第15話 消えた弾(2) 

文字数 679文字

 戦時中の教育がしっかり体に染み込んでいる私は、敵弾を受けながら
「天皇陛下、万歳」と叫んだという父の姿を想像して、身体が熱くなり
父を誇らしく思った。
「けんどなあ、その後、担架に乗せられて壕へ避難している時、再び掃射
を浴びた。そしたら担架を運んでいた戦友は、担架を投げ捨て我先にと壕
へ逃げ込んだ。それを半死の朦朧とした目で見ていた」
「なんなのひどいなあ」
「けど、その時わしは『生きたい死にたくない』と切実に思うた。わしを
置いて逃げた連中も、自分は助かりたい。生きたいと思ったのだ」
私は、胸迫ってついてゆけず言葉が続かなかった。

 勇ましい兵隊さんの話を聞かされて育った「軍国少女」の私は、戦争の
惨めさ、命の尊さをこの時初めて子供なりに知った。

 何年かして健康を取り戻した父は、農地開放で失った土地を補おうと開
墾に精を出し、家族は貧しいながらも平安な暮らしが、しばらく続いた。

 成人した私は大阪で働いていた。
若いころは、草相撲の力士で相撲好きな父は、大阪場所を見に来阪。
相撲見物を口実に私の様子を見にきたのだろう。相撲も見ずに一泊
しただけだった。

 翌日、父は天保山から船で帰郷。あきつ丸は「ボーッ」と汽笛を残
して出航した。立ち去り難く、私は、船が見えなくなるまで岸壁に立
ち尽くしていた。これが元気な父を見た最後である。

 2カ月後、脳軟化症で倒れ、更に3年を経て59年の波乱の人生に
幕を下ろした。
 父を荼毘に付した後、生涯を共にした弾を探したが見つからなかった。
「弾はもう灰になったんじゃ」兄の声に頷きながら、
「天皇陛下、万歳」の父の声が聞こえてくるような気がした。




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