顔を出していた。
元ギルド「蒼い月」の幹部。
■ミカエル
超長身の謎の男。自分を大天使と名乗り、アテナと血の契約を交わす。
■アルテミス=パルティナ
束ねた栗色の髪。栗色の瞳。「群青の月姫」という異名を持つアテナの母。
かつて精鋭ぞろいのギルド「蒼い月」のギルドマスターだったが、
魔法詠唱実験で事故死する。(その後ギルドは衰退し解散。)
■アストライア=クェス
赤い短髪。赤い瞳。凛とした佇まいに華がある男勝りな女性。
ランスニュイア国の軍兵(大佐)。諜報活動が主な仕事。
アテナとの出会いに運命を感じ、生きる道を示す。
■アヤ=マキナーシブル
黒色の長髪。褐色肌。アストライアに使える使用人。
常に無表情で正面を見たまま目を合わせずに淡々と喋る長身の少女。
口調も表情も硬いが、利口で気づかいが出来る使用人として優秀な子。
■リゼット=リスタニア
2つ結びのオレンジ色の髪。八重歯がチャームポイントの可愛らしい少女。
使用人4人の中では最年少。年の割にはしっかり者で仲間想い。
使用人の先輩として、パラスに色々と教えることになる。
世界の東に位置する四大大国のひとつ、ランスニュイア国。
その城の小さな一角である此処に、
アストライアが前国王から、生活をする為に借り受けたエリアがあった。
このエリアには現在、アストライアとアテナを含む4人の使用人が生活している。
全てが豪華に装飾された1階には、城内へ続く廊下、浴室、
トイレと洗面所、食堂、調理場、居間と客室、そしてアストライアの仕事部屋がある。
そして2階への長い階段を上ると、使用人2人1部屋の小部屋、
アストライアの寝室、そして資料や物品で溢れる物置き部屋があった。
アテナが生活する小さな使用人部屋。
アヤという無表情で淡々と喋るルームメイトがいる。
2人は今それぞれ自分の机に着席し、午後のひと時を過ごしていた。
穏やかな風がカーテンをフワフワと揺らしている。
アテナは握った鉛筆をクルクルと回すと、
真っ白な原稿用紙を見つめ、虚ろな表情で深いため息をついた。
せっかくの和やかな空気も、一瞬で壊すアテナの気怠そうな吐息に、
無表情で静かに本を読んでいたアヤが声をかける。
アテナはわざとらしくチラチラとアヤを見る。
アヤは首をかしげ、本を閉じてアテナへ更に声をかけた。
しかし鉄壁の無表情でキョトンと見つめるアヤは強かった。
アテナはしぼんだようにドカっと椅子に腰を掛けると、
再び原稿用紙とにらめっこをはじめた。
アヤは静かに立ち上がって、アテナの傍へとやってきた。
「うん・・・。私こんなの書いたことないしさ、ていうか字も得意じゃないし・・・
ていうかアヤはどんな風に書いたのかなって・・・教えて貰おうかなって・・・
ていうか、もうなんて言うかむしろ代わりに書いてくんないかなって・・・。」
涙目で口を尖らせ、拗ね始めたアテナ。
やれやれと仕方なさそうに、アヤはアテナを甘やかしだした。
アテナはアヤの手を取り、涙目のまま気色悪い笑みを向けた。
その鼻水混じりのひどい笑顔に、アヤは内心"うわぁ・・・"ドン引きした。
1階、アストライアの仕事部屋前。
夕食を済ませた後、アストライアを訪ねてアテナが扉を叩いた。
部屋の中からアストライアの返事が聞こえた。
このやり取りは何度かは経験したけれど、やっぱり少し緊張をしてしまう。
アテナは室内へ入る。
沢山の書物、本だらけの室内。
机の上の積みあがった書類に囲まれたアストライアは、仕事をしている手を止めた。
見るに堪えない汚い字で書かれた反省文。
アストライアは真剣にそのアテナの文面を読んでいく。
読み終えるまで、アテナは指を弄りながら気まずそうに待っている。
アテナはようやく終えたとほっと胸をなでおろす。
するとアストライアはアテナの使用人生活の近況を聞きだした。
アストライアは机から立ち上がり、軍服のネクタイを緩めると、
片手ずつ白い手袋を噛んで脱ぎだした。
アテナはアストライアの話が大好きだった。
ワクワクする遠い国の話や、なにより母アルテミスの話を聞く事が出来るからだ。
アストライアは部屋の柱時計をチラリと確認した。
30分後、
アテナは2階のアストライアの部屋を訪ねた。
すると寝間着姿のアストライアがアテナを迎え入れる。
何度か清掃で訪れた事がある少し大きめの寝室。
部屋の半分はクローゼットとなっており、
諜報活動という仕事の関係上、大量の服やウィッグがギッシリと収納されている。
恐る恐る部屋に入り、腰掛ける場所に戸惑いながら
アテナは部屋にあるソファーに着席した。
アストライアは髪をブラシでときながら、アテナの緊張を解く。
アストライアはソファーの前のテーブルへ2本の飲料ボトルをコトリと並べると、
足をパタパタさせ、落ち着きないアテナの隣に腰を下ろした。
グラスをアテナに手渡し、ボトルを指さしてアストライアが話し出す。
アストライアはコルク栓をあけ、トクトクと飲み物を注いだ。
そしてアテナのグラスに、チンと重ね合わせて乾杯した。
そんなゼファの話から、二人の談笑は始まった。
しばらく話をして、1杯目を飲み終えたアストライアは、
思いついたように立ち上がり、自分のカバンを漁りだす。
アストライアは口に人差し指をあて、アテナへウィンクした。
ジャラリと手渡された数個の木の実を握って、アテナは沈黙する。
そんなアテナを見て、心配そうにアストライアは声をかけた。
それをきっかけに、村が火事になった日に起きたすべての出来事を話した。
アストライアは口元に手を当て、深く考え込んだ。
そして次第に、険しい顔つきになっていく。
アテナをそのままに、アストライアは少し焦る様子で部屋を出ていく。
暫くしていくつもの本や資料を持ち、寝室に戻って来た。
そしてホコリのかぶったその本を広げると、何かを探しながらページをめくりだした。
難しい話が苦手なアテナは、本を覗きながら話を聞くだけで精一杯だった。
不安な顔を浮かべるアテナにハっとするアストライア。
癖癖っ毛で跳ねたアテナの頭を、何度も撫でて落ち着かせようとする。
アストライアは笑みを交えながら優しくそう言い聞かせると、
アテナは返事を返して自室に戻っていった。
翌日、
朝からアストライアの指示通り、アテナは城の医療室へと1人でやってきた。
謎の焦げ跡がいくつもあるボロボロの扉を、不安いっぱいで叩く。
すると奥から大声で、忙しそうな男性の返事が聞こえてきた。
大声でアテナへ返事をした。
「ちょっと待ってくれますか!?
そろそろヤミダケが胞子を吐き出すので!勝手に座っててください!」
"そこ"と言われても薄暗い上、一体何処を指しているのかわからない。
目を凝らすと、辺りはどうやら色々なものが散乱している状態。
アテナは困惑しながら、とりあえず邪魔をしないように立って待っていた。
アテナは興味本位で首を伸ばし、気色悪い声がする辺りを覗きこむ。
しかし結局何をしているのか全然わからなかった。
暫くすると、机の奥からユラリと巨漢が立ち上がった。
男はノシノシと、散乱した床を気にせず窓へ向かう。
途中で机の角にドカっと足をぶつけると、更にバサバサと本が床を散らかした。
そして散らかった物を踏み跨ぎながら、遮光カーテンを開ける。
窓から射すまぶしい光にアテナは目を細めた。
その男性は白衣姿で筋肉がムキムキ。
いやらしいサングラスを装着し、キラリと光らせた。
そしてニヤ~っと不気味な微笑みを浮かべると、
右手に持つ試験管を掲げて見惚れている。
万能なお薬の一部になるんですよ!ウフフ///」
大して興味が無かったので、アテナは乾いた愛想笑いで返事を返した。
すると男は真顔になり、クルリとアテナに不審な顔を向けた。
ケガですか?病気?心の病なら無理ですよ?ボクの専門外ですので。」
「アストライア・・・!ああ!あの諜報の美しいお姉さま!///
いつかあの細いおみ足で、ボクを踏みつけて貰いたいものです!///」
はいはい!伺ってますよ!食欲がまったくないそうですね!」
アテナは一瞬背筋が凍りつく。
しかし早口でよく聞こえなかったせいか、半信半疑だった。
なのできっと聞き間違いだろうと考えることにした。
「まさか女性だったとは!///これはラッk・・・いやいや、
拒食症って事ですかね!?はたまた別の難病かもしれません!
これはとても心配です!僕の研究魂に火がついてしまいましたよ!///」
アテナがそう言うと、
先程までテンションMAXだったジンはピタリと止まる。
そしてサングラスを指でクイっと押し上げ、
アテナから顔をそらして咳払いをした。
ジンは無表情を装ってはいるが、口元がものすごい緩み切って笑っていた。
かしこくないアテナでもこの時点で気が付く。
アテナは気づかれないように、ゆっくりジリジリと身構えていった。
そして暫く沈黙が続く。
ジンは我慢の限界に達したのか、面倒になったのか、
もしくはその両方、突然声を荒げる。
もう全部脱いで!すべてを僕に見せて!さらけ出して!!!//」
大丈夫怖くないですよ!!!///ではボクに続いてぇぇ!脱ぎますよぉぉ!!」
ジンはハァハァとアテナへにじり寄り、白衣を脱いでネクタイを緩めた。
シャツから見え出すテカテカした筋肉圧倒され、後ずさりするアテナ。
ついに壁際までと追い込まれた―――――。
そんな大ピンチの瞬間、
ガシャン!というとてつもないガラスの破壊音がする。
どうやら何かがジンの頭に命中した様子で、
頭から血を垂らしながら、ゆっくり後ろを振り向いた。
すると背後には、片手にビーカーを持った白衣の女性が、ニッコリとほほ笑む。
もしかしてそれは…ビーカー、ですか?」
口に手を当てウッカリを装い、にこやかにフィートと呼ばれる女性は答えた。
そしてまるでコントのような2人の会話が続く。
えー…?まってください。ぼく血でてませんか?w」
でも良かったですねー。こ・こ・が・医務室で♪」
出血多量で気を失ったジンの巨体は、ズドンと音を立てて床に倒れた。
にこやかな顔とは裏腹に、恐ろしい行動をするフィート。
血だらけのジンの顔をヒールでグシャっと踏みつけ、アテナへと駆け寄り手を伸ばす。
白衣を着ている所を見ると、この人もどうやら医務員のようだった。
フィートは気絶したジンから胞子を取り上げ、大切そうにしまった。
そして散らかった床をおおまかに片付けると、
器具を準備してアテナの身体検査を始めたのだった。
後日に出たアテナの検査結果。
多くの検査を行ったが、結局異常は見られず"健康"いう結果に至った。
しかし食べ物を食べてもすべて吐いてしまう事から、
引き続き定期的な検査が必要となる。
食べなくても生きている身体。謎は解明されないまま…。
この事は使用人全員にも話され、アテナはその日から食事をとらない生活となった。