episode:9
文字数 6,923文字
ギルド『蒼い月』
この世界の四大大国のひとつ、東の国「ランスニュイア」の国家公認ギルド。
その戦力は1国と渡り合えるほどの戦力を持っていた。
ギルドマスター「アルテミス」の死後、ギルドは衰退し解散する。
拠点だった酒場宿には、最後のギルドメンバーの1人「オルファリス」が、
アルテミスの子「アテナ」と、戦災孤児で引き取った「パラス」の
2人の少女と一緒に慎ましく暮らしていた。
ある日、助けを求める不思議な声のもとへ、夜中部屋を抜け出し向かう少女たち。
その人物は光る羽根を生やした、大天使なる存在「ミカエル」であった。
ミカエルは捕らわれた場所から解放してくれた礼として、
パラスには「亡くなった両親へいつか逢わせる事」約束し、
アテナには「パラスの夢を叶える為のチカラ」を授けた。
"血の契約"
そしてミカエルは二人へ忠告する。「この村を離れるように」と。
2人は忠告通り、急いで村を飛び出して山を登る。
振り返ると、彼女たちの育ったエンドラの村は業火に覆われて焼かれていた。
何もかもを失った2人。
衰弱したパラスを背負い、数日山を登るアテナ。
2人はその後、ランスニュイアの女軍兵「アストライア」に保護される。
そしてその者の使用人として働きながら学び、国の兵を目指すことになった。
生きてゆくために始まる新しい生活。
しかしアテナはミカエルとの血の契約後から、食欲がまったくわかなくなる。
食べなくても平気な奇妙な身体。
アテナは自分の体の異変や、ミカエルとの出来事を全て、
アストライアへと打ち明けた。
アストライアはその聴取を元に、エンドラの業火事件を更に調べ直すのだった。
~登場人物~
■アテナ=パルティナ
栗色くせっ毛の短い髪。栗色の瞳。男の子みたいな容姿をした少女。
事故死したギルド「蒼い月」のギルドマスター、アルテミスの一人娘。
活発で行動的だが、お馬鹿でお調子者。パラスが大好き。
■パラス=ルイアーナ
長くまっすぐ伸びた金色の髪。真っ白い肌。人形の様な可愛らしい容姿の少女。
戦災孤児となった後、ギルド「蒼い月」の幹部ゼファに拾われる。
時折我儘な面もあるが、人の話をよく聞く優等生。アテナが大好き。
■オルファリス=ルアイル
薄氷のような美しい容姿。青色の長髪。青色の瞳。難病を患った女性。
アテナとパラスと3人で、解散したギルド拠点の酒場宿に住んで暮らしていた。
元ギルド「蒼い月」の副マスター。
■ゼファー=ユイオン
汚らしい身なりの無精ひげを生やした中年男。
難病のオルファリスを気にかけ、酒場によく顔を出していた。
元ギルド「蒼い月」の幹部。
■ミカエル
超長身の謎の男。自分を大天使と名乗り、アテナと血の契約を交わす。
■アルテミス=パルティナ
束ねた栗色の髪。栗色の瞳。「群青の月姫」という異名を持つアテナの母。
かつて精鋭ぞろいのギルド「蒼い月」のギルドマスターだったが、
魔法詠唱実験で事故死する。(その後ギルドは衰退し解散。)
■アストライア=クェス
赤い短髪。赤い瞳。凛とした佇まいに華がある男勝りな女性。
ランスニュイア国の軍兵(大佐)。諜報活動が主な仕事。
アテナとの出会いに運命を感じ、生きる道を示す。
■アヤ=マキナーシブル
黒色の長髪。褐色肌。アストライアに使える使用人。
常に無表情で正面を見たまま目を合わせずに淡々と喋る長身の少女。
口調も表情も硬いが、利口で気づかいが出来る使用人として優秀な子。
■リゼット=リスタニア
2つ結びのオレンジ色の髪。八重歯がチャームポイントの可愛らしい少女。
使用人4人の中では最年少。年の割にはしっかり者で仲間想い。
使用人の先輩として、パラスに色々と教えることになる。
~この世界に存在する4つの大国~
●北の国「ロードレー」
大陸一の軍事大国。
世界の屈強な戦士達が、1度はこの国の兵士を夢見て目指す。
絶対的身分階級制度があり、軍はもちろん、
町民にも収める税の多さによって、いくつかの身分が存在する。
その制度に逆らう者は容赦のない処罰を受け、
見せしめに街中で処刑される事も珍しくなかった。
また奴隷制度もあり、
主に身寄り無い孤児達が、最下級身分として物のように売買されている。
そんな13代目ロードレー国王が統治する厳しい階級制度だったが、
それ以外の法律は穴だらけで、その緩い法を好んで住む人々も多かった。
さらには"大国最強"という傘の元に集まる人も少なくは無い。
人口も、軍事力も、大陸一である。
●南の国「セルクシエ」
魔導士として代々、才受け継ぐ一族達が多く住む魔法大国。
その一族は古くより国兵として仕え、様々な魔法で国を守り、豊かにしてきた。
魔法の素晴らしさに魅入られた多くの世界の若者は、
この国で猛勉強をし、国公認の魔導士を目指す。
しかし魔法の才能に恵まれない者は、国を後にする他ない厳しい現実も待っていた。
セルクシエは過去、ロードレーと戦争をおこして大きな損害を受けたが、
ランスニュイア国仲介の元、なんとか協定を結び停戦。
しかし今も一触即発の状態は続いている。
●東の国「ランスニュイア」
現在アテナ達が住まう国。
科学研究、工業機器等の様々な開発・生産に長けた技術大国。
元々はセルクシエの才無き流れ者と、
ロードレーの厳しい階級制度に反対する人々で集まった山の上の小さな村であった。
その後自分達の技術をどんどんと発展させ、
急速に大国にまで成り上がった、歴史が浅い国である。
まだ小規模な国だった頃、そんな素晴らしい技術を狙うのはロードレーだった。
しかしギルド"蒼い月"の存在で手出し出来ず、
ランスニュイアが大国に発展するまで時は流れてしまう。
そんなランスニュア国王は代々、
更なる平和と、住まう民を第一に考え、
技術開発への投資で国を発展させ豊かにしてきた。
●西の国「イースルー」
国交をすべて断っている孤立した宗教国家。
通貨すらなく、生活する信者は自然と調和した原始的生活を送っている。
人口は少数だが大陸最古の国であり、灼熱の砂漠の中に存在する。
資源も少なく、そこに住まう信者の暮らしは決して豊かとはいえない。
古より伝わる神伝書や禁断魔法書など、
沢山の書を教えとして、神を崇め暮らす謎多き国である。
ランスニュイアの城下町。
此処は毎日ものすごい数の人で賑わう露店通り。
アテナとパラスが使用人として、
1人でも仕事をこなせるまで覚え慣れてきた頃。
この日は2人一緒にと、特別に与えられた休日だった。
アテナは大はしゃぎでパラスの手を引き、
目を輝かせながら小走りに店を見回る。
2人は毎度食材を買っているアーテルの露店へとやってきた。
いつものように手をパン!と叩いて、アーテルは2人を出迎える。
嬉しそうに再びはしゃぎだすアテナ。
ふと露店に並べられた、キラキラと輝く石に目が留まる。そんな2人のやり取りを見ていたアーテルは、
なにやら裏からごそごそと皮の紐を取り出す。
そしてアテナが手にした石をひょいと取り上げると、
その石の加工してあった穴に紐を通して首飾りを作った。
クシャリとアテナに微笑むアーテル。
アテナはニコニコと嬉しそうに首飾りを見つめた。
その脇でパラスはアーテルに、申し訳なさそうに深々と何度も頭を下げる。
アーテルは小さい木の椅子を2つ用意する。
2人はそこに座り、アテナは買ったリンゴを短剣で器用にむき始めた。
アーテルは店番をしながら二人に話しかける。
パラスは皿の上にのせてアーテルにも差し出した。
アーテルはりんごをシャクシャクと食べながら、その事件を語りだす。
笑顔でヒラヒラと、アーテルも手を振り返した。
色々な露店や店を見回って楽しむアテナとパラス。
お昼も過ぎた頃、川沿いの道にあったベンチに2人は腰を掛けた。
楽しい時間ではあったものの…。
アレコレ品物を欲しがるアテナに、パラスは逐一買わないよう言い聞かせていた。
結局何も買えず、アテナは不満気に頬を膨らませ拗ねている。
実は今日の外出前。
アテナが無駄な買い物をしないよう、
アストライアから目を配るよう言い聞かされていたパラス。
やれやれとゲッソリした顔つきでうつむく。
するとアテナは、
アーテルからもらった石の首飾りをパラスの首にふわりとつけた。
その時パラスはハっとする。
今日たくさん物を欲しがったアテナを思い返していた。
普段から自分の身なりにまったく関心のないアテナが、
服や靴、宝石等を欲しがる訳がない。
そう言ったアテナの切ない顔を見て、
パラスは胸が締め付けられるような思いだった。
瞳を潤ませて、耐えきれずにアテナをギュっと抱きしめる。
サラリと風が吹く中、ベンチの上で手をつなぐ2人。
最悪だったあの日々が嘘のように、幸せな今を噛みしめていた。
キラキラと光る川の水面を和やかに眺めながら、アテナが話し出す。
今日という楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。
日が暮れてきた頃、そろそろ門限が迫っていた。
ランスニュイアの街並みは、
酒場やバー等の看板に明かりが灯ると、夜の雰囲気へと変わっていく。
2人は急いで城へ戻ろうと、街の入り組んだ細道へと進んだ。
辺りの工場はすでに仕事を終えて、人通り無く街灯だけが寂しく道を照らしている。
やがて城下町の出口が見え、城まで続く平原と出た。
見晴らしのいい道の先に、城の明かりが灯っている。
後ろ付いてきたはずのパラスの姿が無かった。
辺りを見渡してパラスを呼ぶが、その姿はどこにも見当たらなかった。
アテナの脳裏にアーテルの言っていた事件の話がよぎる。
そんな膨らむ不安を抱え、今まで来た道を戻って走り出した。
アテナは走りながら、パラスの名を呼び続ける。
すると前方に、フードコートを被る人影を見つけた。
アテナは息を切らして徐々に足を止める。
薄暗い夜道では、はっきりと姿は確認出来なかった。
アテナがおもわずそう呼びかけると、
その人物はヒタヒタと歩いていた素足を止めた。
アテナは不思議な感覚に包まれる。
どこか懐かしいような、何とも言えない気持ち。
暫くしてその人物は、アテナへゆっくり顔を向ける。
フードで顔は見えなかったが、人形の様な真っ白い首筋がチラリと見えた。
手には何か大きな荷物を抱きかかえている。
アテナの心臓が何故か痛いほどバクバクと鳴りだす。
やがて空からポツポツと小雨が降りだすと、瞬きをして我に返った。
そして人違いという事に気が付く。
アテナは再びパラスを探しに走り出す。
そしてその人物を追い抜こうと近づいた時、ブツブツと何かを語りかけられた。
アテナは足を止め、追い抜いたその人物の方をクルリと振り向いた。
「普段ナラ、逃ゲ去ル所なのデス。
幻を見たノカナ?トカ、思うグライの速さデ。」
いつの間にか雨は激しくなっていく。
人物は荷物を抱えたまま、アテナへとゆっくり近寄っていった。
そしてかぶったフードをまくり、アテナの顔を覗き込むように顔を近づけた。
雷に照らされた白髪を揺らす死人の様な青年は、
アテナの瞳をじっと見つめる。
もちろんアテナはこの青年と面識は無かった。
しかし青年の発した"ミカエル"という言葉に、
アテナは目を見開いて激しく動揺する。
やがて青年の抱える荷物が激しい雨に濡れていくと、
覆われた布の奥で、何かが光っていることにアテナは気が付いた。
青年は瞬時に跳躍して距離をとった。
覆われた布をめくると、
そこには、意識の無いパラスの姿があった。
アテナはその身を抱きかかえ、必死で名前を呼んで揺さぶり起こす。
青年はカクンと首を傾げ、不思議そうにアテナの行動を観察している。
やがてアテナの呼び声に、パラスが意識を取り戻した。
そして立ち上がり、青年を睨み付けた。
首を傾げたまま、アテナ達を観察し続ける青年。
ブツブツとつぶやき、考え事をしている。
そう言葉を発すると、突然青年はアテナに襲い掛かかる。
アテナは瞬時にパラスを後ろに突き飛ばすと、
短剣を抜いて迫る青年の足を切りつけようとした。
しかし青年は高く跳躍してその刃をかわす。
そしてアテナの頭部を片手で掴み、着地と同時に全体重を乗せて地面へ叩きつけた。
鈍い嫌な音が雨の中に響く。一瞬の出来事だった。
しばらくして、状況を理解しだしたパラスが叫び声をあげる。
青年は倒れたアテナの頭部を掴み、持ち上げる。
そして生死を確かめるように、体をブラブラと揺すった。
しばらくして動かないアテナを地面へ放り投げると、
素足をヒタヒタと鳴らしてパラスの元へ近づいていった。
がその時、近づこうとした青年の足に何かがひっかかる。
足元を見ると、虫の息で倒れるアテナがその足首を掴んでいた。
青年は掴まれている反対の足を振り上げ、
力いっぱいアテナの頭部を何度も、何度も踏みつける。
やがてアテナが掴んだ手は、スルリと地面へ落ちていった。
雨降る中、横たわるアテナを見下ろす青年。
足でその身を仰向けにすると、道に落ちたアテナの短剣を拾い上げ、
胴体目掛けてその刃を振り下ろした。