episode:3
文字数 7,526文字
ギルド『蒼い月』
この世界の四大大国のひとつ、東の国「ランスニュイア」の国家公認ギルド。
その戦力は1国と渡り合えるほどの戦力を持っていた。
ギルドマスター「アルテミス」の死後、ギルドは衰退し解散する。
拠点だった酒場宿には、最後のギルドメンバーの1人「オルファリス」が、
アルテミスの子「アテナ」と、戦災孤児で引き取った「パラス」の
2人の少女と一緒に慎ましく暮らしていた。
ある日、助けを求める不思議な声のもとへ、夜中部屋を抜け出し向かう少女たち。
その人物は光る羽根を生やした、大天使なる存在「ミカエル」であった。
ミカエルは捕らわれた場所から解放してくれた礼として、
パラスには「亡くなった両親へいつか逢わせる事」約束し、
アテナには「パラスの夢を叶える為のチカラ」を授けた。
そしてミカエルは二人へ忠告する。「この村を離れるように」と。
2人は忠告通り、急いで村を飛び出して山を登る。
振り返ると、彼女たちの育ったエンドラの村は業火に覆われて焼かれていた。
何もかもを失った2人。
衰弱したパラスを背負い、数日山を登るアテナ。
2人はその後、ランスニュイアの女軍兵「アストライア」に保護される。
~登場人物~
■アテナ=パルティナ
栗色くせっ毛の短い髪。栗色の瞳。男の子みたいな容姿をした少女。
事故死したギルド「蒼い月」のギルドマスター、アルテミスの一人娘。
活発で行動的だが、お馬鹿でお調子者。パラスが大好き。
■パラス=ルイアーナ
長くまっすぐ伸びた金色の髪。真っ白い肌。人形の様な可愛らしい容姿の少女。
戦災孤児となった後、ギルド「蒼い月」の幹部ゼファに拾われる。
時折我儘な面もあるが、人の話をよく聞く優等生。アテナが大好き。
■オルファリス=ルアイル
薄氷のような美しい容姿。青色の長髪。青色の瞳。難病を患った女性。
アテナとパラスと3人で、解散したギルド拠点の酒場宿に住んで暮らしていた。
元ギルド「蒼い月」の副マスター。
■ゼファー=ユイオン
汚らしい身なりの無精ひげを生やした中年男。
難病のオルファリスを気にかけ、酒場によく顔を出していた。
元ギルド「蒼い月」の幹部。
■ミカエル
超長身の謎の男。自分を大天使と名乗り、アテナと血の契約を交わす。
■アルテミス=パルティナ
束ねた栗色の髪。栗色の瞳。「群青の月姫」という異名を持つアテナの母。
かつて精鋭ぞろいのギルド「蒼い月」のギルドマスターだったが、
魔法詠唱実験で事故死する。(その後ギルドは衰退し解散。)
■アストライア=クェス
赤い短髪。赤い瞳。凛とした佇まいに華がある男勝りな女性。
ランスニュイア国の軍兵(大佐)。諜報活動が主な仕事。
アテナとの出会いに運命を感じ、生きる道を示す。
目を覚ますと気持ちの良いフカフカのベッドの上だった。
見慣れない高い天井の立派な装飾に、ほけーっと寝ぼけ眼で記憶を辿る。
そうだった。生まれ育った村は焼け落ちて、パラスを抱え山道を進んだ。
どうしようもなくなった時に確か・・・人に出会って・・・そうだ、女の人に助けられた。
アテナはむくりと起き上がると、豪華な部屋の内装にギョっと目を丸くする。
おそらく解熱用にのせたと思われる、額に張り付いたタオルがズルリと落ちてきた。
たじろぎながら部屋を見渡すと、寝すぎたせいか目の奥がとても痛かった。
するとその時、物音が鳴る。
誰かが部屋に入ってくるようだ。アテナはジっと部屋の扉へ目を向けた。
入ってきた人物と顔を見合わせる。
しばらく、見つめ合った二人はお互いに硬直したままだった。
浅黒い肌、肩まで伸びたつややかな黒い髪。
修道服の様な制服に身を包んだ、アテナと同じ歳くらいの少女。
何か言葉を発する訳でもなく、
ただ無表情のまま水桶を持ってアテナをジっと見つめている。
アテナはこの沈黙が耐えきれず、ついに無理に作り笑いをして言葉を発した。
彼女はまだ無表情のまま暫くアテナをジーっと見つめている。
しばらくするとその少女は、無言で水桶を持ったまま部屋をゆっくりと出て行った。
心内が全く読めないその行動に、アテナは汗を垂らして困惑する。
するとその十秒後・・・
今度は扉をノックする音が聞こえてきた。
アテナは目をパチパチさせながら扉をしばらく見つめていた。
またしばらくすると、再び部屋をノックする音が聞こえる。
扉から入ってきたのは、先程と同じ水桶を持った少女。
それまで人形のように表情を変えないままだったが、ようやく口を開いた。
少女は静かに扉を閉めると、アテナの居るベッドの脇にやってきた。
そして水桶をテーブルの上に置くと、目を合わさず真正面を向いたまま話し出す。
助けてくれたあの人か・・・。
アテナは次第に記憶が蘇ってきた。
しかし人形のように表情ひとつ変えず淡々と話すこの奇妙な少女。
どこかパラスにも似ているが・・・少し苦手なタイプだった。
そしてハっと大切な存在の行方を探し始めた。
少女は慌てた様子のアテナをチラリと見ると、
また真正面を向いて人形のように語りだした。
自分が3日も目を覚まさなかったことにアテナは驚いたが、
次に気がかりなのは、この淡々と話す少女の素性だった。
彼女の鉄壁な無表情が若干崩れて一瞬ハッとした表情を浮かべる。
それまでポーカーフェイスを気取っていたアヤもおもわず頬を染める。
そしてそっぽを向いてその顔を隠すと、「こちらこそ」と返事を返した。
アテナの額のタオルを交換するアヤ。
その後アストライアを呼びに、礼儀正しくアテナの居る部屋を出て行った。
暫くするとアストライアが部屋へやってきた。
相変わらず凛とした佇まいに、
アテナも少々たじろいで指を弄りながら応答する。
アストライアはアルテミスを語るたび、懐かしみながら次第に微笑んでいく。
その話をアテナは誇らしげに、胸をときめかせながら聞いていたのだった。
そんな昔話も尽きて、二人のぎこちない空気も打ち解けた頃、
アストライアは別の話をアテナへと切り出す。
今度はアストライアが面食らう。
アテナとパラス。ふたりの子供たちとの巡りあわせ。
アストライアは天を仰ぎ、苦笑して言葉を失った。
アテナは落ち込み、悲しい表情を浮かべる。
アストライアは落胆したアテナの両手を掴んで握りしめた。
アストライアの言葉に励まされ、
前向きにアテナもその言葉を今は信じることにした。
暫くして部屋に食事を乗せた台車を運びこむアヤ。
いずれも少量ずつだが、食パンと牛乳、
温かいスープをアテナの目の前へ準備して去っていった。
その時アテナは妙な違和感を感じた。
村を飛び出して以来、食事をしていない自分に。あれから何日が経ったのだろう?
おなかに手をあて考え込み、用意された食事を見つめた。
"食べる"というよりも、口に詰め込み、胃へ流し込む感覚。
味覚はあるものの、それを決して美味しいとアテナは感じなかった。
一体自分の体はどうなってしまったのだろう?
食事をとりながら、そんな不安がジワリとこみ上げて来るのだった。
アテナへ浴場の場所を簡単に説明すると、アストライアは部屋を去っていった。
なんとか食べ物を全て口に詰め込んだアテナ。
ベッドから出て体の各箇所を動かし、具合を確認する。
アテナは自室の扉を開け、まずは顔だけ外に出して
豪華な広い廊下をキョロキョロと左右確認する。
そして廊下へ出て、パラスの居ると思われる隣の部屋の扉を静かに開けた。
中は薄暗く、ベッドを月明かりが窓から差し込み照らしていた。
そのベッドの上で、パラスは安らかにスウスウと寝息を立てて寝ている。
アテナは優しい笑顔を浮かべてパラスの前髪をサラっとかき分け頬を撫でると、
起こさない様に静かにその部屋を後にした。
アストライアの言う通り、アヤの用意した着替えをもって浴場へとやってきたアテナ。
見たこともない広い石造りの大浴室の中は、湯気が立ち込めている。
脱衣所から浴室へ入った瞬間、目の前の内観を見て目を丸くしたまま硬直していた。
何から何までいちいち豪華な造り。
挙動不審な動きでキョロキョロとアテナは浴槽の淵へとやってきた。
腰を下ろし湯の中へそろりと足を入れると、その温度に悲鳴をあげる。
自分の知る「日常」とはかけ離れた奇想天外な出来事ばかり。
今度はお湯の温度が熱すぎてアテナはもうわけがわからない。
立ち上がってオロオロと困惑していると、
丁度アストライアも湯を浴びに浴場へやってきた。
アストライアはアテナへそう言葉を投げかけると、
木椅子へ腰を下ろし、その細い体を洗いだした。
アテナは熱い湯舟を見つめ、ゴクリとつばを飲み込む。
そして再び腰を下ろし、湯の中に足を入れた。
そのアテナの叫び声に、アストライアは洗髪中に驚いて体をビクつかせた。
泡のせいで目は瞑ったまま、
手を止めてドキドキしながらゆっくりとアテナの方を振り向く。
アテナはしばらく足だけを入れ、ジーンとくる熱さに耐えていた。
そういえばオルファリスともよく、お風呂一緒に入ったっけ。
そうぼんやりと考えながら、チャプチャプと湯の中で揺れる足を見つめているアテナ。
その寂しそうな小さな背中へ、体を洗い終えたアストライアが近づき言葉をかけた。
精神的に疲れた様子のアテナの頭を、アストライアは優しく何度も撫でる。
アテナはアストライアを見上げ、歯をギュっと噛みしめながら瞳をうるませた。
その泣き顔を見たアストライアは、アテナの頭をクシャクシャと荒く撫でて一喝する。
アストライアの脳裏に残るアルテミスとの記憶。
そのアテナへの言葉は過去、幼い頃にアルテミスより自身が言われた言葉でもあった。
『アス。どうしても泣きたいときは
1人で泣きなさい?決して誰にも見せるんじゃないよ。』
『わかりました、アルテミス・・・。』
自分が愛し尊敬した人の子へ今、
同じ教えを言えた事にアストライアは運命を感じた。
もっと沢山、私が教えてもらったこの子の母の言葉を伝えてあげたい。
そう心に思うのであった。
アテナは瞳を腕でゴシゴシと拭い、
もう大丈夫!という強がった顔をアストライアへ見せる。
アストライアはフっと優しい笑顔を見せた。
そして・・・
アストライアの平手打ちがアテナの背中へヒットする。
当然アテナは勢いよく湯の中へ落ちた。
アテナは飛び上がり、慌てて湯の外へ飛び出した。
その光景を見てクスっと笑い、アストライアは腰を落とし湯舟の中へ入っていく。
ジンジンとする真っ赤になった身体を冷ましながら、
アテナは平然と湯に浸かるアストライアを見て目を丸くした。
その言葉にカチンときたアテナ。
負けてられるかと見事にアストライアの挑発に乗り、湯舟にソロソロと浸かりだす。
アテナとパラスがアストライアのもとへ来て、一週間が過ぎようとしていた。
パラスの体調も良好になり、この日アストライアに呼び出される。
アヤに連れられ、アストライアの仕事部屋前へとやってきた二人。
相変わらず無表情のアヤが扉をノックすると、中からアストライアの声が聞こえた。
アヤは部屋へ入り、そう言って頭を下げると二人を残し去っていった。
アストライアは資料だらけの机に座り、書類を書き上げている。
アストライアの仕事部屋は、
アテナ達の宿泊した豪華な客室と比べると質素な造りをしていた。
キョロキョロと部屋を見渡しながら、緊張してアストライアを待つ二人。
部屋の中は難しそうな本がびっちりと並んでいる。
暫くして書類を書き終えたアストライアが話を切り出した。
話が難しすぎて状況が飲み込めないアテナ。
一方頭のいいパラスは、アストライアの話をすぐ理解して答えた。
「まあ入隊の件は、その時が来たら二人が好きに決めたらいい。
とりあえず今後、使用人として働いてみる気があるのなら、
食事もあるし住む場所もある。
給与も…私から小遣い程度には出そう。どうだ二人とも?」
自分の知らない母の記憶を持つアストライア。
そして優しくて厳しい強い女性であるこの人に、アテナは惹かれていた。
願ってもないこの話に応じたいアテナだったが・・・。
アテナはパラスに視線を送り、答えを待つ。
こうしてアテナとパラスはアストライアに仕えながら将来、
ランスニュイア国兵の入隊を目指して過ごしていく事となったのだった。