episode:8
文字数 7,395文字
ギルド『蒼い月』
この世界の四大大国のひとつ、東の国「ランスニュイア」の国家公認ギルド。
その戦力は1国と渡り合えるほどの戦力を持っていた。
ギルドマスター「アルテミス」の死後、ギルドは衰退し解散する。
拠点だった酒場宿には、最後のギルドメンバーの1人「オルファリス」が、
アルテミスの子「アテナ」と、戦災孤児で引き取った「パラス」の
2人の少女と一緒に慎ましく暮らしていた。
ある日、助けを求める不思議な声のもとへ、夜中部屋を抜け出し向かう少女たち。
その人物は光る羽根を生やした、大天使なる存在「ミカエル」であった。
ミカエルは捕らわれた場所から解放してくれた礼として、
パラスには「亡くなった両親へいつか逢わせる事」約束し、
アテナには「パラスの夢を叶える為のチカラ」を授けた。
"血の契約"
そしてミカエルは二人へ忠告する。「この村を離れるように」と。
2人は忠告通り、急いで村を飛び出して山を登る。
振り返ると、彼女たちの育ったエンドラの村は業火に覆われて焼かれていた。
何もかもを失った2人。
衰弱したパラスを背負い、数日山を登るアテナ。
2人はその後、ランスニュイアの女軍兵「アストライア」に保護される。
そしてその者の使用人として働きながら学び、国の兵を目指すことになった。
生きてゆくために始まる新しい生活。
しかしアテナはミカエルとの血の契約後から、食欲がまったくわかなくなる。
食べなくても平気な奇妙な身体。
アテナは自分の体の異変や、ミカエルとの出来事を全て、
アストライアへと打ち明けた。
アストライアはその聴取を元に、エンドラの業火事件を更に調べ直すのだった。
~登場人物~
■アテナ=パルティナ
栗色くせっ毛の短い髪。栗色の瞳。男の子みたいな容姿をした少女。
事故死したギルド「蒼い月」のギルドマスター、アルテミスの一人娘。
活発で行動的だが、お馬鹿でお調子者。パラスが大好き。
■パラス=ルイアーナ
長くまっすぐ伸びた金色の髪。真っ白い肌。人形の様な可愛らしい容姿の少女。
戦災孤児となった後、ギルド「蒼い月」の幹部ゼファに拾われる。
時折我儘な面もあるが、人の話をよく聞く優等生。アテナが大好き。
■オルファリス=ルアイル
薄氷のような美しい容姿。青色の長髪。青色の瞳。難病を患った女性。
アテナとパラスと3人で、解散したギルド拠点の酒場宿に住んで暮らしていた。
元ギルド「蒼い月」の副マスター。
■ゼファー=ユイオン
汚らしい身なりの無精ひげを生やした中年男。
難病のオルファリスを気にかけ、酒場によく顔を出していた。
元ギルド「蒼い月」の幹部。
■ミカエル
超長身の謎の男。自分を大天使と名乗り、アテナと血の契約を交わす。
■アルテミス=パルティナ
束ねた栗色の髪。栗色の瞳。「群青の月姫」という異名を持つアテナの母。
かつて精鋭ぞろいのギルド「蒼い月」のギルドマスターだったが、
魔法詠唱実験で事故死する。(その後ギルドは衰退し解散。)
■アストライア=クェス
赤い短髪。赤い瞳。凛とした佇まいに華がある男勝りな女性。
ランスニュイア国の軍兵(大佐)。諜報活動が主な仕事。
アテナとの出会いに運命を感じ、生きる道を示す。
■アヤ=マキナーシブル
黒色の長髪。褐色肌。アストライアに使える使用人。
常に無表情で正面を見たまま目を合わせずに淡々と喋る長身の少女。
口調も表情も硬いが、利口で気づかいが出来る使用人として優秀な子。
■リゼット=リスタニア
2つ結びのオレンジ色の髪。八重歯がチャームポイントの可愛らしい少女。
使用人4人の中では最年少。年の割にはしっかり者で仲間想い。
使用人の先輩として、パラスに色々と教えることになる。
~この世界に存在する4つの大国~
●北の国「ロードレー」
大陸一の軍事大国。
世界の屈強な戦士達が、1度はこの国の兵士を夢見て目指す。
絶対的身分階級制度があり、軍はもちろん、
町民にも収める税の多さによって、いくつかの身分が存在する。
その制度に逆らう者は容赦のない処罰を受け、
見せしめに街中で処刑される事も珍しくなかった。
また奴隷制度もあり、
主に身寄り無い孤児達が、最下級身分として物のように売買されている。
そんな13代目ロードレー国王が統治する厳しい階級制度だったが、
それ以外の法律は穴だらけで、その緩い法を好んで住む人々も多かった。
さらには"大国最強"という傘の元に集まる人も少なくは無い。
人口も、軍事力も、大陸一である。
●南の国「セルクシエ」
魔導士として代々、才受け継ぐ一族達が多く住む魔法大国。
その一族は古くより国兵として仕え、様々な魔法で国を守り、豊かにしてきた。
魔法の素晴らしさに魅入られた多くの世界の若者は、
この国で猛勉強をし、国公認の魔導士を目指す。
しかし魔法の才能に恵まれない者は、国を後にする他ない厳しい現実も待っていた。
セルクシエは過去、ロードレーと戦争をおこして大きな損害を受けたが、
ランスニュイア国仲介の元、なんとか協定を結び停戦。
しかし今も一触即発の状態は続いている。
●東の国「ランスニュイア」
現在アテナ達が住まう国。
科学研究、工業機器等の様々な開発・生産に長けた技術大国。
元々はセルクシエの才無き流れ者と、
ロードレーの厳しい階級制度に反対する人々で集まった山の上の小さな村であった。
その後自分達の技術をどんどんと発展させ、
急速に大国にまで成り上がった、歴史が浅い国である。
まだ小規模な国だった頃、そんな素晴らしい技術を狙うのはロードレーだった。
しかしギルド"蒼い月"の存在で手出し出来ず、
ランスニュイアが大国に発展するまで時は流れてしまう。
そんなランスニュア国王は代々、
更なる平和と、住まう民を第一に考え、
技術開発への投資で国を発展させ豊かにしてきた。
●西の国「イースルー」
国交をすべて断っている孤立した宗教国家。
通貨すらなく、生活する信者は自然と調和した原始的生活を送っている。
人口は少数だが大陸最古の国であり、灼熱の砂漠の中に存在する。
資源も少なく、そこに住まう信者の暮らしは決して豊かとはいえない。
古より伝わる神伝書や禁断魔法書など、
沢山の書を教えとして、神を崇め暮らす謎多き国である。
此処はランスニュイア城の国王謁見の間。
アストライアが大怪我を負ってから、数日の時が流れた日の事。
国の幹部や見張りの衛兵達が大勢立ち並ぶ中で、
立派な口ひげを蓄えた物々しい男が野太い声を上げた。
「これから国王との謁見が行われる!!!全力で警護にあたれ!」
男は声を荒げて直立する衛兵たちにそう覇気を入れる。
すると兵たちも全員、声を揃えそう返事を返した。
彼はランスニュイア国軍、総指揮権限を持つ中将。名はグリシス。
国外では百戦錬磨の豪傑で知られる軍のトップ、国のNo.2である。
暫くしてそんな緊迫した空気を壊すかのように、
長髪をかきわけながら軽装のメガネ男がそそくさとやってきた。
毎度士気を乱しておるのだぞ?なんとかならんのか?」
ごまかすように笑った。
彼はランスニュイア国王の補佐長を務める者。名はアルベルア。
これまで数々の国難を国王へ助言し、救ってきた大参謀である。
先代国王より厚く信頼されて補佐官となった彼は現在、
現国王に代わる際に国のNo.3となる補佐長となった。
その上官2人の楽しそうなやり取りに、
兵士たちの強張った顔つきも穏やかになっていく。
更にそこへ負傷した腕を包帯で釣ったアストライアがやってきた。
アルベルアは近づくアストライアの様子を心配そうに見つめ、声をかける。
しばらく皆、私語を慎みながら王の登場を待つ。
やがて1人の衛兵が声をあげた。
「ランスニュイア王、参られます!」
その声を皮切りに、全員は王座に向けて片膝をつき頭を下げた。
王はゆっくりと歩き、玉座に着席して全員を見渡しながら声を発した。
王の許可で全員が立ち上がる。
そしてランスニュイア王は、アルベルアへ発言する権限を与えた。
わたくしめが国外の情勢からご報告させて頂きます。」
定期的に行われる国王との謁見行事が終わると、
グリシス、アルベルア、アストライアの3人は決まって居残り、
お互いの情報交換や、意見交換をするのが恒例となっていた。
アストライアはエンドラの村調査中に起こった出来事を2人へと話した。
するとアルベルアはその話を深く考えながら、口を開く。
「なんだアス。少し大きいとはいえ、虫ごときに不覚をとったのか!?
修行が足りぬぞ!俺の部隊で鍛えなおしてやろうか!?はっはっは!」
アストライアはアテナから聴取した「ミカエル」との出来事を2人へ話した。
アルベルアは長い髪をかき分け、天井を見つめて再び考え込んだ。そして話し出す。
「その昔、神の使いが苦しむ人々に己の肉や血を与え、
死や災いから救った、という伝説をイースルーの書物で読んだことがあります。
もしその子の話が本当ならば、何か関係しているかもしれませんね。」
そんな子供の言葉を信用するのか?お前らは。」
それほどに強いのならば、手合わせ願いたいものだ。今度呼んで来い。」
やや呆れ顔のアストライアがため息をこぼすと、
その2人の話にアルベルアが割って入った。
「一旦落ち着きましょう。奇妙な出来事が続いているのは事実であり、
それは全てこのランスニュイアの国内で起こっています。
念のため解明するに越したことはないでしょう。」
グリシスは口をへの字に曲げ、そっぽを向いた。
やれやれと続けてアルベルアが話し出す。
「国外の情勢はグリシスとわたしで目を配っています。
アスは引き続き傷を癒して、あなたが気になる事を調べてください。」
へそを曲げたグリシスがアルベルアへ不満を爆発させた。
「いえいえ、いままで彼女が独断行動であげた功績は多く、
その中には国を救った事が沢山あります。これでいいんです。」
「しかし言うなればグリシス、
あなたが他国の脅威からこの国を守っているからこそ、
彼女も自由に活動できているのです。
本来ならこれはグリシスの功績といっても過言ではありません。」
グリシスは咳払いをして口を開いた。
まあ、俺は手柄を横取りするようなゲスではない。」
あなたの元部下であるアストライアを、今は信じましょう。」
泣き虫だったのが、本当によく頑張ってる。」
その日の昼下がり。
昼食を済ませた使用人全員は、
アストライアからの指示で城内の訓練広場のひとつに集合する。
広さも無いこの場所は、他の使いやすい訓練広場とは違い、
まったく使われることが無い状態で草も生えかけていた。
なにが始まるのか知らされていないアテナ達は、
言われるがまま横並びしている。やがて全員に向けてアストライアが話し出した。
リゼットとパラスは戸惑いの表情を浮かべ。アヤはあいかわらず無表情。
アテナだけがワクワクと顔が緩み、嬉しそうにしていた。
リゼットとパラスは其々教えられた通りに練習を開始した。
暫く4人は様子を見ながら恐る恐る練習をしていたが、
やがてアテナの力に圧倒されたアヤが、木刀を弾かれて地面へと倒れ込んだ。
リゼットとパラスは手を止め、心配そうに見守る。
アストライアはアヤに手を差し伸べ、起き上がらせながら話した。
アテナは照れながら笑みを浮かべた。
アストライアはアヤの木刀をを拾い上げると、
アテナへ向けて負傷した利き腕とは逆の手で持ち構えた。
アストライアの咄嗟の言葉にアテナの笑顔が凍り付く。
その状況を他の使用人たちは、固唾をのんで見守っていた。
その瞬間、アテナの首筋にヒヤリと風が吹く。
気が付くとアストライアの剣先は、アテナの喉元へとむけられていた。
アテナは何が一体起こったのかわからないまま、体を震わせドスンと尻餅をついた。
息が荒くなり動揺するアテナに、アストライアは手を差し伸べる。
アストライアの得意とする超剣速。潜入捜査や隠密での活動も多いため、
危険と隣り合わせである彼女の特化したスキルは、
「判断力」と「攻撃スピード」、そして「逃走術」であった。
躊躇いなく先手必勝の剣を振るう彼女を、
他国では「瞬太刀の鬼女」と恐れる者もいる。
アテナは木刀を構えると、
ほぼ身構えていないアストライアに飛びかかった。
しかしアテナの振った攻撃は、いとも簡単にかわされる。
次の瞬間にはアテナの木刀を握る手首に、アストライアの木刀が寸止めされていた。
アテナは弱音を吐いて座り込む。
そう言うとアストライアは木刀を後ろへと放り投げた。
再び身構えるアテナ。今度こそはとアストライアへ飛びかかる。
しかし振るえばその数だけ、木刀はむなしく宙を斬った。
アストライアはゆっくり後退しながら、アテナの攻撃を全てかわしていく。
やがてアテナは息を切らしながら、
徐々に動きが鈍くなり、最後には両手を地面について動きを止めた。
アストライアは更にアテナを挑発する。
アテナは怒り、地面の砂ごと木刀を強く握りしめた。
そして声を荒げて、再びアストライアへ立ち向かっていく。
しかしその一撃も簡単にかわされる。
だがその状態からアテナは体をよじらせ、アストライアへまわし蹴りを放った。
蹴りを寸前のところでギリギリかわし、バランスを崩すアストライア。
更にアテナの追撃はまだ止まらなかった。
地面に着地すると同時に木刀を捨て、アストライアへ飛びかかる。
態勢を低くアストライアの左足を腕でホールドすると、力の限り押し倒した。
アテナの思いもよらぬ力に倒れ込むアストライア。
倒れ込んだ後、いくらもがけどその腕を振りほどけずにいた。
もがくアストライアにアテナは馬乗りになると、
まるで獣のようなうめき声を発して、拳を振るいあげた。
その時…
後方からのパラスの叫び声に、アテナは拳を止める。
気が付くとアテナの体にはリゼットとアヤが、
必死でしがみついてその暴走を止めようとしていた。
アテナは何が起きたのか理解できないでいた。
静まり返るその場で、自分でも制御できない恐ろしい感情があった事に手を震わせる。
するとアストライアは優しく微笑みながら、アテナへ話し出す。
目をしばたたかせ、涙ぐむアテナ。
泣くのを我慢しながら唇を噛みしめて空を見上げた。
アヤはアストライアを起こし上げると、土で汚れてしまった軍服の箇所を手で払う。
使用人たちは再び練習をはじめる。
アテナが我を忘れ襲い掛かってきた時、
瞳の色が青灰色へと変化しているのをアストライアは見逃さなかった。
それは自分がかつて憧れ慕った「群青の月姫」を彷彿させる瞬間でもあった。
アストライアは腕組みをして、
木刀をふるうアテナ達をじっと見つめながら考える。
自分がこの子たちに強さを与える分、
それが決して間違った方へ行かないよう、心もしっかり育まないといけない。
そう固く心に刻むのであった。