episode:5
文字数 9,610文字
ギルド『蒼い月』
この世界の四大大国のひとつ、東の国「ランスニュイア」の国家公認ギルド。
その戦力は1国と渡り合えるほどの戦力を持っていた。
ギルドマスター「アルテミス」の死後、ギルドは衰退し解散する。
拠点だった酒場宿には、最後のギルドメンバーの1人「オルファリス」が、
アルテミスの子「アテナ」と、戦災孤児で引き取った「パラス」の
2人の少女と一緒に慎ましく暮らしていた。
ある日、助けを求める不思議な声のもとへ、夜中部屋を抜け出し向かう少女たち。
その人物は光る羽根を生やした、大天使なる存在「ミカエル」であった。
ミカエルは捕らわれた場所から解放してくれた礼として、
パラスには「亡くなった両親へいつか逢わせる事」約束し、
アテナには「パラスの夢を叶える為のチカラ」を授けた。
そしてミカエルは二人へ忠告する。「この村を離れるように」と。
2人は忠告通り、急いで村を飛び出して山を登る。
振り返ると、彼女たちの育ったエンドラの村は業火に覆われて焼かれていた。
何もかもを失った2人。
衰弱したパラスを背負い、数日山を登るアテナ。
2人はその後、ランスニュイアの女軍兵「アストライア」に保護される。
そしてその者の使用人として働きながら学び、国の兵を目指すことになった。
生きてゆくために始まる新しい生活。
しかしアテナは自分の体の異変に不安を抱えたまま・・・誰にも話せないでいた。
~登場人物~
■アテナ=パルティナ
栗色くせっ毛の短い髪。栗色の瞳。男の子みたいな容姿をした少女。
事故死したギルド「蒼い月」のギルドマスター、アルテミスの一人娘。
活発で行動的だが、お馬鹿でお調子者。パラスが大好き。
■パラス=ルイアーナ
長くまっすぐ伸びた金色の髪。真っ白い肌。人形の様な可愛らしい容姿の少女。
戦災孤児となった後、ギルド「蒼い月」の幹部ゼファに拾われる。
時折我儘な面もあるが、人の話をよく聞く優等生。アテナが大好き。
■オルファリス=ルアイル
薄氷のような美しい容姿。青色の長髪。青色の瞳。難病を患った女性。
アテナとパラスと3人で、解散したギルド拠点の酒場宿に住んで暮らしていた。
元ギルド「蒼い月」の副マスター。
■ゼファー=ユイオン
汚らしい身なりの無精ひげを生やした中年男。
難病のオルファリスを気にかけ、酒場によく顔を出していた。
元ギルド「蒼い月」の幹部。
■ミカエル
超長身の謎の男。自分を大天使と名乗り、アテナと血の契約を交わす。
■アルテミス=パルティナ
束ねた栗色の髪。栗色の瞳。「群青の月姫」という異名を持つアテナの母。
かつて精鋭ぞろいのギルド「蒼い月」のギルドマスターだったが、
魔法詠唱実験で事故死する。(その後ギルドは衰退し解散。)
■アストライア=クェス
赤い短髪。赤い瞳。凛とした佇まいに華がある男勝りな女性。
ランスニュイア国の軍兵(大佐)。諜報活動が主な仕事。
アテナとの出会いに運命を感じ、生きる道を示す。
■アヤ=マキナーシブル
黒色の長髪。褐色肌。アストライアに使える使用人。
常に無表情で正面を見たまま目を合わせずに淡々と喋る長身の少女。
口調も表情も硬いが、利口で気づかいが出来る使用人として優秀な子。
■リゼット=リスタニア
2つ結びのオレンジ色の髪。八重歯がチャームポイントの可愛らしい少女。
使用人4人の中では最年少。年の割にはしっかり者で仲間想い。
使用人の先輩として、パラスに色々と教えることになる。
世界の東に位置する四大大国のひとつ、ランスニュイア国。
その城の小さな一角である此処に、
アストライアが前国王から、生活をする為に借り受けたエリアがあった。
アストライアの使用人として働くことになって数週間。
アテナは先輩のアヤと共に、当番を務めていた。
昼食後の食器を片付け、テーブルを拭き終えたアテナ。
一仕事やり終えた得意げな顔は、突如背後から耳元へ話しかける声に硬直する。
いつの間にかアテナの背後に立っていたのは、相変わらずの佇まいであるアヤだった。
アテナは体をビクつかせ、その場に尻もちをついた。
アテナは外出できる嬉しさのあまり口元が緩む。
無理もなかった。アストライアの使用人として仕え始めて、
仕事を覚えるのに必死だったアテナは、外出を一切出来ないでいた。
城下町へ続く城の城門は1か所。
国章を身に着けているか、許可証がない限り出入りする事は出来ない。
アテナは許可書発行のやり方を未だに知らなかった。
外出時には、いつもの制服の上にフードコート着る。
アテナとアヤは、支度を終えると自分たちの部屋を出た。
リゼットはベッドで、パラスは机に向かい静かに本を読んでいた。
アテナは肩透かしを食らった。
ひきつった顔で絶句するアテナ。
その横で一部始終を見ていたリゼットが、顔を背けて笑いを堪え切れずに噴き出した。
『ちょーうそくさい』
パラスとリゼットは同じ言葉を飲み込んだ。
部屋の開いた扉から、アヤは顔だけを半分覗かせてアテナへ言葉を投げかける。
アヤを追いかけるように、部屋を出て行ったアテナ。
パラスはあきれてポカンと見つめ、リゼットはケラケラと笑い転げた。城門へと続く広い城の廊下。アテナがまだ立ち入った事が無い場所へ進んで行く。
進むにつれて、次第に背が高いガタイの良い男兵達が次第に増えていく。
その兵達がアテナ達とすれ違うと、
ジロジロとまるで珍しいものを見るかのような視線を向けた。
その状況を恥ずかしそうに進んでいくアテナ。
兵士達が数人列を作り、なにやら並んでいる場所へと辿り着いた。
兵達が並ぶ一番後ろにアヤとアテナが並ぶ。
これから買い物をし、夕飯の準備に取り掛からなくてはいけない。
時間を気にするアヤはやや不安そうな顔を浮かべた。
アテナも出遅れた責任が自分にあると感じたのか、
並ぶ兵たちの左右を首を伸ばし、先頭をチラチラと眺める。
すると、
先頭からメガネをかけた年配の男性が、2人の元へやってきた。
そういってほほ笑むリユウ。
アテナは優しく差し出された手を握り、握手を交わした。
するとアヤはアテナへ小声で耳打ちする。
暫くの沈黙の後、そのアテナのヘンテコな挨拶に思わず目を覆うアヤ。
するとリユウは笑ってアテナをフォローをした。
なぜか照れるアテナの肩に手を添え、このもう残念でしかたない状況に
アヤは首を横に振りながらアテナへ言葉をかける。
そのやり取りを微笑ましく見守っていたリユウは、
手に持っていた許可証を2人へ手渡した。
それは木製の板。
見た事無い文字がうっすら光り、刻印されている。
そんな神秘的な許可証をアテナは珍しそうに見つめた。
アヤは申し訳なさそうにリユウへと申し出る。
通行許可証を門番の兵に見せ、城門を通過する2人。
城の外へ出ると、見晴らしのいい草原の一本道が続く。
その更にその先には、細やかに密集した城下町の風景が見晴らせたのだった。
アテナは思わず立ち止まり、キラキラと瞳を輝かせた。
街と城を繋ぐ草原の道。いくつもの荷馬車がガタガタと車輪を回し行き交っている。
暫く歩いて草原の丘を下ると、すぐに城下町への入り口へとたどり着いた。
街中の道や家は、赤茶色のレンガで綺麗に作り込まれている。
アテナたちは楽しそうに走り回る子供達とすれ違い、
住宅や喧しい機械音を放つ工場をいくつも通り越していった。
工場の騒音に顔を歪めながら両耳を塞ぐアテナ。
スタスタと足早に進むアヤへ、周囲を見渡しながら大声で語りかけた。
街の中を流れる川は若干濁っており、空気も美味しいとは言えなかった。
しかし目に飛び込むモノ全てが知らないものばかり。
アテナはこのゴミゴミとした街が一瞬で気に入ってしまった。
二人が暫く街中を進むと、やがてとても大きな露店通りへと出た。
人と人の間をかきわけながら進むほど、その通りは人だらけ。
工場の騒音をもかき消すほど騒がしく、店も人も活気に満ち溢れている。
もちろん村育ちのアテナは、この人混みに心ときめいていた。
アヤはアテナの手を引き、とある一軒のお店へとやってきた。
すると店番をする男性が手をパンと叩き、アヤの来店を歓迎した。
アストライアの使用人達が、食材をよく買う店の店主であった。
アヤは金額を尋ねると、口元に手を当てて悩みながら夕飯の献立を考える。
アーテルはアヤへ代金と引き換えに商品を手渡し、
更にニカっと笑いながら何かを手渡した。
棒の先端に巻き付けられた透き通った水飴。
アヤは初めて目にする、このキラキラした菓子に魅入られた。
表情を表に出すのが大の苦手であるアヤ。
その時はうっすらとだが、子供らしく素直に笑うことが出来た。
頂いた菓子をアテナへ手渡そうと振り返る。
しかしその姿がない事に気が付いて焦りだした。
キョロキョロと周りを見渡すも、
人混みの中でアテナを見つけ出すのは不可能な状況。
アヤは青ざめて、アテナの名前を呼びながら探しだすのだった。
店でアヤが繋いだ手を離した隙に、
アテナは興味本位で少しだけ周囲の店を見て回っていた。
案の定、人混みの中で完全にアヤを見失ってしまう。
アヤを呼んで、大通りを何度往復しても見つからない。
アテナは眉をしかめて頭をガリガリとかきながら、
更に入り組んだ細道へと入って行った。
それから時間は過ぎ、日は暮れて辺りは薄暗くなっていく。
アテナは自分が何処に居るのかわからず、
細道をトボトボ歩いて途方に暮れていた。
工場の音は鳴りやみ、カラスの鳴く声がただ寂しそうに響いている。
街は昼間とは違う、ギラギラした夜の賑わいを見せてゆく。
アテナが俯きながら歩いていると、前方からやって来た人物とぶつかってしまった。
額を擦りながら、ぶつかった人物を見上げるアテナ。
その青年は派手な白い衣装を纏い、洒落た帽子をかぶっている。
よかったら送ってあげようか☆迷い子猫ちゃん☆」
その青年の言葉にアテナは足を止めて考えた。
きっとこのままやみくもに歩いても帰れない…。
そう思うと、しぶしぶその青年に事情を説明し、城まで送ってもらう事にした。
僕の名前はピーゴリーさ!よろしく☆子猫アテナちゃん☆」
アテナは握られた手を振りほどこうと必死になる。
しかしピーゴリーの指は、ウニョウニョとまるで生き物かのように
繊細な動きでアテナの手をガッチリ捕まえていた。
こんな指の動きは朝飯前さ☆手を握るのはサービスサービス☆ホフフ。」
ピーゴリーに連れられ夜道を歩いていると、
前方から綺麗な服を身を纏った華やかな女性2人が、
こちらに気が付くなり黄色い声を上げた。
意味不明なポーズを決めてファンサービスする。
去っていく女の子たちへ、投げキッスをしながら進むピーゴリー。
アテナは再びニュルリと握られた手に悪寒を感じた。
『うんどうしてだろう?おかしい答えが返ってくる。』
そう思って気持ち悪さが頂点に達したアテナ。
もう面倒になったのか、無言でピーゴリーに連れられて行く。
暫くするとピーゴリーはそれまでのおどけた態度を一変し、
まじめな顔つきで語りだした。
「いつ誰と惹かれ合い、恋に堕ちて愛を育くんでいくか分からないからね。
可愛いものを可愛い。素敵な物を素敵だと言う。後悔しないように、さ☆」
語り終わったピーゴリーのウィンクが更に気持ち悪く、
アテナは目をそらして曖昧な返事を返した。
やがて入り組んだ細道を抜け、川沿いの道へと辿り着く。
キラキラと向こう側の街の光が水面に映ると、
その綺麗な輝きに目を奪われたまま、アテナはピーゴリーの後をついていった。
素敵な恋ができたら良いね☆子猫アテナちゃん☆」
そんな話をしてるうちに城下町を抜け、城へと続く草原の一本道へと戻ってきた。
丘の上には城のあかりが美しく灯っている。
アテナは息を切らしながら城の門へと走り出した。
アテナが門へ辿り着くと、数人の門兵が重々しく長槍を持ち立番をしていた。
夜は昼間とは違い、厳重となってるようだった。
アテナはその大男達にたじろぎながら、門の前をウロウロとしている。
すると門兵の1人が、アテナへ声をかけてきた。
門兵の言葉に、指を弄りながらたどたどしく答えるアテナ。
語りかけた門兵は、アテナが何を伝えたいのか?よく分らずにいた。
すると
門兵達をかきわけ、奥からそう叫ぶアヤが小走りに迎えに来た。
ほっと安堵するアテナ。アヤは事情を門番へと説明する。
そしてアテナは無事、城の中へ戻ることが出来た。
食堂にアヤとふたり。
アテナは顔色悪く、緊張の面持ちで誰かを待っていた。
待つこと数十分後、
軍服姿のアストライアが扉を開け、革靴をツカツカと鳴らして居間に入ってきた。
アテナはのどを鳴らして直立しなおした。
アストライアはそのまま椅子に腰かけ、目を閉じ腕組みをして口を開いた。
アテナはどう答えていいかわからずに居た。恐ろしくて思考がまとまらない。
アヤもいつもの平静な顔が緊張に染まっている。
しかし質問された以上、答えなくてはと声を震わせて言葉を返した。
以前アテナと暮らしていたオルファリスはこういう時、
本当に容赦なかったせいかアテナはぶたれる覚悟をしていた。
アストライアから言われた罰の内容はよくわからなかったが、
とりあえずお説教が終わった事にほっと胸をなでおろすアテナ。
するとアストライアは立ち上がり、
部屋の扉の外で待機するパラスとリゼットへ声をかける。
入った瞬間にアテナへと駆け寄りその身を抱き締めた。
大好きな匂いがフワっと香り、長い髪がサラっとアテナの頬をくすぐった。
そっか・・・そうだよね。と改めて心配させてしまった事を反省し、
アテナはパラスを抱きしめ返した。
アヤとアテナ、2人分のを食事をテーブルへと並べた。
未だ落ち込んでいる様子のアヤの背中を、ポンと軽く叩くアストライア。
食べなさいと優しく微笑みかけ、食堂を後にした。
食後、片付けをして自室に戻ったアテナとアヤの2人。
夜も遅かったせいか、決められた就寝時間はとうに過ぎていた。
灯りを消して、それぞれのベッドで休もうとする。
しかし色々あったせいか、アテナは暫く眠れずにいた。
カーテンから細くこぼれる月明かりを、ボーっと眺めながらアヤを呼ぶ。