第19話 遺志あるごとく

文字数 583文字

 少し早いが故郷の山野へ暮れの挨拶に行く。
山にシキビは自生してるが、荒れていて手折ることはできない。
高野槙と水仙を家の庭から切って持参した。

 墓地の対岸に生家はある。樹木に覆われた屋敷の遥か上の方に
明るい色の一角が見え隠れしている。

 突然、弟が「裏山にみかんがなっている」と叫ぶように言う。
「そんなはずないわ」目を凝らすと確かにみかん山の上部のあたりだ。

 明るい色は、みかん色の一群であるようだ。

 ものすごい勢いで原野に復したから、今、私の足では登ることはできない。
よしんば登れたとしても、手入れされていない蜜柑は、皮は厚く味も保証
できない。あれは、きっと十満を植樹していた畑だろうと想像はつく。

 忘れ去られて十数年。雑木に脅かされながら、野獣に喰われながら
季節が来たら花をつけ、実を結び、蜜柑色を放っているのは兄の育てた
十満だろう。自慢の十満の蜜柑に、言い知れぬ遺志を感じて、甥に話した。
というより、半ば命令調で手折ってくるよう依頼した。

 あの畑までの索道は今も通っている。発電機も索道も往時のまま残っている。
 ああ、人の世は、哀しからずや、愛しからずや。

 人生の儚さを兄の遺した故郷の草木を通して感じる。

 兄の「十満」はみかんの種類であって、元来皮が厚く硬いので越冬し春を
待って出荷していたものであった。

 兄の遺産「十満」の届くを首を長うして……冬の日は短い。

 





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