クライアント

[ミステリー]

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 見合い写真の女を、高校の後輩は必殺遊び人の横村美枝と言っていた。

「いい娘だろう。俺が未婚で若けりゃあ、これを独りにしておかねえぞ。兄貴が死んで、十四年だ。早く嫁さんもらって、親を安心させろ」
「俺はまだそんな気はないよ」
 俺は見せられた見合い写真に見覚えがあった。歳は四つ下だ。高校の後輩で大学紹介を依頼されて高校へ行ったとき、教室の最前列に座って俺の説明を聞くより俺を見ていた女だ。高校の後輩の男たちは必殺遊び人の横村美枝と言っていた。

「そう言うな。俺の顔を立てると思って会ってみろ。日取りは三日後の土曜だ。末広町の乾隆亭を午後五時に予約しといた。普段着でいい。二人だけで会ってみろ」
 叔父の小田和好はそう言って見合い写真を指差した。

 この叔父はいつもこうだ。他人の意志など無視して一方的に自分の考えを押しつける。それがため、生前の父小田義孝は叔父を我家に出入り禁止にした。父は剣道五段で強かった。何事につけても勝っていた父だったから叔父は黙って父に従った。父が生きている間、叔父は我家に来なかった。
 父が他界すると葬儀後、叔父は事あるたびに理由をつけて我家に来た。婚約者がいる姉に見合いを無理強いして婚約を破棄させようとしたり、晩婚だった母を老人ホームへ入れる予約を強要したり、我家の家庭事情に口出しした。
 俺は叔父が何か企んでいるのはわかっていたが、俺はその事を叔父に言わなかった。その俺の態度が、さらに叔父の行動に拍車をかけた。その事を俺はわかっていた。
 俺が幼い頃、叔父は独身で優しかったし、我家の事にはいっさい口出ししなかった。俺の心のどこかに独身時代の叔父が潜んでいて、何かをきっかけに昔の叔父に戻る気がしていた。そんな事は有り得ないのに・・・。

「結婚する気はない。会うだけだぞ。俺にも好みがある」
「まだ、女もいねえだろう。偉そうに言うな。ほれ、しっかり持ってろ」
 叔父は俺に見合い写真を押しつけた。
「ジーパンにトレーナーで行くが、それでいいな?」
「ああ、かまわん。会えば気が変わる」
 そう言って叔父は帰っていった。

「まったくお前も人がいいんだから。はっきり断わればいいんだよ。
 断れなかったら、結婚相手がいるくらいな、はったりを言えばいいんだ。隣の美代ちゃんも、妙ちゃんも、お前のファンだわさ。嫁にくれと一言いえば、ふたつ返事だわさ」
 言葉づかいは悪いが、こういう母は、これでも元内閣府勤務の国家公務員だ。