第8話 心のこりて

文字数 603文字

 長兄の五年生を頭に次兄、私と一歳に満たない弟。
四人の兄弟は父の義母である「イチ」若婆さんによって
育てられた。若婆さんは、あの小さい体のどこから、力
が湧くのか?不思議に思った。博識家ではあったが、文盲。
「そんなことしていたらこの家は南へ向いて立っとらん」
叱咤する。祖母の口癖だった。
 既述の通り私の記憶の回路は母の葬儀の日から始まっ
ている。父の記憶も然り。
 宿命か、因縁か、人の思惑では如何ともしがたく総て
天の采配であったとお思う。
 兄の心遣いによって、 運命共同体の私たち兄弟は
人も羨ましがるほど仲がよかった。

 私たちの育った古い家は、(築九十六年)大改造もされないまま、 
私のつけた背位の丈の柱の傷は今も残り、屋敷は草に覆われている。
白壁の土蔵の白さが目にも心にも刺さる。
 兄の自慢の蜜柑山も、父が幾年もかけて開墾した果樹園も
蔦に覆われてしまった。原野に戻るスピードは早い。
 時の流れで片付けるには余りにも無念、残念である。

 幼少のころよりルーツに関心を持った少女は、
「うん。それから」と祖母や父、叔父や叔母からも昔話を
真剣に聞き出していた。
それらを貯えて「門」のルーツの骨子にした。

 これは、ここ一五○年の間の、なまの生きたドラマである。
 敗戦から七十五年。変革の大きなうねりの渦に埋没して
「お家大事は」は物語になった。
 ここに村の歴史とともに、累々と、細やかに継がれてきた
「門」の歴史は終わった。

 
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