第5話 勝負への想い その2
文字数 5,041文字
十匹全てが紫電を睨んでいる。魂も知性もないので、空蝉の命令だけに忠実な彼の眷属だ。
「俺がたかがハチ程度に怯むと思うかよ? ガキの頃キイロスズメバチに刺されたが、その時ですら泣かなかったぜ?」
そして今も、電霊放で撃ち落とすつもりだ。ロッドをハチに向ける。
「そうさせると思うか、馬鹿?」
また、空蝉の応声虫の雑音が始まった。耳を塞がずにはいられないほど、大きな音だ。
「く、これは辛いぜ……!」
電霊放を撃つには、先ほどと同じく頭を下げる必要がある。だがそれをすると、飛んで来るスズメバチを見失うので当てられない。
「さあ紫電、どうだ? どう出る?」
迫りくるハチに対し、紫電は、
「こうだ!」
電磁波のバリアを繰り出し、ハチを倒した。
「そう来ると思っていた! 動きが予想できるぞ? 上だけに気を取られていては、足元をすくわれる」
ハチをさばくことはできたのだが、実は地面の上をサソリが歩いていて紫電の足を刺した。
「ば、馬鹿な……!」
既に第二波を打っていたのである。
「くそっ! これじゃあ負ける……」
心が弱い方に流れていくのを、自分でも感じる。
(待て俺! ここで空蝉に負けたら、挑戦はなかったことになっちまうんだぞ! 負けられねえんだ! 一矢報いろ! この状況を打破する一手を、考えるんだ!)
しかしそんな弱った気分はここで終わらせる。
「ぬぅおおおおおおおおおおおお!」
雄叫びを上げ、紫電が選んだ行動。それはシンプルだ。
「何い? き、君……! 耳が痛くないのか! 平気なのか?」
耳を塞ぐことをやめたのだ。
「どうせ塞いでも音は俺の脳を揺さぶるんだしよ、だったら手が無駄じゃねえか! 俺は電霊放でお前を撃つぜ!」
当然騒音には精神力で耐えなければいけないが、手の自由が利くのは非常に大きなアドバンテージだ。
「マズい、来る! ここはクワガタだ…」
「させるかよ!」
生み出された虫を、すぐに電霊放で撃ち落とす。足元にもタランチュラがいて、それも忘れずに破壊する。
「ぜやあああああああああああっ!」
一気に距離を縮め、両手を振り上げると同時にクロスさせた。もちろんダウジングロッドは電気を帯びており、それを空蝉に直に流し込むのだ。
「ば、がっ!」
さらに追撃。十字を成した腕を振り下ろすと同時に解放させる。この時にも電撃を相手に与える。
「べべあぁぁあああ………」
かなりいい二撃が入った。その証拠に空蝉、立っていられず膝が曲がって地面に崩れた。
「どうだ、空蝉!」
勝ち誇った紫電。しかし彼の足を空蝉は掴む。
「まだ、終わってないぞうつけもの! 勝ったと思ったか? 違う! 電霊放の弱点は知っている。負傷を覚悟で君を近づけてやったんだ……」
これはやせ我慢ではない。紫電は地面を這いずる空蝉にロッドを向けたが、
(駄目だ……。今ここでコイツを撃ったら、腕を通って俺に電気が逆流する!)
ならば蹴り飛ばせばいい。そう思ってすぐに足を動かしたが、逆に激痛が走った。
「遅い! もう既におれは、サソリを生み出し君の足を刺した! 毒はないが、痛みは味わえ!」
それも十数匹が一気に針を彼の足に突き刺しているのだ。
「おおお、ぐううう!」
この小さな虫たちは帯電したロッドで払いのけることはできるが、やはり問題は空蝉本体である。立ち上がると同時に今度は紫電の手首を掴んだ。
「メっ!」
物凄い握力だ。骨が砕けそうである。そして手首に力を加えられると、手の力が抜けていく。ダウジングロッドが今、手から抜けて落ちた。
「これがいけないアイテムだな。予め壊しておこう」
勢いよく踵で踏みつける空蝉。柄の部分は砕け、ロッドはひん曲がってしまった。
「もう一方も無力化しておくか!」
「させるか!」
迫りくる手にロッドを向ける。
「撃てるのかよ? この状態だと君まで感電するだろう?」
無理だ、危険すぎる。それは電霊放に精通している紫電が一番よくわかっている。
「はああああ!」
そうと知っていて紫電は、空蝉の右手……彼の左手首を掴む手にロッドを押し付けた。
「こ、コイツ……。気でも狂ったのか!」
空蝉の腕に電気が流れる。当然だが紫電の体にも。
(く、ヒリヒリくるぜ……。でもこうしないと、この状況から脱出できねえ! 今は耐えるしかねえんだ!)
先に痺れに耐え切れなくなったのは、空蝉の方だ。手を離してしまった。
「この距離でそれは、ちと危険じゃねえのか?」
「うっ!」
もう一度紫電のことを掴むよりも前に、紫電は電霊放を撃った。この至近距離、外れることはない。
が、
「また、だ……。また虫が邪魔しやがる…!」
横に割り込んできた大きなガが、電霊放を受け止めたのである。もちろんこれは応声虫によって生み出された虫だ。
「無視できないだろう、虫を!」
舐められているのか、そんな冗談まで言われる。
ここで紫電は後ろに飛んで距離を取った。
(マズいな。直流ししねえと電霊放をくらわせられねえ。が! そうすると体を掴まれて俺にも電気が流される! 出かける時には戦う予定がなかったから今日はアース線がねえし、逆流を防げねえ…。離れようが近づこうが電霊放を撃つと、アイツが生み出す虫に阻まれる! 厄介だぜ……。何か策がねえと、勝てねえ…!)
しかもマズいことに、ダウジングロッドは今あと一つしかない。これを失ったら、電霊放すら撃てなくなり、勝ち目が完全になくなる。
こんな絶望的な状況であるにもかかわらず、何故か紫電の口元はニヤリと動いた。
(初めてかもな、こんなに追い込まれんのは。俺、どうやって切り抜ける? それ考えるとワクワクするぜ。解決策を編み出せたら、成長できる! 緑祁との勝負に近づけて、しかも勝利が見える!)
空蝉という予想外の強敵を前にし、倒すことさえできれば膨大な経験値が獲得できると思うと心に心地よい感情が広がるのだ。
「何を笑っている、アホ!」
紫電の表情を見て空蝉は怒鳴った。
「今、チンケな妄想に現を抜かす時ではないだろう? おれが相手をしてるんだ、勝負に集中してもらわないと困るぜ? 下手すりゃ君、予想外の大怪我だ。でもそれは勝負を舐めた君が悪いのであって、おれは負けを認めないからな!」
「ああ、いいぜそれで。そんな奇策のようで実は卑怯な戦術、俺にはいらねえからよ!」
「いい返事だ。では、勝負再開!」
一度両者ともに態勢を直し、そして向き合う。
紫電は右手に残る一つのダウジングロッドに勝負をかける。
(これも壊されたら、その時は俺の負けだぜ……)
今日、予備のロッドはない。それに彼はこれを使わないと強靭な電霊放を撃てない。攻撃手段がなくなったら、その時は諦めて白旗を揚げる。
(そうならないようにするのが、俺の務めだぜ!)
しかし、その万が一の時は来ない。断言できる。
(ここで俺は、勝つ!)
この戦いをどこかで緑祁が見ていて、自分が跪いたら笑うような気がするのだ。そう思うと闘志が湧いてきた。
一方の空蝉も、勝つつもりでいる。
(こんな小僧にまけるわけにはいかない! 金がもらえなくなるし、いつもの仲間の顔に泥を塗ってしまうからな。それだけは避ける! だから紫電、悪く思うな! おれの勝利の糧となれ!)
今回先に動いたのは、空蝉だ。腕を振り回してスズメバチの弾幕を生み出し、さらに手と手をこすり合わせてノイズも出す。応声虫を最大限活用した戦術。
「どうだ、紫電! ハチと音を両方ともかわせるか?」
耳を貫く雑音だが、紫電は堪える。
「俺からも行くぜ!」
電霊放だ。何発か、撃ち込む。
「無駄だ。その電気はハチに遮られおれには届かない。それに紫電、実はきみの方が、かなり不利なんだぞ?」
そう、空蝉の言う通りだ。
応声虫は最悪、体を動かせればそれだけで発現できる。だが紫電の電霊放はどうだ? 勘違いされがちだが、霊気を電気に変換しているのではない。電池や静電気など、既に存在している電気を操る霊障なのだ。
「お前が狙ってんのは、電池切れか……!」
だからこの場合の電霊放には、バッテリー上限というリミットがある。電池に蓄えられている電力を放出し切ってしまうと、いくらダウジングロッドが残っていてももう撃ち出せない。紫電は静電気を扱うことはできないので、予め用意した電力が尽きればそこまで。今日は病院の除霊が目的で、予備の電池もない。
「そうだ間抜け! おれが生み出す虫に夢中で気づかなかったか? 甘いな、甘すぎる!」
空蝉は自身の狙いを看破されても強気だった。
「ならば望み通りにしてやるぜ! 残った電力、全部撃ち尽くしてやる!」
そして何を思ったのか、紫電もその話に乗る。
「うりゃああああおおお!」
凄まじい稲妻が走り、ハチを一気に数十匹も払いのける。
「どうした紫電? 音は空気の振動でもある。体が震えてちゃんと狙えてないんじゃないか? 今の電霊放、全然見当違いな方向に飛んだぞ?」
言う通りだ。紫電は気づいていないが、空気が揺れ動きそれが彼の体も振るわせている。だからなのか狙いが雑になり、今のは空蝉の右横二メートルを飛んだ。
「何の!」
口では強がるものの、電霊放は正直だ。また、空蝉に当たらない。数発が空しく明後日の方角に飛んで行った。
「無様だな、腰抜け! 所詮君はおれの敵ではなかった……。素直に今回の挑戦、諦めろ。恨みっこなしだ!」
最後の仕上げをするために、空蝉は応声虫でカブトムシとクワガタを繰り出した。両方とも、手のひらよりも大きなサイズ。
「あと一発! それが限界だ」
「ん?」
急に紫電は自己申告してきたのである。
「今の俺のダウジングロッド、その中にある電池では、どんなに頑張ってもダメージを与えられそうな電霊放は一発しか撃てねえ」
「それが本当なら、このカブトムシとクワガタのどちらかは防げないってことだな? でも油断を誘うための嘘かもしれないな……念には念を!」
足をバタバタ動かすと、クモやムカデやサソリが大量に生み出される。
「………」
数秒、空蝉は紫電のことを観察した。
(もしさっきの言葉が本当なら、これを見て嫌な汗をかくと思うが…? 出さないか。じゃあ油断させるための嘘だ。電霊放はあと数発は撃てそうだ。やはりハチで壁を作っておこう)
腕を動かし準備は整えた。
「では、いくぞ紫電。最後の攻防だ!」
「ああ、かかってきな!」
生み出された虫たちの視線が、一斉に紫電に向く。飛べる虫はガムシャラに飛び、飛べない虫もジグザグに走り出した。
「応声虫を舐めた君の負けだ、紫電!」
「おりゃあああああ!」
紫電は一発、電霊放を撃った。しかしそれは虫に当たらず、空蝉にも当たらない。
「空振りだな、残念。このノイズの中では正確な狙いなどできるはずがない」
だがここで奇妙なことが起きる。紫電はダウジングロッドの先を空蝉に向けたままなのだ。二発目を撃って来ない。虫が迫ってきているのに、電磁波のバリアも展開しない。
「なるほど……。一発しか撃てないというのは本当だったらしいな! 虫ども、たたみかけろ!」
この不自然な動きに対し、空蝉は警戒するべきだった。
直後、彼の後ろから電霊放が飛んできたのだ。しかも意識が飛びそうなほど、かなりの高威力だ。
「ぐはっ! ば、馬鹿な……? 後ろから飛んで来る、だと………!」
信じられない。電霊放を曲げること自体はあり得るが、できる人とできない人がいる。今までの戦いを見て空蝉は、紫電は後者と判断した。それは間違ってはいない。狙いは正確だが、紫電は電霊放を曲げれない。
「でもよ、俺が電霊放を外すことはあり得ねえことだぜ?」
「な、何を言って! さっきから、外しまくって………。あ、あああっ!」
倒れる際、空蝉は後ろを見た。その視線の先には、フェンスしかない。
「そうだ。俺が狙ってたのはフェンスだよ。ここのフェンスは金属製で、少しぐらいなら帯電させられる。お前が外したと思っていた分全部、蓄えておいた! そしてこうしてロッドを突き出しておけば、フェンスからの電霊放を受け止めることが可能。その道中にお前がいたら、当たるだろうよ……」
だから紫電はさっき、ダウジングロッドの電池では一発が限界、と言ったのだ。これは言い換えれば、他の電気を使えば何発かは撃てるということである。
「み、見事だ、紫電……!」
地面に倒れた空蝉は気を失う前に、そう呟いた。そして気絶してしまったので、応声虫も解かれてしまい虫は消え音も止んだ。
「俺がたかがハチ程度に怯むと思うかよ? ガキの頃キイロスズメバチに刺されたが、その時ですら泣かなかったぜ?」
そして今も、電霊放で撃ち落とすつもりだ。ロッドをハチに向ける。
「そうさせると思うか、馬鹿?」
また、空蝉の応声虫の雑音が始まった。耳を塞がずにはいられないほど、大きな音だ。
「く、これは辛いぜ……!」
電霊放を撃つには、先ほどと同じく頭を下げる必要がある。だがそれをすると、飛んで来るスズメバチを見失うので当てられない。
「さあ紫電、どうだ? どう出る?」
迫りくるハチに対し、紫電は、
「こうだ!」
電磁波のバリアを繰り出し、ハチを倒した。
「そう来ると思っていた! 動きが予想できるぞ? 上だけに気を取られていては、足元をすくわれる」
ハチをさばくことはできたのだが、実は地面の上をサソリが歩いていて紫電の足を刺した。
「ば、馬鹿な……!」
既に第二波を打っていたのである。
「くそっ! これじゃあ負ける……」
心が弱い方に流れていくのを、自分でも感じる。
(待て俺! ここで空蝉に負けたら、挑戦はなかったことになっちまうんだぞ! 負けられねえんだ! 一矢報いろ! この状況を打破する一手を、考えるんだ!)
しかしそんな弱った気分はここで終わらせる。
「ぬぅおおおおおおおおおおおお!」
雄叫びを上げ、紫電が選んだ行動。それはシンプルだ。
「何い? き、君……! 耳が痛くないのか! 平気なのか?」
耳を塞ぐことをやめたのだ。
「どうせ塞いでも音は俺の脳を揺さぶるんだしよ、だったら手が無駄じゃねえか! 俺は電霊放でお前を撃つぜ!」
当然騒音には精神力で耐えなければいけないが、手の自由が利くのは非常に大きなアドバンテージだ。
「マズい、来る! ここはクワガタだ…」
「させるかよ!」
生み出された虫を、すぐに電霊放で撃ち落とす。足元にもタランチュラがいて、それも忘れずに破壊する。
「ぜやあああああああああああっ!」
一気に距離を縮め、両手を振り上げると同時にクロスさせた。もちろんダウジングロッドは電気を帯びており、それを空蝉に直に流し込むのだ。
「ば、がっ!」
さらに追撃。十字を成した腕を振り下ろすと同時に解放させる。この時にも電撃を相手に与える。
「べべあぁぁあああ………」
かなりいい二撃が入った。その証拠に空蝉、立っていられず膝が曲がって地面に崩れた。
「どうだ、空蝉!」
勝ち誇った紫電。しかし彼の足を空蝉は掴む。
「まだ、終わってないぞうつけもの! 勝ったと思ったか? 違う! 電霊放の弱点は知っている。負傷を覚悟で君を近づけてやったんだ……」
これはやせ我慢ではない。紫電は地面を這いずる空蝉にロッドを向けたが、
(駄目だ……。今ここでコイツを撃ったら、腕を通って俺に電気が逆流する!)
ならば蹴り飛ばせばいい。そう思ってすぐに足を動かしたが、逆に激痛が走った。
「遅い! もう既におれは、サソリを生み出し君の足を刺した! 毒はないが、痛みは味わえ!」
それも十数匹が一気に針を彼の足に突き刺しているのだ。
「おおお、ぐううう!」
この小さな虫たちは帯電したロッドで払いのけることはできるが、やはり問題は空蝉本体である。立ち上がると同時に今度は紫電の手首を掴んだ。
「メっ!」
物凄い握力だ。骨が砕けそうである。そして手首に力を加えられると、手の力が抜けていく。ダウジングロッドが今、手から抜けて落ちた。
「これがいけないアイテムだな。予め壊しておこう」
勢いよく踵で踏みつける空蝉。柄の部分は砕け、ロッドはひん曲がってしまった。
「もう一方も無力化しておくか!」
「させるか!」
迫りくる手にロッドを向ける。
「撃てるのかよ? この状態だと君まで感電するだろう?」
無理だ、危険すぎる。それは電霊放に精通している紫電が一番よくわかっている。
「はああああ!」
そうと知っていて紫電は、空蝉の右手……彼の左手首を掴む手にロッドを押し付けた。
「こ、コイツ……。気でも狂ったのか!」
空蝉の腕に電気が流れる。当然だが紫電の体にも。
(く、ヒリヒリくるぜ……。でもこうしないと、この状況から脱出できねえ! 今は耐えるしかねえんだ!)
先に痺れに耐え切れなくなったのは、空蝉の方だ。手を離してしまった。
「この距離でそれは、ちと危険じゃねえのか?」
「うっ!」
もう一度紫電のことを掴むよりも前に、紫電は電霊放を撃った。この至近距離、外れることはない。
が、
「また、だ……。また虫が邪魔しやがる…!」
横に割り込んできた大きなガが、電霊放を受け止めたのである。もちろんこれは応声虫によって生み出された虫だ。
「無視できないだろう、虫を!」
舐められているのか、そんな冗談まで言われる。
ここで紫電は後ろに飛んで距離を取った。
(マズいな。直流ししねえと電霊放をくらわせられねえ。が! そうすると体を掴まれて俺にも電気が流される! 出かける時には戦う予定がなかったから今日はアース線がねえし、逆流を防げねえ…。離れようが近づこうが電霊放を撃つと、アイツが生み出す虫に阻まれる! 厄介だぜ……。何か策がねえと、勝てねえ…!)
しかもマズいことに、ダウジングロッドは今あと一つしかない。これを失ったら、電霊放すら撃てなくなり、勝ち目が完全になくなる。
こんな絶望的な状況であるにもかかわらず、何故か紫電の口元はニヤリと動いた。
(初めてかもな、こんなに追い込まれんのは。俺、どうやって切り抜ける? それ考えるとワクワクするぜ。解決策を編み出せたら、成長できる! 緑祁との勝負に近づけて、しかも勝利が見える!)
空蝉という予想外の強敵を前にし、倒すことさえできれば膨大な経験値が獲得できると思うと心に心地よい感情が広がるのだ。
「何を笑っている、アホ!」
紫電の表情を見て空蝉は怒鳴った。
「今、チンケな妄想に現を抜かす時ではないだろう? おれが相手をしてるんだ、勝負に集中してもらわないと困るぜ? 下手すりゃ君、予想外の大怪我だ。でもそれは勝負を舐めた君が悪いのであって、おれは負けを認めないからな!」
「ああ、いいぜそれで。そんな奇策のようで実は卑怯な戦術、俺にはいらねえからよ!」
「いい返事だ。では、勝負再開!」
一度両者ともに態勢を直し、そして向き合う。
紫電は右手に残る一つのダウジングロッドに勝負をかける。
(これも壊されたら、その時は俺の負けだぜ……)
今日、予備のロッドはない。それに彼はこれを使わないと強靭な電霊放を撃てない。攻撃手段がなくなったら、その時は諦めて白旗を揚げる。
(そうならないようにするのが、俺の務めだぜ!)
しかし、その万が一の時は来ない。断言できる。
(ここで俺は、勝つ!)
この戦いをどこかで緑祁が見ていて、自分が跪いたら笑うような気がするのだ。そう思うと闘志が湧いてきた。
一方の空蝉も、勝つつもりでいる。
(こんな小僧にまけるわけにはいかない! 金がもらえなくなるし、いつもの仲間の顔に泥を塗ってしまうからな。それだけは避ける! だから紫電、悪く思うな! おれの勝利の糧となれ!)
今回先に動いたのは、空蝉だ。腕を振り回してスズメバチの弾幕を生み出し、さらに手と手をこすり合わせてノイズも出す。応声虫を最大限活用した戦術。
「どうだ、紫電! ハチと音を両方ともかわせるか?」
耳を貫く雑音だが、紫電は堪える。
「俺からも行くぜ!」
電霊放だ。何発か、撃ち込む。
「無駄だ。その電気はハチに遮られおれには届かない。それに紫電、実はきみの方が、かなり不利なんだぞ?」
そう、空蝉の言う通りだ。
応声虫は最悪、体を動かせればそれだけで発現できる。だが紫電の電霊放はどうだ? 勘違いされがちだが、霊気を電気に変換しているのではない。電池や静電気など、既に存在している電気を操る霊障なのだ。
「お前が狙ってんのは、電池切れか……!」
だからこの場合の電霊放には、バッテリー上限というリミットがある。電池に蓄えられている電力を放出し切ってしまうと、いくらダウジングロッドが残っていてももう撃ち出せない。紫電は静電気を扱うことはできないので、予め用意した電力が尽きればそこまで。今日は病院の除霊が目的で、予備の電池もない。
「そうだ間抜け! おれが生み出す虫に夢中で気づかなかったか? 甘いな、甘すぎる!」
空蝉は自身の狙いを看破されても強気だった。
「ならば望み通りにしてやるぜ! 残った電力、全部撃ち尽くしてやる!」
そして何を思ったのか、紫電もその話に乗る。
「うりゃああああおおお!」
凄まじい稲妻が走り、ハチを一気に数十匹も払いのける。
「どうした紫電? 音は空気の振動でもある。体が震えてちゃんと狙えてないんじゃないか? 今の電霊放、全然見当違いな方向に飛んだぞ?」
言う通りだ。紫電は気づいていないが、空気が揺れ動きそれが彼の体も振るわせている。だからなのか狙いが雑になり、今のは空蝉の右横二メートルを飛んだ。
「何の!」
口では強がるものの、電霊放は正直だ。また、空蝉に当たらない。数発が空しく明後日の方角に飛んで行った。
「無様だな、腰抜け! 所詮君はおれの敵ではなかった……。素直に今回の挑戦、諦めろ。恨みっこなしだ!」
最後の仕上げをするために、空蝉は応声虫でカブトムシとクワガタを繰り出した。両方とも、手のひらよりも大きなサイズ。
「あと一発! それが限界だ」
「ん?」
急に紫電は自己申告してきたのである。
「今の俺のダウジングロッド、その中にある電池では、どんなに頑張ってもダメージを与えられそうな電霊放は一発しか撃てねえ」
「それが本当なら、このカブトムシとクワガタのどちらかは防げないってことだな? でも油断を誘うための嘘かもしれないな……念には念を!」
足をバタバタ動かすと、クモやムカデやサソリが大量に生み出される。
「………」
数秒、空蝉は紫電のことを観察した。
(もしさっきの言葉が本当なら、これを見て嫌な汗をかくと思うが…? 出さないか。じゃあ油断させるための嘘だ。電霊放はあと数発は撃てそうだ。やはりハチで壁を作っておこう)
腕を動かし準備は整えた。
「では、いくぞ紫電。最後の攻防だ!」
「ああ、かかってきな!」
生み出された虫たちの視線が、一斉に紫電に向く。飛べる虫はガムシャラに飛び、飛べない虫もジグザグに走り出した。
「応声虫を舐めた君の負けだ、紫電!」
「おりゃあああああ!」
紫電は一発、電霊放を撃った。しかしそれは虫に当たらず、空蝉にも当たらない。
「空振りだな、残念。このノイズの中では正確な狙いなどできるはずがない」
だがここで奇妙なことが起きる。紫電はダウジングロッドの先を空蝉に向けたままなのだ。二発目を撃って来ない。虫が迫ってきているのに、電磁波のバリアも展開しない。
「なるほど……。一発しか撃てないというのは本当だったらしいな! 虫ども、たたみかけろ!」
この不自然な動きに対し、空蝉は警戒するべきだった。
直後、彼の後ろから電霊放が飛んできたのだ。しかも意識が飛びそうなほど、かなりの高威力だ。
「ぐはっ! ば、馬鹿な……? 後ろから飛んで来る、だと………!」
信じられない。電霊放を曲げること自体はあり得るが、できる人とできない人がいる。今までの戦いを見て空蝉は、紫電は後者と判断した。それは間違ってはいない。狙いは正確だが、紫電は電霊放を曲げれない。
「でもよ、俺が電霊放を外すことはあり得ねえことだぜ?」
「な、何を言って! さっきから、外しまくって………。あ、あああっ!」
倒れる際、空蝉は後ろを見た。その視線の先には、フェンスしかない。
「そうだ。俺が狙ってたのはフェンスだよ。ここのフェンスは金属製で、少しぐらいなら帯電させられる。お前が外したと思っていた分全部、蓄えておいた! そしてこうしてロッドを突き出しておけば、フェンスからの電霊放を受け止めることが可能。その道中にお前がいたら、当たるだろうよ……」
だから紫電はさっき、ダウジングロッドの電池では一発が限界、と言ったのだ。これは言い換えれば、他の電気を使えば何発かは撃てるということである。
「み、見事だ、紫電……!」
地面に倒れた空蝉は気を失う前に、そう呟いた。そして気絶してしまったので、応声虫も解かれてしまい虫は消え音も止んだ。