episode:4
文字数 6,318文字
ギルド『蒼い月』
この世界の四大大国のひとつ、東の国「ランスニュイア」の国家公認ギルド。
その戦力は1国と渡り合えるほどの戦力を持っていた。
ギルドマスター「アルテミス」の死後、ギルドは衰退し解散する。
拠点だった酒場宿には、最後のギルドメンバーの1人「オルファリス」が、
アルテミスの子「アテナ」と、戦災孤児で引き取った「パラス」の
2人の少女と一緒に慎ましく暮らしていた。
ある日、助けを求める不思議な声のもとへ、夜中部屋を抜け出し向かう少女たち。
その人物は光る羽根を生やした、大天使なる存在「ミカエル」であった。
ミカエルは捕らわれた場所から解放してくれた礼として、
パラスには「亡くなった両親へいつか逢わせる事」約束し、
アテナには「パラスの夢を叶える為のチカラ」を授けた。
そしてミカエルは二人へ忠告する。「この村を離れるように」と。
2人は忠告通り、急いで村を飛び出して山を登る。
振り返ると、彼女たちの育ったエンドラの村は業火に覆われて焼かれていた。
何もかもを失った2人。
衰弱したパラスを背負い、数日山を登るアテナ。
2人はその後、ランスニュイアの女軍兵「アストライア」に保護される。
そしてその者の使用人として働きながら学び、国の兵を目指すことになった。
生きてゆくために始まる新しい生活。
しかしアテナは自分の体の異変に不安を抱えたまま・・・誰にも話せないでいた。
~登場人物~
■アテナ=パルティナ
栗色くせっ毛の短い髪。栗色の瞳。男の子みたいな容姿をした少女。
事故死したギルド「蒼い月」のギルドマスター、アルテミスの一人娘。
活発で行動的だが、お馬鹿でお調子者。パラスが大好き。
■パラス=ルイアーナ
長くまっすぐ伸びた金色の髪。真っ白い肌。人形の様な可愛らしい容姿の少女。
戦災孤児となった後、ギルド「蒼い月」の幹部ゼファに拾われる。
時折我儘な面もあるが、人の話をよく聞く優等生。アテナが大好き。
■オルファリス=ルアイル
薄氷のような美しい容姿。青色の長髪。青色の瞳。難病を患った女性。
アテナとパラスと3人で、解散したギルド拠点の酒場宿に住んで暮らしていた。
元ギルド「蒼い月」の副マスター。
■ゼファー=ユイオン
汚らしい身なりの無精ひげを生やした中年男。
難病のオルファリスを気にかけ、酒場によく顔を出していた。
元ギルド「蒼い月」の幹部。
■ミカエル
超長身の謎の男。自分を大天使と名乗り、アテナと血の契約を交わす。
■アルテミス=パルティナ
束ねた栗色の髪。栗色の瞳。「群青の月姫」という異名を持つアテナの母。
かつて精鋭ぞろいのギルド「蒼い月」のギルドマスターだったが、
魔法詠唱実験で事故死する。(その後ギルドは衰退し解散。)
■アストライア=クェス
赤い短髪。赤い瞳。凛とした佇まいに華がある男勝りな女性。
ランスニュイア国の軍兵(大佐)。諜報活動が主な仕事。
アテナとの出会いに運命を感じ、生きる道を示す。
■アヤ=マキナーシブル
黒色の長髪。褐色肌。アストライアに使える使用人。
常に無表情で正面を見たまま目を合わせずに淡々と喋る長身の少女。
口調も表情も硬いが、利口で気づかいが出来る使用人として優秀な子。
世界の東に位置する四大大国のひとつ、ランスニュイア国。
その城の小さな一角である此処に、
アストライアが前国王から、生活をする為に借り受けたエリアがあった。
アストライアへ使用人として仕える事を返事した翌日の事。
すでに日は昇り、鳥の声響く朝。
1つの客室でアテナとパラスは、スウスウと同じベッドで寝息を立てて寝ている。
そのベッドの脇で腕組みをし、眠る2人を険しい表情で見下ろすアストライア。
さらに一歩引いた脇で、相変わらず無表情のアヤが慎ましく直立していた。
そう確認すると、アストライアは深く大きく息を吸いだす。
アヤは表情を変えず両手で両耳をふさいだ。
!!!!!!!!!!
!!!!!
部屋中に響き渡るとてつもないアストライアの怒声。
その大声に窓の外の鳥たちが驚き、バサバサと飛び立っていった。
体を大きくビクつかせ起き上がったパラス。
状況が理解できずに涙目で心臓を抑えている。
アストライアの怒りに満ちた形相に驚き、
パラスは慌ててすぐさまベッドを飛び出した。
アヤはパラスへ着替えとタオルを手渡し、洗面所へと向かわせる。
パラスのグシャグシャの寝ぐせ頭を横目に見送ったアストライア。
アヤは再びアストライアの一歩引いた定位置で直立すると、冷静に話しだした。
先程の大声で起きるどころか、
気持ちよさそうによだれを垂らし寝続けているアテナ。
その間抜けな表情を見下ろし、
限界ギリギリの怒りを鎮めようと深く鼻で深呼吸をした。
そして・・・
アヤは後ろの台車テーブルへ用意してきたフライパンとおたまを持ち、
ぐっすりと寝るアテナのすぐそばで、何度も力いっぱいガンガンと叩き始めた。
!!!!!
!!!
!
何度も叩いたアヤの細い腕が、そろそろ限界に達してくる。
プルプルと二の腕が震わせ、苦しそうなアヤを見兼ねたアストライアは、
手を出し「止め」の合図を送った。
流石に今はポーカーフェイスを保てないアヤ。
俯いたまま肩を落とし、ゼェゼェと息を切らしている。
するとようやく元凶であるアテナは、もぞもぞと布団の中で動き出した。
アストライアとアヤはアテナを覗きこむ。
寝返りはうったものの・・・
おかしな寝言を発しただけのアテナだった。
アストライアの怒りはついに頂点へ。恐ろしい笑みを浮かべている。
アヤはそのおぞましい笑みを思わず二度見し、
恐ろしさのあまりギョっと目玉を丸くした。
アヤは急いでバケツを用意し、速やかに手渡した。
アストライアはキラリと光る金属のバケツをアテナの頭にかぶせると、
熟睡するアテナを睨んだまま、アヤへ更に要求する。
アヤは両耳を塞ぎ、目をギュっと瞑る。
手渡されたおたまをおもいっきり振りかぶるアストライア。
ついにアテナのかぶせたバケツへ、その矯正の鉄槌は振り降ろされた。
!!!!!
そのすさまじい音と衝撃に、
流石のアテナも仰天して飛びあがり目覚めた。
本来の使い方ではないおたまの先端は、
キラキラとスローモーションで後ろへと吹き飛び、カランと床へ舞い落ちる。
アストライアが壊れた柄の部分を後ろへと放り投げると、
アヤはすぐさま、その壊れた2つのおたまを回収した。
状況が理解できてないアテナが凹んだバケツを頭から外すと、
恐ろしい形相のアストライアが腕組みをして目の前に立っていた。
洗面所で顔を洗い、アヤから手渡されたタオルで顔を拭く。
着替えはアヤの着ていた物と同じ、紺色で地味な修道服の様な制服。
アテナはその服広げて着こむと、アストライアの言われた通りに食堂へとやってきた。
アストライアを上座にテーブルを囲み、パラスと"見知らぬ少女"が座っている。
テーブルまでやって来たものの・・・
どうしていいか分からずに呆け立つアテナへ、アストライアが着席を指示した。
言われた通り、パラスの隣の席へ着席するアテナ。
するとそこへ、焼きたてのパンの香りが辺りに立ち込めた。
ガタガタと食事を丁寧に台車で運んできたアヤは、
それぞれの席へパンを木製のトングで配り、
平皿へ温かいスープを注ぎ、コップにミルクを注ぐ。
しかしアストライアだけにはミルクとスープは無く、パンとコーヒーが用意された。
その見た事の無い黒い飲み物を、首を伸ばして覗き込むアテナ。
アヤは食事の配給を終えると、身に着けた頭巾を外して自分の席へと着席した。
全員が手を組み、祈りを捧げる。パラスは瞬時にその動作を真似た。
アテナも挙動不審にみんなを見渡し、一歩遅れてぎこちないながらも順応する。
そしてアストライアの言葉を皮切りに、声を揃え挨拶をした。
『いただきます。』
日頃からオルファリスの話をよく聞くパラスは、
行儀良く振舞わなくてはいけない、この礼儀作法を過去に習っていた。
しかし、うってかわって人のつまらない話を聞く事が苦手だったアテナ。
まったくの礼儀知らずで、今皆についていくのがとても必死だった。
生まれて初めて慣れない挨拶をする。
シーンと物静かに皆食事をする中、
アテナは口を付けず食事を見つめたまま、お腹を押さえていた。
食欲がわかない―――――。
あの日、村から飛び出してから"まったく食事をしたいと思わない。"
その奇妙な感覚に、どうしてしまったのかと自分の体を案じ始める。
しかしアテナはその悩みを未だ誰にも相談できずにいた。
残せばもしかしたらまた怒られるかもしれない・・・。
そう思うとアテナは目の前の食物を口に無理やり詰め込み、
ミルクで一気に流し込んだ。
パンを食べ終え、コーヒーを飲みながら新聞を読むアストライア。
アヤは残り少なくなったそのコーヒーカップへ、
アストライアの為におかわりを注ぐ。
そして更にもう一人の見知らぬ少女の元へ近づき、
用意したナフキンでその少女の口元を拭った。
オレンジ色の髪を後ろで2つ結わき、
アテナ達よりもひとまわり幼そうな小柄の少女リゼット。
可愛らしい笑顔でアテナとパラスに挨拶をした。
ようやく親しげで明るいノリの人物に逢えて、心落ち着くアテナ。
アテナとリゼットが親しげにしてるのが少し気に入らない様子のパラス。
その光景を横目に黙々とスープをたいらげた。
そしてゆっくり深々とお辞儀しながら礼儀正しく挨拶をした。
しかし相変わらずの無表情。
アストライアはこのアヤの人見知り激しい性格に、ため息をついた。
食事を一旦止め、アヤの礼儀正しい挨拶に頭を下げるパラス。
アテナはこの子がとても苦手なタイプであったが、場を繋ぐために質問する。
そのアテナの簡単な質問に表情が曇り、戸惑い困惑するアヤ。
何故か変な沈黙が続く。
するとアストライアがため息交じりに口を挟んで返答した。
「私は今日上官と面会後、またエンドラの調査で城を出る。
部屋の荷物の移動を終えた後、アヤとリゼは城内の案内、
此処での決め事、当番、その他もろもろを新参2人に教えてやってくれ。
それが一通り終わったら、
各自部屋で学びたい好きな本を読み、自習をするように。」
アストライアはアヤとリゼットにそれぞれ指示を出すと、
コーヒーを飲み干し、テーブルに置いた銀時計を確認する。
そして身支度を整える為に席を立った。
アヤとリゼットに連れられ階段を上り、
使用人の部屋へとやってきたアテナとパラス。
ギギギと音のなる小さな木製の扉を開けると、
そこは客間の様な豪華な造りとは違う、古い小部屋だった。
アヤは薄暗い室内を進み、カーテンと共に奥の窓を開けると、
そこから光が差し込み室内が照らされた。
奇麗に整理整頓された部屋の中には、
大きな本棚と2つずつベッドと机が並んでいる。
フワリと窓から外の空気が風にのせてやってくると、
アテナはどこか気持ちが引き込まれ、神秘的な気持ちになった。
窓際へと足を運ぶアテナ。
するとその窓から、贅沢にもランスニュイアの城下町を一望する事ができた。
その広く美しい景色に、目を奪われ釘付けになる。
震えてドキドキが止まらなかった。
生まれてから小さな村と、住んでいた酒場宿しか知らなかった自分が、
この新しい場所で生きていく事にときめいている。
暫くしてアヤは部屋を見渡し、考えをまとめて全員に指示を出す。
アテナだけは1つ、ずっと気がかりだった事を伝え始める。
暫く口元に手を当て考えこむアヤ。
するとリゼットがベッドに腰を下ろし、ニッコリと笑いながら語りだした。
皆が寝静まった夜。
アテナは洗面所で1人苦しんでいた。
誰にも相談の出来ない食欲の無さ。
食べ物を一切食べようと思わない不思議というか恐怖。
夕飯に無理やり口に詰め込んだ物を全て吐き出す。