episode:1
文字数 10,982文字
其処は木々が生い茂る美しい世界。
魔法も存在する夢のような不思議な世界。
この世界の四大大国のひとつ、東の国"ランスニュイア"。
科学研究、工業機器等の様々な開発・生産に長けた技術大国。
山々に囲まれた、平和で豊かな国である。
その首都から離れ、山を下ってゆくと、
都市からの潤いも届かない、小さな田舎村にその少女は住んでいた。
大雨の中、真っ暗な夜道をフードを被り、
パチャパチャと少女"アテナ"は野菜を抱え夢中に走っていく。
見慣れた道を曲がると、自分の暮らす古びた酒場宿の
ぼんやりとした明かりが見えてきた。
体重をかけ重い扉を開けたアテナが薄暗い酒場宿へ入ると、
そこはどこもかしこも古く、傷だらけのテーブルや椅子、
くたびれたカウンターには高級そうな酒がズラリ並んでいた。
どう見ても店じまいな雰囲気だが･･･
ポツリと１人、そこには無精ヒゲを生やした垂れ目の中年男、
"ゼファ"が物静かに酒を飲んでいた。
抱えた野菜をゴロゴロと床に置き、
ビショビショの皮のフードコートを脱ぎ捨てると、
アテナは短い栗色のボサボサ頭をフルフルと振って水切りする。
するとゼファは酔っぱらった虚ろな目を向けてクシャと笑い言葉を返した。
カラカラとグラスの氷を鳴らすゼファに近づくと、
アテナは甘ったるい酒の臭いに、鼻をつまみ顔をしかめた。
その言葉を鼻で笑うゼファから逃げる様に、
アテナは2階の自室へ続く階段を駆け上がって行こうとすると、
その物音を聞いて別室から出てきた美しい女性に、
襟元を掴まれ引き留められてしまう。
真っ白い肌、薄い氷のような美しい顔立ちのこの女性は"オルファリス"。
知的な印象通り、静かに鋭くアテナを叱りつけたのだった。
オルファリスはふぅっとため息を吐き、掴んだアテナの襟をスルリと手離すと、
アテナが脱ぎ捨てたコートの脇に散らばる野菜達が目に入り唖然とする。
そしてジロリとアテナへ冷ややかな視線を送った。
シュンとした顔で口を尖らせ、コートを拾い片づけるアテナ。
2人のやり取りを眺め、ゼファはニヤニヤと微笑ましく笑った。
苛立ったアテナは野菜を拾う手を止め、仏頂面でゼファを睨むと、
その滑稽なアテナの姿に、ゼファは更に腹を抱えて笑った。
今度はそのゼファの一言に、オルファリスがクルリと不愉快な顔をゼファへ向ける。
するとゼファは口を抑え、目を反らして笑いをピタリと止めた。
その言葉の真意はどうであれ、ジトリとゼファを睨むオルファリス。
どうやら昔からゼファはオルファリスには敵わないようだ。
慌てたゼファは嫌な汗を拭いながら咳払いをして話を変えようとする。
「最近すごく気分が良いよ。
と言っても･･･長い時間店を開ける元気は無いけどね。
アテナ達も大きくなって、すごく頑張ってくれてるいるおかげだよ。」
オルファリスの言葉が嬉しくて 恥ずかしくて くすぐったかった。
アテナはにやける顔を隠しながらそそくさと、
拾い上げた野菜をカウンター裏の食糧庫へと運んで行く。
アテナも去り、シンとする店の中。
ゼファの右手の中でカラリと氷の溶けゆくグラスが鳴くと、
もの想いに老けるゼファが我に返った。
そして心からオルファリスを想うと、酒の勢いもあっただろう
ため息交じりにオルファリスを説得する。
「お前も･･･もう此処を離れて、誰かと自由に暮らしたらいいんじゃないか？
子供達の面倒は俺が見るしさ･･･。もう此処に縛られなくてもいいだろう？」
毎度の様にゼファから聞かされた言葉だった。
その心配する気持ちは痛いほどわかっている上で、オルファリスも微笑んで答える。
「まるでもう私が此処に必要とされてないみたいじゃない･･･
いいんだよ。私が好きで今一番居たい場所は、此処なんだから。」
オルファリスの強い意志、ゼファは頭をクシャクシャとかいて
最後に残るグラスの酒を飲みほすと、
服のポケットから丸まった紙幣を全て取り出しテーブルへと置いた。
そして席を立ち上がり、背を向けたままひらひらと手を振って店を出て行った。
その昔、
この酒場宿を拠点として活動していたギルド"蒼い月"。
ランスニュイア国王公認の大規模ギルドの１つとして、
村の小さな依頼から国の指令まで、幅広い依頼を遂行していた。
そのギルドマスターこそ、数年前に不慮の事故で亡くなったアテナの母親であった。
"群青の月姫"
身のこなしは隼のように早く鋭く、振るう拳は大地を揺さぶる。
身体能力もさることながら、魔法にも長けた最強の怪物。
怒りだすと栗色の瞳が青灰色へと変化する事から、
「決して怒らせてはいけない月の姫」という、
アテナの母"アルテミス=パルティナ"の異名であった。
そのアルテミスの死後、
ギルドメンバーはどんどん去っていき、ギルドは解散する。
今ではサブギルドマスターであった"オルファリス=ルアイル"が難病を抱えながら、
アテナと"もう一人の少女"と３人で、この酒場宿で暮らしている。
外は雷雨。大きい恐ろしい音を立てている。
野菜を食糧庫へと運び終えたアテナは、
グラスを片付けるオルファリスへ「おやすみ」を告げると、
いよいよ２階の自室へと戻っていった。
真っ暗な部屋に入り、着こんだ服を「んしょんしょ」と脱いでいく。
肌着と下着１枚になるとそのままベッドへ潜っていった。
毛布の中、暖かいぬくもりに触れるアテナ。
男の子の様なアテナの容姿とはうって変わって
人形の様な可愛らしい顔立ちの少女は、
金色の長い髪をサラっと揺らし、寝起きで目をゴシゴシしている。
アテナ大丈夫かなって･･･。」
パラスはむくりと起き上がり、部屋の暗闇の中、
激しい雷雨にガタガタと揺れる窓の外を不安そうに見つめと、
アテナも釣られ同じ窓の外へホケーっと目を移し話し出す。
ピカっと光るけたたましい雷の閃光に一瞬
パラスの驚いた表情が照り出された。
にやにやと笑うアテナに、恥ずかしくなったパラスは
バサっと自分の顔を毛布にかぶせ寝転んだ。
そうして潜ったまま耳を塞ぐとモゾモゾとパラスは語り出す。
アテナは物思いにふけるように１点を見つめて、我に返った。
「そお！？ｗ私は寂しくないよ！！ｗパラスやオルファリスがいるもん！ｗ」
寝んこしないとね！パラス！」
『**ケテ･･･。ダ*カ、キ*エナイカ？』
アテナとパラスが寝静まった深夜、妙な声が頭をから聞こえる。
その奇妙な声に寝ぼけ眼を擦りながら、パラスが目を覚ました。
外は相変わらず凄まじい雷雨、一向に止む気配はない。
パラスは眠そうな虚ろな目でアテナの方を見るが、そうでない事に気が付いた。
『タス*テクレナイカ？コ*カラダシ*クレ･･･。』
恐怖で次第に瞳を見開き顔が青ざめていくパラス。
すぐさま隣でいびきをかくアテナを揺さぶり起こした。
そんな勘違いを受け入れている余裕が無いパラスは、
アテナの腕をひしり掴み、自分の頭に響く奇妙な声の説明をした。
するとアテナは首をかしげて耳を澄ます。
『聞コエルカイ？オ願イガアルンダ･･･此処カラ出シテクレナイカ？』
自分に語り掛ける声に、気味悪がりながらも応答してみるパラス。
『･･････』
暫く反応が無くなったが、パラスはジッとその言葉の返答を待ってみた。
寝ぼけながらも一応はパラスが心配なようで、
アテナは目をショボショボとさせ、このやり取りに付き合っていた。
すると･･･
『キコエルンダネ？助カッタ･･･
ボクハ神ノ使イ。村ノ施設ニ閉ジ込メラレテシマッタンダ。
此処カラ解放シテハクレナイダロウカ？望ム願イヲ叶エテアゲヨウ』
パラスは元々、この場所から遠く離れた南の国、
魔法大国"セルクシエ"の高貴な魔導士一族の１人娘だった。
北の軍事大国"ロードレー"との絶えない戦争に参戦したパラスの両親は、
まだ赤ん坊のパラスを残して戦死してしまう。
中立国であったランスニュイアの国王は その史上最悪の戦争を止める為、
ギルド"蒼い月"と共に兵を出兵させ、なんとか停戦させる事に成功した。
しかし、現在でも北と南の間柄は、一触即発の緊迫した状態が続いている。
停戦して間もなく、大きな傷跡を残したセルクシエ北部の首都近郊の都市で、
戦災孤児となったパラスを見つけたのは、その場を偵察中であった
当時ギルド蒼い月の幹部、"ゼファ=ユイオン"だった。
そして生きる当ての無いパラスを、ゼファがギルドへ迎え入れたのだった。
暫く考え込み呆けるパラス。その様子が気がかりなアテナが
パラスの身を揺さぶると、ハっと我に返り、頭に語り掛けてくる
不思議な声とのやり取りをアテナへ話した。
パラスが話した信じられないような話を疑っているわけじゃない。
アテナは真剣にその場で何かを考えるパラスを暫く見守っていた。
すると、静かに一点を見つめたパラスの口が開いた。
２人はベッドから抜け出ると、別室のオルファリスに気づかれぬよう
ソロリソロリと簡単な身支度を整えだす。
チクチクとアテナの脳裏に、心配するオルファリスの姿がよぎるが、
「親の居ない、自分と同じ境遇であるパラスの気が済むようにしてあげたい。」
その気持ちの方が勝ってしまっていたのだった。
二人の少女が真夜中の大雨の中、
皮のフードコートをかぶり走りながら、目的のどこかへ向かう。
行き先も告げらずアテナはパラスの後を追いかけながら、
すさまじい雨音にうち消されないような大声でパラスへたずねた。
たどり着いたのかパラスは雷雨の中、
息切れしながら足を止め、その建物を見上げた。
人もなかなか通らない村の一番奥。
その白い建物には、"Dr.ボラージュ研究所"と書かれている。
二人は入口までたどり着くと、周辺に人影は無いかチラチラと確認する。
幸い雷雨のせいか、人の気配はまったく無かったが、
入口の鉄扉にはグルグルと巻き付いた鎖と頑丈な施錠が、二人の行く手を阻んでいた。
けたたましく降る豪雨に打たれながら、パラスは茫然と立ち尽くす。
するとアテナは懐から短剣を取り出し、短剣の柄で鎖をたたき出した。
その声が雨で聞こえなかった訳じゃない。
しかしアテナは無心にその鎖を叩き壊そうと、力いっぱい振るっていた。
パラスも近場にある石を握り、アテナと共に鎖を叩きだした。
二人の想いが通じたのか、思ったよりも古い鎖の錆びた部分が脆く破損した。
アテナとパラスは、お互いに喜びに満ちた顔を見合わせたのだった。
うす暗い施設の中を恐る恐る進む少女二人。
木材で出来た室内とは似つかわしくない、たくさんの器具や道具。
暗闇の中、最も目に入る"光る液体"の入ったガラスケースには文字が刻まれていた。
その輝きにアテナは顔を近づけて魅入られた。
オルファリスとのお勉強サボりすぎよ？アテナ。」
そんなやり取りをしながら、目的の人物を探す２人。
しかし室内には人の気配はなく、何者かが閉じ込められている様子は全くなかった。
パラスは少し焦り気味に薄暗い室内を見渡す。
パラスの頭の中に響いていた声はもう応答がない。
手掛かりが無い状態で、二人は隅から隅までウロウロとその人物を探していた。
するとアテナが何かにつまづいて転びそうになる。
その声にびっくりしたのはパラス。
一瞬身構えたが、アテナがつまづいただけと知って安堵し駆け寄ってきた。
それは床に取り付けられた取っ手の様だった。
よーく見ると床に扉が設置されている。二人は顔を見合わせて頷き、喉を鳴らした。
人一人通れるくらいの扉、真っ暗な地下への階段。
流石に何も見えない暗闇の中を進む事に、二人は躊躇していた。
二人が階段を降りきると、上の階と同じ液体の光がその先の通路の奥で輝いている。
その光を目標に進んで行くと、近づくにつれてどんどんと光度が増していった。
たどり着くと今度は巨大なガラスケースの中でそれが輝いていた。
思わずその神秘的な光景に魅入られてアテナが口走った。
すると･･･
液体の中に、そこに在るとは言い難い、そんなうっすらとした人影が浮かび上がった。
驚いて咄嗟にアテナの後ろへと隠れるパラス。
しかしその声が、よく聞くと自分の頭へ語り掛けた人物と確信できた。
アテナはパラスに振り向き「どうする？」と返事を待つ。
気味悪がるパラスはその人ならざる者へ半信半疑で返事をした。
その返事を聞いたアテナ。
自分に引っ付いたままのパラスの両肩を掴み、後ろへと引きはがす。
殴った場所から亀裂が入り、水圧に耐えられなくなったケースは
あちこちから液体を吐き出していく。
どんどんと液体がケースから抜け、空になっていくにつれ、
先程までうっすらとした人物が次第に濃く描かれていった。
真っ白いローブから出した右手首をコキコキと揺らし、身体を確かめる謎の男性。
液体は更に床にながれ、辺りの光がどんどんと失われていった。
薄暗い闇の中で男性はそうつぶやくと、背中から生える光る翼を広げた。
思わぬ閃光に目をつぶる少女二人。
ゆっくり慣らすようにその目を開けていくと、
そこには幻想的な光景が広がっていた。
男性の羽ばたかせた光る羽根が舞い散り、
昼間のように明るく周囲を照らしていたのだ。
二人はその出来事を固唾をのんで見守っていた。
『アテナ･･･全知全能ノ女神ノ名カ･･･トッテモ素敵ナ名前ダネ。
ソシテパラス･･･君ノオカゲデ、ボクハ助ケラレタ。礼ヲ言ウヨ。』
喜びとほっとした表情を浮かべるパラスを見つめ、アテナも笑顔になる。
パラスの望みが叶う事が、嬉しくて仕方がなかった。
暫く続く沈黙の時。
ミカエルへ言い放った後、真剣な眼差しで見つめ喉を鳴らし待つパラス。
そしてミカエルは眉をしかめてこう答えた。
『人ノ幸不幸トハ、既ニ運命ニヨッテ決マッテイル。
私ガ出来ル事ハ、ソノ運命ヲ捻ジ曲ゲ、アリ得ナイ奇跡の事象ヲモタラス事。
スマナイガ･･･既ニコノ世ニ無イ物ヲ、具現スル事ハ出来ナイノダヨ。』
期待に輝かせた瞳は、そのミカエルの言葉に絶望の色へと変化する。
その場に膝をつき泣き崩れるパラスに、アテナは寄り添い背中を優しく何度も撫でた。
暫く「グスグス」とパラスの泣く声だけが部屋に響きわたる。
その姿を哀れんだのか、ミカエルは再び物静かに語り始めた。
パラスは涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げ、キョトンとしている。
無表情だったはずのミカエルを見つめると、
うっすらと慈悲に満ちた優しい笑顔を浮かべていた。
そのミカエルの約束で、少女パラスの希望が心に灯った。
涙を拭おうとするも、次々に涙が溢れていく。
「本当によかった」とアテナもパラスを優しく抱きしめた。
その答えに一瞬驚いた表情のミカエルだったが、
フっと笑みを浮かべ、地下天井を仰いだ。
すると何かに気が付いたように、ミカエルは唐突に話を切り出す。
『私ニハ君タチノ未来ガ見エル。ソウトテツモナク大キク、大変ナ災イ、試練ノ連続。
果タシテ、生キテ君タチニ乗リ越エラレルダロウカ…？ワカラナイ。』
ミカエルは険しい顔つきで天井を見上げている。
そんな不穏な空気の立ち込める中、アテナはジっと何かを考えていた。
そして母の形見である短剣をギュっと握りしめると、ミカエルに語り掛ける。
そのアテナの優しさに、パラスは再び涙ぐむ。
ミカエルはその二人の絆を信じ、その願いを聞き入れることにした。
ワカッタ。パラスノ運命ヲ切リ開クチカラ。アテナ。キミニ与エヨウ。』
ヒビの入ったガラスケースをすり抜け、
ヒタヒタと裸足を鳴らしアテナの元へ近寄るミカエル。
パラスは未だに怯えながらアテナの腕を強く掴み、背後に隠れていた。
ついには手を伸ばせば届く距離。アテナは目の前の大天使なる存在が、
自分の知る"大人"を軽く越す長身である事に少したじろいだ。
ミカエルはアテナの目の前でしゃがみ込むと、ほぼ骨と皮の右手を
真っ白なローブより抜き出し、中指の爪で親指の腹を切り血を滴らせた。
その行為に一瞬、目をギョっと見開き驚く二人。
差し出されたミカエルの親指に、アテナも自分の切った指をその指へ重ねた。
血と血が混ざりあい、ポタポタと床に垂れている。
するとミカエルはアテナの差し出した腕をしっかりと掴み、ブツブツと呪を唱えた。
その瞬間･･･
アテナの心身へ、電流のような衝撃が襲う。
衝撃でビクンと体を仰け反らせ、指から胸や頭、体へと激痛が走った。
何かを考える余裕すらない。ただアテナの生への本能が、それに抗おうと声を発した。
パラスは心配で傍に駆け寄ろうとするも、その光景が恐ろしく近寄れなでいた。
叫びっぱなしだったアテナは、やがてグリンと白目をむきピクピクと虚脱状態になる。
パラスの叫びもお構いなしにミカエルはその儀式を続けると、
しばらくしてアテナの掴んだ腕をそっと離し、息を整えた。
痙攣をおこしたまま、口から泡を吹いてその場に横たわるアテナにパラスは近寄る。
そこはとても薄暗く、美しいキラキラした世界だった。
さっきまでパラスと一緒だった気がするけど…よく覚えてない。
私はキョロキョロと辺りを見渡しながら進む。
なぜ"其処へ"足が向かうのかはわからないけれど、
なんとなくこれだけはわかってた。
高鳴る鼓動。徐々に小走りになっていく。
いつの間にか息を切らし、無我夢中で走っていた。
すると見えてくる。
ロッキングチェアに腰かけた女性が、
近づく私に気が付いて立ち上がり、地へ膝を落とし両腕を広げた。
「ママ！！！」
私と同じ、肩まで伸びた栗色の髪。栗色の瞳。
そう知っている。このとっても優しい香り。
その胸に飛び込むと。頭を何度も撫でて、抱きしめてくれた。
本当はずっとずっと逢いたくて･･･想い焦がれた人･･･。
「あのね！ｗ聞いてママ！わたし！将来ママの様な強～い人になりたいん！」
「だからねママ！･･･私を･･･っと見守･･･て……」
･･･
･･
･
目を覚ますと、パラスとやってきた研究所の地下。
決して悲しいわけではなく、かといってどんな感情かも分からなかったが、
アテナの栗色の瞳からは、涙がどんどん溢れ流れていた。
体を動かすより先に眼球をキョロキョロと動かし、周囲と現実を確認する。
次第に耳が聞こえるようになると、自分の体を支え抱きしめる
パラスの泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
体の痺れは若干あるものの、何が起こったのかよく覚えていないアテナ。
とりあえず起き上がり、抱き着くパラスに不思議そうに答えた。
アテナ死んじゃいそうだったからビックリしたのよ！？；；」
右親指を確認すると、傷はふさがっていた。
「あれ･･･？」っと不思議そうにボーっと自分の手を見つめるアテナ。
ミカエルは混乱中のアテナの短い髪をサラっとかき分け、頬を撫でた。
それは冷気のように一瞬ヒヤっとした温度を感じたが、
触れられた感覚が一切なかった。
そして一喝する！
そのただ事ではない怒鳴り声に、アテナは急いでパラスを抱え走り出した！
研究所を飛び出して獣道を振り返る事もなく、夢中に走って走って走り抜ける。
やがて道は次第に斜面へと変わり、山道へと入った。
走りぬいた素足はつぶれたマメと草木で傷だらけになり、血で赤く染まっていく。
やがて走る力も底をつき山中をヨロヨロ歩くと、限界に達したのか、
雨でぬかるんだ斜面に足を滑らせてアテナはパラスを抱えたまま尻餅をついた。
豪雨だった雨はウソのように晴れやかで、空には星が輝いている。
地響きもこの場所には響いていない。
兎に角言われるまま、山へ向かったが･･･。
二人はミカエルの言葉の意味を確かめるべく、
山道から村を振り返り見下ろす事にした。
そこには･･･。
覆いつくすほどの業火に見舞われたアテナ達の村の姿があった。
その光景は茫然と見つめる二人の瞳を、真っ赤染め上げていたのだった。
