15.放浪者

文字数 2,922文字

 その者たちは、扉の前で慎重に息を潜めていた。

 ここはとある塔の最上階。悪魔どもがはびこるこの大陸の中でも、最も危険な地域と言っても過言ではない場所。その場所で、彼らの仲間である一人の小男が、なにやら扉の向こうの気配を探っている。その背後にはやりを握る屈強な男と剣を握る同じくらい屈強な女が、険しい顔をして小男の一挙手一投足を見つめていた。
 そのさらに後ろには、つえを握った女が彼らに背中を向けている。恐らく彼女は背後から誰かがやって来ることを警戒しているのだろう。

「…………」

 小男はすぐ後ろにいる二人だけに見えるように小さくうなずくと、右手を二人に見せる。そして、ゆっくりと指を一本上げた。
 しかし、指はそこからさらに上がることはなく、1本、立てられたまま時間が経過していく。屈強な男女はそれでも微動だにせず小男の指を見つめている。その間も、後ろを向いている女は彼らの背中を守り続けている。

 かなり時間がたった頃、小男の指にようやく変化が訪れた。中指が少しずつ持ち上がり、やがて天を向く。残る指は3本。それを見つめる二人は、今まで以上に周到に身構えして、食い入るように他の指を見つめ続ける。

 ついに薬指、小指も上がり、最後の親指も動き始めた。ゆっくりと関節が曲がっていく指。それが完全に伸び切った瞬間、小男は開ききった手をパッと降るとその力を利用して素早く扉を押し開けた。

 その行動に少し遅れてやりの男も部屋に突入する。剣の女のほうは背後で後方の動向に集中するつえの女の肩をたたいてから部屋に押し入る。肩をたたかれた最後尾のつえの女は、肩の合図に素早く反応し、最後に扉を潜ると部屋の方を向き、後ろ手でピッタリと扉を閉めた。

 扉の中では、3体の巨大なデーモンが3体ともちょうど無防備な背中を向けていた。小男はこの3体が隙を作る瞬間を扉の前で確認していたのだろう。先頭を切るその小男が素早い動きで短剣を抜き、向かって左側の悪魔に駆け寄っていく。そのすぐ後ろに追随しているやりの男は、向かって右側の悪魔の背中めがけて走り寄る。中央の悪魔には女が剣を振りかぶって飛び掛かる、つえの女の肩をたたいた一瞬の遅れを取り戻すぐらいの勢いで。

 だが、悪魔たちも負けてはいなかった。突然の扉の開閉音と足音。それらの異常にすぐさま気付いた3体は、すぐさまこちらを振り向いて迎撃体制を取る。奇襲を受けたとはいえ彼らも恐ろしい悪魔たちである。1体で瞬時に村を滅ぼせるほどの力を持つ戦闘のスペシャリストである彼らは、手に持った炎をまとうハルバードのような得物を振り回し、やってくる小うるさいハエのような人間どもをすっかり亡き者にするつもりで応戦し始めた。

 そんな悪魔どもの攻撃はすさまじく、先手を取った3人はいずれも劣勢になっていた。しかし、果敢にも突っ込んでいった3人の命が今にも散ろうとするその寸前、部屋の中に無数の花が舞い飛んだ。

 その雪華は美しい軌跡を描いて3体の悪魔の元に舞い落ち、その瞬間、彼らの体を純白色に染める。目の前の命を無残に散らそうとしていた異形の者たちは、それっきり動かなくなった。

 悪魔らに向かう者たちのはるか後方、部屋の入口である扉の前に立っていたつえの女が詠唱した魔法が功を奏し、3体の悪魔を氷漬けにしたのである。
 彼女は魔法の効果を確認したあと、背にした扉の向こうの気配を探る。どうやら他の悪魔が加勢に来る気配はないようだ。そうだと分かった瞬間、彼女は息をはいて少しばかり落ち着いた。

 彼女の眼前では、3人の仲間たちが目の前の凍りついた悪魔に武器を振るっていた。彼ら悪魔たちの表皮は鉄板に匹敵する硬さだ。小男のような非力な者はもちろん、力自慢の他の二人でさえも簡単には断ち切れない。氷漬けにして動きを封じているとはいえ、悪魔たちはまだ恐らく意識がある。彼らは少しずつ少しずつ切り刻まれ、のたうち回りたくなるような痛みに苛まれながら、それでも動くことができずにその命を落としていくのだ。

 数刻ほど過ぎ、彼らの解体が無事に終わったあと、4人は部屋の最奥に置いてある悪魔たちが隠し持っていた宝箱に集まった。小男が丹念に鍵穴を見つめたりして、わなの有無を確認してから解錠する。
 箱の中には美しい盾と黄金でできた斧が入っていた。だがそれを見た途端、4人は4人ともがっかりとした表情になる。

「次、行くか」

 しばらくたってやりの男がぼそっとそう言ったのを合図に、彼らは別の部屋へと向かっていった。


 4人は、既にこの塔の中央に巣食っていた悪の権化である闇の神官を退治し、救国の英雄となっていた。しかし、多額の賞金や栄誉に与ることもせず、いまだに塔の最上階で神官復活をたくらみ続ける悪魔たちを相手にしていた。
 国王や国民たちは、英雄である4人は神官を復活させないために塔の最上階を注意深く見張ってくれているものだと思い込み、すっかり安心して塔の警備を任せきっていた。しかし、彼ら4人が塔をうろつくねらいは別のところにあったのである。

 神官を倒す以前から、4人は常々気になっていた。この国のお店、さまざまな武器や防具、旅に役立つ道具などが並ばれている棚の中に、一個だけ不自然な空間があることを。
 どんなアイテムを売りつけても、その空白に商品は置かれない。さまざまな悪魔どもから武器や防具などを奪って売りつけても、そこの部分だけはどうしても空白のままなのだ。
 きっと、まだ見つけていない珍品があるはずだ。そう思い、4人は躍起になって店に初めて手に入れた商品を売りつけた。そのためにはどんな悪魔も倒したし、彼らの武器や爪なども容赦なく奪い取っていった。

 しかし、それでもその空白は埋まらない。他の空白はすでに全て埋まっているというのに。

 4人は考えに考えた結果、一つの仮説を立てた。あの空白に埋まるもの。それは、闇の神官を倒したときに手に入るのではないだろうか、と。

 こうして彼らは神官を打倒し、救国の英雄となりはした。だが、彼らは正義のために闇を振り払ったのではない。ただ、お店の棚の全てがそろわない、そういう理由だけで悪を滅したのである。

 だが結局、神官を倒しても空白が埋まることはなかった。目的が達成できなかった彼らは、それでも諦めずに並み居る悪魔どもを倒し続けて最後の空白を、最後の商品を、最後のピースを埋めようとしている。

 なぜ、店主がその空白に置かれるべきアイテムの存在を把握しているのか。もしかしたら単なる気まぐれで一個開けてるんじゃないのか。もちろん4人の脳裏に、そんな疑問が思い浮かんだこともある。しかし、それでも彼らはお店の棚が全部埋まったところが見たい。あの空白にどうにかして商品を置きたい。その一心だけで命をとして悪魔たちと相対しているのだ。

 いつかその時は訪れてしまうかもしれない、彼らが最後のアイテムを手にし、満足してこの国を立ち去ってしまう時が。しかし、それでも国民たちは、彼らがいまだに塔の最上階を監視し、神官復活を阻止し続けていると信じるだろう。

 かつてキリストを侮辱し、再臨までさまよい続ける呪いをかけられたあの男のように。
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