41.首空

文字数 4,057文字

 久々に実家に帰った俺は、「ただいま」とあいさつをして敷居をまたいだ瞬間、迎えに出てきた母親の胴体を銃で吹っ飛ばした。

 もんどり打って倒れる母。その音を聞いて何ごとかと部屋から飛び出してくる父。靴を脱いで素早く家に上がった俺は、その父の体にサクリと日本刀を貫通させる。

 のたうち回りながらうめき声をあげている両親を尻目に、俺は階段を2段飛ばしで一気に駆け上る。2階の自身の部屋にいるはずの兄姉は、何ごとかと階下に駆けつける様子すらない。恐らく、あいつらは自分の生みの親が1階で命のともしびが消えようとしている状態にあることにも気づいていないに違いない。

 俺は慎重に手前の部屋の扉をノックする。女子の部屋らしくかわいらしいネームプレートがそのドアにはかかっているが、それは10年以上も前、姉貴がJKの頃に購入したものだ。もうすでにかつてカラフルだった色はあせてすっかりくすんでいる。
 ノックに対する応答はなかった。だがあの女は部屋にいるはずだ。高校を出てから働いていないどころか、なんにもしていないんだから。一応トイレに行っている可能性もあるが、とりあえずそっとドアを開けてみる。
 すっかりとうがたった姉はちんまりしたちゃぶ台の前でマンガを読んでいた。耳にはヘッドホン。そこからは恐らく大音量のアイドルソングが鳴り響いているのだろう。どおりで銃声にもノックにも反応がないわけだ。
 姉は入ってきた俺を一目見ると、露骨に不快そうな表情を見せた。その冷たい視線を無視して俺はつかつかと歩み寄り、その脳天をめがけて思いっきり日本刀を振り下ろす。その頭部はヘッドホンのバンドごとザクロのようにパックリと砕け割れ、大してしわのなさそうな脳髄をそこにさらけ出した。

 血を分けた兄姉の片方をほふった俺は、もう片方も血祭りに上げるべく奥の部屋へと向かう。こっちはノックはいらない。こいつは昔からいぎたないやつだったから、今も間違いなく惰眠をむさぼっている、3人の家族がすでにこの世にいないことすら知らずに。
 今度は扉をそっと開ける必要はない。豪快にぶち開ける。その程度のことをしても起きないことは、小さい頃、毎日のように起こしていた俺が一番良く知っている。案の定、むさ苦しい部屋の奥には掛け布団と敷き布団に挟まれて、豪快ないびきを立てているゴリラのような大男がいた。
 俺は銃をその布団と布団の隙間に突っ込んでから、ゴリラの頬に蹴りを入れる。蹴られたほおをなで回しながら間抜けな寝ぼけ眼でこちらを見ている兄の胴体を、次の瞬間、銃弾が3発ほど貫通した。

 家族を無事血祭りに上げた数時間後、俺は知人夫婦が経営している近所の小さい居酒屋へと足を運んだ。そこで同窓会が行われていたからだ。開始の時間より20分ほど遅れて到着した俺は、遅れたあいさつよろしく銃弾を数発、居酒屋の店内へとぶち込んだ。
 幹事の佐藤が心臓に弾を受けたのかうずくまって動かなくなり、一番のお調子者だった遠山の左目を弾がかすめたらしく、両手で目を抑えながら床をのたうち回っている。
 すばしっこい平川と毎年のように級長を勤めていた大橋が勇気を奮い起こしてこちらの動きを封じようと襲いかかってくる。この難敵二人をできれば最初の銃弾で仕留めたかった。運が悪かったなと思いつつ、日本刀で威嚇、応戦していく。
 数的不利な2対1の攻防がしばらく続いた後、首尾よく平川の右腕を切り落とし、力を削ぐことに成功する。頼りの相方が傷ついた大橋はそれを見てやけを起こしたのか、感情的になったのか、金切り声をあげてこちらに突っ込んできた。これはもう切り刻んでくださいと言っているようなものだ。俺はその期待にこたえるべく刀を振るい、彼女の胴を切りおろした。今日のためにめかしこんできたであろう服はその機能を失い、その下から大して色気のないこれまた切断されたブラと、血が滴る乳房があらわになる。色気の欠片もない女だったが、最期は少しばかり魅せてくれたな、と思った瞬間、彼女はどうと倒れた。

 俺は手負いの遠山と平川にとどめを刺し、佐藤の息が絶えているのを確認する。周囲を見回してみると、もうひとりの女子の上井が隅で腰を抜かして失禁していた。下着もその奥から漏れ出している尿も丸見えのまま、真っ青な顔で「助けて……」と繰り返しつぶやいている。クラスのマドンナもこれじゃあ形無しだなと思いながら、刀で心臓をえぐり取る。もっとも、女子が二人しかいない中で、大橋よりはややマシだった、という程度のマドンナだが。

 カウンター奥で調理などをしていた居酒屋の夫婦は、最初の銃弾ですでに二人とも事切れていたようだった。

 それから、俺はこの島の家を一軒一軒を訪れてはそこの家族を惨殺していった。その数、総勢26名。過疎が進んだ離島の地域で、この少人数だったからこそ、一日でこの所業を成し遂げることができたのだと思う。そして今、島で一人になった俺は、こうして覚束ない筆で最後の思いを書き記している。


 最期に、こんなことをしでかした理由についても記しておこうと思う。


 俺は、もともとこの島が大嫌いだった。この島に心底うんざりしていたんだ。3人兄弟の末子としてこの島に生を受けたはいいが、父と母は長男と長女を溺愛するばかりだった。俺は幼少期から、父母に何かを買ってもらったようなことはもちろん、褒められたり温かい言葉を掛けてもらった記憶すらなかった。それどころか、俺は一家の使用人のような扱いを受けていた。学校に上がる前から家庭のことをほとんどやらされ、ちょっとでも何かを間違えれば平手やげんこつが飛んでくる。そんな生活の繰り返しだった。しかも、どうやら海に囲まれたこの狭い世界ではそれが常識だったらしく、島内の大人たちも見て見ぬふりを決め込んだ。いや、それだけならまだいい。それ以上の嫌がらせをしてきたんだ。家族の言いつけで、この島の船着き場近くにあるよろず屋に急ぎ買い物に走る俺に、わざと足をかけてよく転ばせていたのが、件の居酒屋のおやじだった。
 小学校に上がっても状況は何も変わらなかった。いや、それどころかもっとひどくなった。家の奴らは俺が学校に通いだしても、変わらず使用人の仕事を言いつけてきた。遊ぶ時間どころか宿題すらする余裕がなかった俺は、教師にも級友にも目をつけられ嫌われ始める。そういった状況でおっ始まるもの、といえばもうお分かりだろう。いじめ。なんせ、イヌやサル、魚類だってやっているんだ。6人+教師という少人数の中にそんなはぐれものがいれば、それが起こるのは必然だ。しかも運の悪いことにここは人の少ない離島。それはすなわち、中学を出るまでクラスが変わらないということを意味する。俺は校舎の中でも使用人だった。いや、こちらでは使用人以下だった。家族が手を上げるのは使用人としての業務をミスったときだけだが、あいつらは気分次第で何でもやってくる。直接的な暴言や暴力、靴や体操着などを隠したりといった嫌がらせ。金品を奪う、無視。たちが悪いのは、これらの被害を俺が誰かに訴え出ようとしても、級長の大橋がうまいことその外面の良さで丸め込んでしまったことだ。おかげで俺は小中の9年間、安息など知らぬ日々を過ごすしかなかった。
 その9年間、いや、この島で生きてきた15年という懲役を終え、本土で寮のある仕事に内定が決まったときから、俺はもうこの島の奴らをぶっ殺すことしか頭になかった。だから、勤め先で身を粉にして働き(島にいた頃に比べれば、そこは天国だった)、あいつらをぶちのめす一心で金を蓄え、武器をそろえてきた、というわけだ。


 さて、俺はこの島の船着き場に26の死体を並べて、この半ば遺書のような文を認めている。遺書という言葉の通り、島民への処刑を終えた俺は自分の首を切り落とすという最後の仕事を刀に託して、この世を去るつもりだ。

 ただ……。

 誰もが気づいていると思うが、人間とは愚かなものだ。こんな血なまぐさい報復をやらかして世を去るだけの俺にも、承認欲求という誰しもがもち得る面倒くさいものがあるらしい。それが今際の際になってムクムク頭をもたげてきてしまった。

 この大量殺人を、誰かに見せびらかしたい。

 犯罪自体は比較的早く露見するだろう。離島とはいえ定期的に船は行き来しているのだから。でも、船員がこの26+1の死体をただ発見するだけでは、どうも物足りない。何か、もう少しここに何かを加えたい。

 死体の周りを歩きながら考える。そのときふと、俺はこれらの死体の首をはねてみようと思いついた。
 試しに日本刀で近くにあった母の首を切り落とす。ころんと大地に転がったそれは、うつろな目で俺をにらんでいた。

「この首。これを誰かに見せびらかしたいなあ……」

しばらく母とにらみ合いながら考えていると、いい方法を思いつく。俺は件の船着き場近くのよろず屋に行き、銃床で入り口のガラスを割って入り込む。そして何かのイベントにでも使うつもりだったのだろう、そこから大量の風船とヘリウムガスを持ち出した。

 俺は全ての遺体の首を切り落とし、手始めにまず佐藤の首に風船のひもを何個も括りつける。そして一つづつ風船にヘリウムガスを注入していく。
 かなりの数の風船にヘリウムを注入したところで、ようやく風船の浮力が首よりも大きくなる。その結果、佐藤の首はふわりと宙に浮き、風にまかせて島を飛び立っていく。
 俺は次の首にも風船を括りつける。どす黒い血がこびりついたそれも佐藤と同様、やがて空へと舞い上がる。26個の頭部は赤い血を点々と海原に滴らせながら、気流に乗ってどこまでもどこまでも空を飛んでいった。


 恨みがましい目で見つめてくる26個の首全て。それらを俺は見えなくなるまで見送った。そして、一人になった忌まわしき呪いの島で、自分の頭にこれまた十分な数の風船がくくりつけてあることを確認してから静かに目を閉じ、渾身の力で刀を首に差し込んだ。
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