18.BINGO!

文字数 3,842文字

 あれは数年ほど前、とあるパーティに呼ばれたときの出来事だった。

 そのパーティのあらましは今でもはっきりと覚えている。私の会社の同僚であり、友人でもあるOの誕生祝いのパーティだった。Oの奥さんがこのような企画を催すのが大好きで、よければともに祝ってほしいということで、私たち友人にも誘いの声がかかったのだと記憶している。
 だが正直な話、私はあまりこういった祝いごとの席が得意ではない。部屋でウジウジしながら小説でも読んでいるほうが好きなのだが、なぜかこのときは参加しようという気になった。Oとも長い付き合いだし、奥さんの勧誘という名のプレゼンも素晴らしかったからだ。その勧誘の際、この企画なら私たちも楽しめるに違いないという確信めいたものがあったこと。それと、このパーティを私たちが手伝うことで奥さんのOへの愛情を示すことの一助になればいいという思い。それらが胸に込み上がってきて、私は思わずパーティへの参加を承諾していたのだった。
 このパーティの参加者は、O夫妻、Oの同期である私、同じく同期のEさん、われわれより数年若手のNくん、私たちの上司で気が良くて慕われているYさんの計6人だった。
 Oの奥さんはパーティ開催日の少し前から、参加者である私たちと綿密に連絡を取り、練りに練った入念な計画を少しずつ披露していった。当日はサプライズにしたいので、O本人には絶対に秘密にしてほしいこと。そのために当日は開始の1時間前ぐらいには集合してほしいということ。食事代は基本的に材料費のみ徴収、ただ、持ち込んでくれるなら大歓迎だということ。あと、Oへのプレゼントは申し訳ないが自腹でお願いしたいということ。
 これらの計画は、この催しでもうけてやろうという下心など少しもなく、O本人はもちろん、私たち参加者の立場をも尊重し、心情的にも経済的にも非常に好もしいものだった。そういうこともあって、私を含めた4人の参加者もとても精力的に力を入れて準備をこなした。そして日々はあっという間に過ぎていき、気付けばパーティの当日が近づいていた。

 当日、私たちはOの奥さんの提案通り、サプライズのためにO宅に1時間前に集合した。私たち参加者は奥さんの指揮の下、美しいケーキと山盛りの食事が並ぶ部屋の指定された場所にクラッカーを持って身を隠し、消灯して待ち構える。
 やがて玄関の扉が開く音がして、「ただいまー」という少し気のない返事が聞こえてくる。待ちに待った今夜の主人公が帰ってきたのだ。私たちはみんなOの様子をうかがい、タイミングを計っている。
 彼はトイレに直行したようだが、そのトイレから出てきてこの部屋のドアノブに手をかける。その直後、部屋に入り込んで電灯のスイッチをつけた。その瞬間、
「happy birthday!」
という奥さんの掛け声を合図に、私たちは入り口に立つ彼にクラッカーを浴びせかける。Oは一瞬、驚いた顔をしたあと、一瞬でその顔をクシャクシャにして私たちと抱き合った。今日の計画のいちばん大切な部分が無事に成功したというわけだ。

 それから約15分後。

「いやあ、リビングが真っ暗だったからさ。とうとう愛想を尽かされて逃げられたかと思ったよ」
ケーキの皿を前にし、骨付き肉をかじりつつグラスを傾けるOはそんな冗談を披露する。私たちは、このパーティの準備を進めているときの奥さんの一生懸命なところを見ているので、そんなことがあるはずないのは分かりきっていた。そのため、会場は大きな笑いと和やかな雰囲気に包まれた。

 それからさらに1時間ほどたち、会場はまさに宴もたけなわといった頃、それは突然に始まった。



「じゃあ、そろそろ催し物のビンゴ大会を始めまーす」
唐突にOの奥さんの声が部屋中に響き渡ったのだ。

 ビンゴ大会? 私はその言葉を聞いてなぜか妙に嫌な予感がした。そして思わず今日のメンバーをもう一度確認する。そうだ、Oの奥さん以外の5人は、つい先日、会社で行われた新人歓迎会の際、最後までビンゴにならなかった運の悪い5人じゃないか。頭の中に妙な不安がよぎる。私たち5人はビンゴに関しては、すでに敗北者の烙印を押されているのだ。
 まあ、でも、ちょうどその時のリベンジ戦だと考えればいい。私はそう考え直し、頭の中に渦巻いた嫌な予感を無理に忘れ去ろうとする。そして、奥さんからビンゴのシートを1枚、もらい受けたのだった。
 シートが5人に行き渡った後、Oの奥さんから今回のビンゴの景品が発表される。
「1位はコーヒーミル、なんと6千円相当です。2位はBluetoothのイヤホン、これは確か3000円ぐらいだったかな。3位はア◯ゾンギフト券、1000円分」
私はこの言葉に思わずギクンと体を反応させてしまう。3位までということは、5人のうち2人が商品にありつけない敗北者ということになる。それは、こないだの歓迎会、そして今回のこの場でも勝利できない者が2人、発生するということ……。
 だが、ビンゴ大会を中止にするわけにはいかなかった。Oの奥さんが私たちにも内緒で企画してくれたこのゲームを、この前、俺らは負けてるからなんて理由で中止にする訳にはいかない。ならばリベンジしましょうよと返されてしまうのがオチだ。さらに敗北するものの気持ちも顧みずに。それに話を聞く限り、奥さんは1万円相当の景品をもう既に自腹で購入しているのだ。私の嫌な予感程度でおいそれとやめるわけには行かない。

 私はそんな現実を突きつけられ、忘れ去ろうとしていた心中の嫌な予感が、さらに確実な「何か」に変化していってるのをはっきりと悟った。なんだって世の中は、こうも勝者と敗者を分かとうとするのだ。商品総額はおおよそ1万円なのだから、全員が2000円相当のものをもらえる、そんなルールで十分じゃないか。
 ついさっきまで優しくて暖かな人だったOの奥さんが、今の私には地獄の鬼のように見えてきていた。そしてそんな彼女に恨みがましい目を向けようとした際、ちょうどゲームが始まったのだった。

「はい、まずは63!」
「46!」
「えーと、14!」
どんどん読み上げられていく数字。しかし私のシートは、いつまでたっても中央部のフリーの部分以外は開かない。

「リーチ!」
数巡目。若手のNくんが、ものすごい勢いであと一マスでそろうことを宣言する。その瞬間、われわれ4人に走る嫌な緊張。
「7番!」
「44!」
「51番!」
われわれの思いを知ってか知らでか、番号は無情に読み上げられていく。しかし私たちの間に動きはない……。かと思ったら、不意に私の横から素っ頓狂な声が聞こえた。
「あ、ごめん。そろってた」
Eさんだった。彼はどうやら本当にリーチを見逃していたらしく、Oの奥さんの傍らでしばらくその旨を説明していた。奥さんによる厳密な審議が行われ、その結果ビンゴが認められたらしく、Eさんは1等のコーヒーミルを手にして無事に勝者となった。

 Eさんがビンゴになってから6巡目。
「あ、リーチ」
上司であるYさんからうれしそうな声が飛ぶ。その一方で、先手を取ってリードしていたはずのNくんの顔から一気に悲壮感があふれ出す。

さらにその2巡目。
「リーチ」
「僕も」
私とOもこの順目でリーチとなった。これで4人全員がリーチで横一線。誰が2位になっても、誰が5位になってもおかしくない状況。みんなの顔に緊張が走る。運命の女神は私たち一人ひとりの表情を楽しむかのように見回しながら、機械をくるくると回転させる。

 そして、さらにその2巡目にそれは起こった。
「18番!」
「ビンゴ!」
「ビンゴ!」
喜びの声を上げたのは、Yさんと私だった。

 その後、奥さんの審議の結果、リーチが早かったYさんが2位となり、私はどうにか3位でギフト券をもらい受けることができた。また、1位のコーヒーミルを獲得したEさんはコーヒーをあまり飲まないということで、誕生日で主役のOにコーヒーミルを譲っていた。

 こうして楽しいパーティはお開きとなったのだが、問題はその後だった。

 この日から半年もしないうちに、パーティの主役であったOがふっと重い病にかかってしまったかと思うと、瞬く間にこの世を去ってしまったのである。そのさまは本当に風が木の葉を運び去っていってしまったかのようで、私たちはまだどこかに彼がいて、ひょっこり現れるんじゃないかと思っているぐらいだ。
 そして、Nくんもやはり鬼籍に入ってしまった。飲酒運転をしていた車が突っ込んだ歩道に運悪く居合わせてしまったらしい。

 二人が続けて世を去ったことを知ったとき、私は脳内であのときのビンゴゲームを思い浮かべていた。あのビンゴゲーム、いや、二つのビンゴゲームの敗者があっという間に二人とも世を去ってしまったのだ。これを偶然と片付けることももちろん可能だ。いや、大抵の人間はそう片付けてしまうだろう。だが、あのとき、O宅でのビンゴゲームを始める前に私を襲った嫌な予感、あれはどう説明をつければいいのだろうか。あのときの予感は、明らかに敗者━━あの日のビンゴの敗者に重大な災いが起こる予感だったのではなかったか。

 でも、このことはいまだに誰にも打ち明けていない。

 それは、亡くなった2人にどこか申し訳ない気がするし、何より、あのビンゴゲームを開催し、夫を亡くして以降、気が触れてしまい、病院で亡き夫の形見のコーヒーミルを空のままガリガリと回し続けているOの奥さんにも悪い気がするから。
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