第22話 おとうと(3)

文字数 539文字

 「高橋仲蔵という家をし知りませせんか」「さあね」
「あのう山本製材の近くです」同じことを何度か繰り返したことか
「西じゃ、東じゃ」と言われても方向が全くわからない。
「右ですか、左ですか」と幾度も尋ねて3ツ合橋の真ん中に立ったら、
もう近いぞと元気が出てきた。橋の前方を左に折れる。その辺りに
目指す家はあるはずだ。

 玄関に現れた春江おばさんを見て嬉しくて泣きそうになった。
おばさんは私たちの姿を見てひどく驚いていた。

 しどろもどろの話を了解したか、やがておばさんは、骨つぎの
医院へ案内してくれた。

「折れてはいないけど大きなヒビが入っているので動かさないように」
添え木をした手は大仰に首から吊り下げられていた。安堵したのだろう
弟の声が戻った。

 一方私は、気が気でなかった。というのも全財産を持ってはきたが
「なんぼ要るのか、足らなかったらどうしよう」と不安が募った。
「ままよ、なんとかなるわ」の根性はなく、オロオロしていたのだろう。
心配は杞憂に終わり、巾着にはまだ余裕があった。記憶はここまで。

 4年生の少女には荷が重すぎたのだ。精魂尽きたのだよう。
帰りに乗ったバスのことも、帰って怒られたであろうことも、すっかり
消え失せ私の備忘録には、何も残っていない。
 忘却することは良いこともある。


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