第3話 黒ずんだ緑 その3

文字数 2,873文字

「そこまでするかい?」

 ここで緑祁が、そんなことを呟く。そして霊障合体・台風を繰り出した。渦巻く風に乗せられた水が、周囲に降り注ぐ。

「強い……! 圧を感じる!」

 完全に手加減なしの霊障合体だ。雛臥の業火が一部、消火されてしまう。しかもそれが大きく広がる。まるで本物の台風の様だ。

「刹那!」

 だがこの程度は想定内。刹那が前に出て、突風で空気の流れを操作し壁を作る。

「おや?」

 その気流のカーテンに緑祁の台風は遮られ、前に進めない。

「ならさ、こうするだけだよ」

 彼が思いついたこと。それは台風をより大きくすることだった。この仙台城跡の敷地を覆うくらいの大きさに成長させれば、相手がどう足掻いても飲み込んで潰せる。

「マズい、刹那! 台風が巨大になっていく! あれは消せないのか?」
「……――」

 できない。緑祁が絶えず補充しているせいで、拮抗している。
 ここで雛臥は、

(普通に戦っていたら、負ける! なら……!)

 動いた。あえて前に進むのだ。

「どうしたのさ? 頭でもおかしくなった?」
「常識を破ればいいんだろ、緑祁?」
「はあ?」

 台風にワザと飲み込まれる雛臥。強風に吹き飛ばされる。

「うおおお!」

 しかし、その体が持ち上がることを利用して、緑祁の後ろに移動した。着地には失敗したものの、すぐに立ち上がる。

「挟み撃ちだ。どうだ?」
「ねるほどね……」

 前からは刹那の突風が、後ろからは雛臥の業火が迫る。

「いっけええええ!」
「でも残念だよ。こんなの子供のいたずらレベルの作戦だ」
「何だと?」

 緑祁が後ろに向かって走り出した。業火が迫っているのにもかかわらずである。

「こ、コイツ!」

 鉄砲水で身を包み、さらに台風の目の中にいる。炎を風と水で押しのけて、強引に火炎の中を進んでいるのだ。

「ご、業火だ!」
「通じないよ、そんなの!」

 赤い炎を撃ち込む雛臥だったが、緑祁が台風で相殺してくる。

「だが! 業火の火力を越えることは無理だ! 君の鉄砲水の温度は、何度だ? 百度で蒸発しちゃうだろう?」

 対する雛臥の業火は、千度を超えている。その超過した分で、押し切る。

「そうかな?」

 緑祁は一歩も下がらない。炎の中で、霊障合体を使った。すると雛臥の業火が、一気にかき消された。

「な、何だ? 僕の業火が、消えた?」
「霊障合体・水蒸気爆発さ。爆風は旋風よりも強いし、爆発で鉄砲水を拡散させたんだ。これをくらえば流石の業火も消えちゃうね」

 確かに湿り気を感じる。肌がほんのりと濡れている。わずかだが水が飛んできたのだ。

「しまった!」

 驚いたせいで隙だらけの雛臥。しかし緑祁の追撃はなかった。

「敵に背中は向けるべきではない――」

 刹那が突風で攻撃したのである。バランスを後ろから崩した緑祁は地面に落ちる。

「卑怯……いや、戦術的に考えれば理にかなっているね。君のことを忘れていたよ……!」

 立ち上がると同時に向き直る緑祁。刹那のことを睨む。

「でもさ……。風しか使えない君には、僕は負けないよ…!」

 彼の言う通りだ。今までに緑祁は刹那と二回戦って、その両方に勝利している。だから自信がある。

「霊障合体・火災旋風!」

 炎の渦を繰り出した。

「くっ――」

 熱のある風が、刹那に近づく。もちろん突風で潰すのだが、間髪入れずに緑祁が追撃してくるのだ。それらも突風でかき消す。

(変だ。こんな単純な行動、意味がないはず――)

 何か、裏があるのではないか。彼女がそう感じた時、既に、

「刹那、君には負けないさ」

 緑祁が近づいてきていたのだ。これが彼の狙いであり、直接体に霊障合体を当てる気なのだ。ゼロ距離からの襲撃には、流石の突風も通じない。しかも近づかれているせいで、雛臥が業火を使うことすらできない。刹那が巻き込まれてしまうからだ。

「しかし――!」

 突如、彼女の体がフワッと浮いた。刹那は突風を自分の体に使ったのである。

「何……? 逃げた?」

 そのまま風に流されて宙を動き、雛臥の隣に着地する。

「さあ振り出しだぞ、緑祁!」
「面倒なことをしてくれるね……」

 緑祁の口調からは、イラつきを感じる。戦いが思うように進まないためだろう。それは当然だ。

(あと少しかな? とにかく今は待つ! 粘るんだ!)

 雛臥と刹那は今、勝利に向かって動いていない。絵美と骸が到着するのをひたすら待っている。二人が来るまでに負けないように動いている。

「もう、一気に殺してしまおうかな?」

 業を煮やした緑祁は懐に手を突っ込んだ。

(何だ……?)

 取り出したのは、二枚の和紙……式神の札。

「まさか!」
「突風も業火も、この二体の前では無意味さ! さあ出ろ、[ライトニング]! アイツらを殺せ、[ダークネス]!」

 ここに来ての式神の召喚。それは戦況を簡単にひっくり返せるほどの衝撃を持っている。
 だが、何も起きない。沈黙が数秒、三人の周りを包んだ。

「……? 出ろ、[ライトニング]! 羽ばたけ、[ダークネス]! どうしたんだ、一体?」

 念じても念じても、何も起こらない。既に召喚されているわけではない、それは刹那が、空気の動きで周囲を察知しているのでわかる。何も出ていない。

「僕の言うことが聞けないのか?」

 まるで、そうだと言わんばかりに無言。

「式神が、僕の命令を拒む……? 僕の、[ライトニング]と[ダークネス]が、無視…。彼女たちの主である、この僕を?」

 一瞬で目の前が真っ暗になる緑祁。召喚できないこと、式神に裏切られたという感覚に陥ったことが一番の衝撃だ。

「今だ、刹那!」

 突風が吹いた。緑祁の指は力を失っており、式神の札が手から抜けて風に運ばれる。

「よ、ようし……!」

 ナイスキャッチする雛臥。

(もしも[ライトニング]と[ダークネス]がここに来てくれたら、かなり有利になれる! 緑祁を説得できるかもしれない!)

 念じてみる。だが召喚はできない。式神との絆が、彼では浅いのである。
 しかし札から熱……念を感じる。

(札から出て来れないけど、緑祁に元に戻って欲しいんだね、二人とも! その願い、受け取った!)

 緑祁の正気を取り戻したいのは、式神も同じ思いなのだ。だから緑祁による召喚を拒んだ。
 この戦いで傷つけるわけにはいかないので、丁寧に胸ポケットにしまい込む雛臥。

「刹那! 今がチャンスだ!」
「了解――!」

 まだ衝撃から立ち直れていない緑祁。動きは鈍く、反応も遅い。

「ぐわっああああ!」

 突風のせいで動けず、業火が左手に直撃した。

「うぐぐぐ! こんな、僕が……! あんな奴らに………」

 遅れて反撃に移る緑祁。何とか生み出した台風を雛臥に、火災旋風を刹那にけしかける。

「芸がない。焦っている証拠――」
「そう何度も同じ手が通用するとでも思っているのか、緑祁!」

 二人は自分の前に迫る霊障合体ではなく、お互いのターゲットを即座に入れ替える。雛臥は火災旋風を業火で包み込んで消滅させ、刹那は突風を上から起こして台風を潰した。

「………ああ、ムカつく!」

 露骨に怒りを口にした。緑祁は水蒸気爆発を目の前の地面に撃ち込んで、土を前方にぶちまけた。
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