第7話 精神への一撃 その2
文字数 4,109文字
「きさま、まだ屈服しないか」
そんな洋次は今、横浜市内にある廃屋の中にいる。一人ではない。
「……こんなこと、してはいけないわ」
目の前には、香恵がいる。洋次が拉致したのだ。手足を縛って動けなくして、もう数日が経つ。
「まだそんな発言をするか。状況が理解できていないようだな……?」
緑祁と仲が良い香恵をさらうというのは、緑祁に対しダメージを与えるという観点からは理にかなっているように思える。しかしこれは正夫が指示したわけではない。洋次の勝手な行動だ。
「きさまは美形だ。優秀であるわたしと天秤にかけれるほどに、だ」
「意味がわからないわ……」
洋次特有の発想だ。優秀な自分と釣り合うのは、自分と同じくらい優秀かそれとも非常に容姿が優れているか、どちらかである。香恵は後者の条件を満たしている。だからさらった。
「何度も説明しているだろう? この世界が歪曲しているのは、劣悪な人間が跋扈しているからだ。きさまもそう認識しているだろう? 世間が腐敗しているのは、害虫どもが生息しているから」
「じゃあ、そちらは違うって言うの?」
「そうだ。わたしは該当しない」
彼はどれほど自分が特別なのかを語った。そしてその優秀さと等しい美しさを持っている香恵なら、自分の隣に居座ってもいい、というのだ。
「上から目線な発言ね。酷いものだわ」
「まだ理解できていないのか? 上品なのは容姿だけか?」
「人は外見だけでは決まらないわよ。数値でも語れない。それが、人の魅力だわ」
「ふうん、寝言だな」
洋次はここで霊障を使う。応声虫だ。ムカデを何匹か生み出し床を這わせた。
「ううっ……」
そのムカデが香恵の足に絡みつく。厚手のタイツの上からでも不快感が伝わってくる。
「こんなものではない」
今度は手を香恵の方に出し、その手のひらからタランチュラをドバドバと繰り出した。それが香恵の胸や腹の上に落ちる。
「く……」
さらにゴキブリまで生み出し、彼女の髪に絡ませてくる。おまけに洋次はこの光景を、ビデオカメラで撮影までしている。
香恵はこの拷問に耐えた。悲鳴を上げたりもがいたりすることはできるが、それをしたら相手に弱いところを見せることになる。
(今は耐えて……。そうすれば必ず、緑祁が助けてくれるわ……!)
彼女が疲弊しても何とか強い意志を保っていられているのは、その希望があるからだ。洋次に取り上げられたスマートフォンが、もう何度か鳴っている。つまりは、緑祁は自分に連絡を入れていて、そして返事が来ない……いつもとは違う状態に香恵が置かれていることを把握しているはずなのだ。
(だから、絶対に来てくれるはずだわ! 私がコイツに屈しなければ……!)
幸いにも、洋次は香恵の体に直接乱暴をしようとはしなかった。きっと無理矢理ではなく、自分に敵わないことを認識させた上で……優秀であることを教えた上で……屈服させたいのだろう。
「ちっ……!」
だが洋次からすると自分を拒絶されているのだから香恵のこの態度は面白くない。香恵のスマートフォンを見てみた。また着信があったからだ。
「永露緑祁……」
正夫から聞いていた人物で優先的な排除を命じられていた。洋次としてはこんな地方の大学にしか通えないレベルの劣等生に興味はないのだが、
「香恵に何度も連絡をしている人間か。関係があるのか?」
不審に思う。もしかしたらこの馬鹿が、香恵と良い関係にあるのかもしれない。
(わたしよりも優れているとでも言いたいのか?)
どうして香恵が自分ではなくこの緑祁を選んだのか、理由がわからない。香恵から盗ったタブレット端末で霊能力者ネットワークを見てみたが、特別重要視されている霊能力者でもない。
(こんなヤツに、わたしが負けているとでも言いたいのか!)
ここで洋次は思いつく。緑祁の無残な姿を香恵に見せつければ、彼女の硬い意志を砕けるかもしれない。
「面白いではないか」
決めた。
「香恵! ここに宣言しよう。わたしがいかに緑祁よりも優秀であるのかを、証明してやろう!」
その言葉に、香恵は反応した。
「無理よ、そちらには……ね。緑祁はそちらに負けるような人ではないわ」
「………また絵空事を!」
香恵の言葉に洋次は怒りを感じた。だから手を自分の腰で擦って静電気を生み出し、その手を彼女に向ける。電霊放だ。
「……!」
電撃を撃ち込まれた香恵は意識を失ってしまう。
(ここに連れてきてやろう。緑祁の死骸を、な!)
「大丈夫だったか、緑祁!」
東京駅で緑祁を出迎える辻神たち。怪神激が青森で暴れたことは既に知っている。
「何とかね。この彼……フレイムも協力してくれたから、何とかなった!」
「…誰だコイツ? 話に聞いてない」
フレイムは山姫から金を借り、【神代】の本店である予備校に行くためにタクシーに乗り込んだ。
「今日は遅い。こんなに暗くなってからではもう迷惑にしかならないだろう。焦る気持ちもわかるが、落ち着くことも大事だ」
「わかっているよ……」
言葉ではそう返事したが、緑祁の心臓の鼓動は早まるばかりだ。
(早く香恵に会いたい! 無事だと信じたいんだ!)
この日は辻神が用意したビジネスホテルに宿泊し、次の朝再び辻神たちと合流して、香恵の実家がある神奈川に向かう。
「四人で押しかけたら、それも迷惑じゃね?」
「そうだヨ。じゃあぼくと彭侯は近くのコンビニのイートインで待ってよう!」
マンションに向かったのは緑祁と辻神だ。
「おまえ、妹には会ったことがあると言っていたが……」
「理恵のことかい?」
「ああ。霊能力者ではないようだが……そういう話に理解はある方か?」
辻神が聞いているのは、同級生ではなく同業者である自分たちが訪問しても問題ないか、ということだ。それと【神代】の裏稼業を把握しているのかどうかも。
「多分、ね」
あまり自信がない。それどころか緑祁は実は、香恵の親に殴られるかもと感じていた。
「だって、香恵はよく僕に会いに来てくれるんだよ? そういう関係って、父親からすれば許せないんじゃない?」
「でも、流石に殴ってはこないだろ……」
インターフォンを押したら、
「はい、藤松です」
「あ、あの……。永露緑祁、って言いますけど……」
「あ! 君が緑祁君?」
玄関が開き、香恵の母が中に招き入れてくれた。リビングのテーブルに案内され、椅子に座る。母はジュースを二人に出して、
「あの、そちらの人は?」
「俱蘭辻神です。緑祁君とは友人でして…」
世間話はこれくらいにしておき、
「単刀直入に申し上げましょう、奥さん。あなたの娘さんは今、どこで何をしていますか?」
と聞く。すると、
「それが、私にもわからなくて……。数日前に出かけてから、帰って来ないの。緑祁君のところに行ったのかなって思ってたけど、違うの?」
「来てません……」
ということはやはり香恵は、今現在は行方不明。辻神の嫌な予感が的中してしまった。
「じゃ、じゃあ……娘は……」
ポロポロと泣き出す母に対し緑祁は、
「心配しないでください! 僕が必ず探し出します!」
と宣言した。
「お願いします! どうか、香恵を!」
「お任せを! 私も友人の大切な人のために全力を尽くしましょう!」
この時に理恵が、
「緑祁さん、姉をどうかお願いします!」
と一緒に頭を下げた。
「うん、大丈夫だよ、理恵ちゃん。僕がいるから!」
では、どうやって探し出すか。
「何かあてはあるか?」
「ない……」
ただでさえ数える程度しか訪れたことがない大都会だ、怪しい場所なんて知らない。
「そもそもさ、いなくなった理由は何なの? ただの家出? それとも誘拐?」
山姫の言う通りだ。そのどちらかすら、わかっていないのである。
「興信所に頼んでみるか?」
「それだけはやめて! 金がおかしいくらいにはかかるんだ!」
「やけに詳しいな、アンタ……」
四人はこれからの方針を話し合った。
「二手に分かれよう。山姫と彭侯は、香恵が行きそうな場所を回ってみてくれ。私と緑祁は人を匿えれそうな場所を探してみる」
「家出と誘拐の両方の線を見るってわけだな? オッケーだぜ!」
一応、香恵の家で最低限の情報は聞けたのでそれを二人に伝える。緑祁と辻神は廃墟などの心霊スポットを回ってみる。
「仮に霊能力者である香恵を誘拐し、黙らせれていると考えると……やはり犯人は霊能力者か! 誰か、怨みを買っているような人はいるか?」
「いるわけないよ」
緑祁自身、自分に悪意を持っている人物に心当たりがないように、香恵と敵対しているような人なんて想像できない。
「最近はやたらと物騒だ。おまえも遭遇しただろう? 未確認の霊能力者! どういうわけか、私やおまえに攻撃しているんだこれが! もしその一派が香恵にちょっかいを出しているかもしれないとなると……」
考えすぎかもしれない。しかし辻神は緑祁の周辺で起きていることを考えるとあり得ない話ではないと感じていた。
「小岩井紫電って知っているか?」
「もちろんだよ」
「アイツの話が正しければ、前に浅草で地震騒動があっただろう? アレも未確認霊能力者の仕業らしいぞ?」
「し、紫電も遭遇していたのかい……!」
これには驚きだ。そして直感する。
「僕と関係がある人の前に、【神代】が把握していない霊能力者が現れている?」
この不自然さ。確実に裏がある。
「もしかしたら……。日新館で一瞬だけ会ったあの豊次郎って人も、関係しているのかな? でも僕は彼とは関係ないし、あの時にしか会ったことがないよ」
「豊次郎? おまえ、知っているのか?」
「目の前で幽霊を解き放って霊界重合を起こして、いきなり死んだんだ……。先月のことだよ」
ここで辻神は、豊次郎が行方不明者を出している孤児院に何度か訪れていることを緑祁に伝える。
「これは……確信できるな。緑祁、おまえを中心に一連の事件が回っている。何かしでかしたか?」
「な、何を? 僕はそんな知らない人に怨みを買われるようなことはやってないよ!」
「ああ、そうだよな……。それは私たちが一番よく知っている」
辻神と話をしている間に、鎌倉市内の心霊スポットに到着した。
「まずはここだ。ホテル火災の跡地!」
そんな洋次は今、横浜市内にある廃屋の中にいる。一人ではない。
「……こんなこと、してはいけないわ」
目の前には、香恵がいる。洋次が拉致したのだ。手足を縛って動けなくして、もう数日が経つ。
「まだそんな発言をするか。状況が理解できていないようだな……?」
緑祁と仲が良い香恵をさらうというのは、緑祁に対しダメージを与えるという観点からは理にかなっているように思える。しかしこれは正夫が指示したわけではない。洋次の勝手な行動だ。
「きさまは美形だ。優秀であるわたしと天秤にかけれるほどに、だ」
「意味がわからないわ……」
洋次特有の発想だ。優秀な自分と釣り合うのは、自分と同じくらい優秀かそれとも非常に容姿が優れているか、どちらかである。香恵は後者の条件を満たしている。だからさらった。
「何度も説明しているだろう? この世界が歪曲しているのは、劣悪な人間が跋扈しているからだ。きさまもそう認識しているだろう? 世間が腐敗しているのは、害虫どもが生息しているから」
「じゃあ、そちらは違うって言うの?」
「そうだ。わたしは該当しない」
彼はどれほど自分が特別なのかを語った。そしてその優秀さと等しい美しさを持っている香恵なら、自分の隣に居座ってもいい、というのだ。
「上から目線な発言ね。酷いものだわ」
「まだ理解できていないのか? 上品なのは容姿だけか?」
「人は外見だけでは決まらないわよ。数値でも語れない。それが、人の魅力だわ」
「ふうん、寝言だな」
洋次はここで霊障を使う。応声虫だ。ムカデを何匹か生み出し床を這わせた。
「ううっ……」
そのムカデが香恵の足に絡みつく。厚手のタイツの上からでも不快感が伝わってくる。
「こんなものではない」
今度は手を香恵の方に出し、その手のひらからタランチュラをドバドバと繰り出した。それが香恵の胸や腹の上に落ちる。
「く……」
さらにゴキブリまで生み出し、彼女の髪に絡ませてくる。おまけに洋次はこの光景を、ビデオカメラで撮影までしている。
香恵はこの拷問に耐えた。悲鳴を上げたりもがいたりすることはできるが、それをしたら相手に弱いところを見せることになる。
(今は耐えて……。そうすれば必ず、緑祁が助けてくれるわ……!)
彼女が疲弊しても何とか強い意志を保っていられているのは、その希望があるからだ。洋次に取り上げられたスマートフォンが、もう何度か鳴っている。つまりは、緑祁は自分に連絡を入れていて、そして返事が来ない……いつもとは違う状態に香恵が置かれていることを把握しているはずなのだ。
(だから、絶対に来てくれるはずだわ! 私がコイツに屈しなければ……!)
幸いにも、洋次は香恵の体に直接乱暴をしようとはしなかった。きっと無理矢理ではなく、自分に敵わないことを認識させた上で……優秀であることを教えた上で……屈服させたいのだろう。
「ちっ……!」
だが洋次からすると自分を拒絶されているのだから香恵のこの態度は面白くない。香恵のスマートフォンを見てみた。また着信があったからだ。
「永露緑祁……」
正夫から聞いていた人物で優先的な排除を命じられていた。洋次としてはこんな地方の大学にしか通えないレベルの劣等生に興味はないのだが、
「香恵に何度も連絡をしている人間か。関係があるのか?」
不審に思う。もしかしたらこの馬鹿が、香恵と良い関係にあるのかもしれない。
(わたしよりも優れているとでも言いたいのか?)
どうして香恵が自分ではなくこの緑祁を選んだのか、理由がわからない。香恵から盗ったタブレット端末で霊能力者ネットワークを見てみたが、特別重要視されている霊能力者でもない。
(こんなヤツに、わたしが負けているとでも言いたいのか!)
ここで洋次は思いつく。緑祁の無残な姿を香恵に見せつければ、彼女の硬い意志を砕けるかもしれない。
「面白いではないか」
決めた。
「香恵! ここに宣言しよう。わたしがいかに緑祁よりも優秀であるのかを、証明してやろう!」
その言葉に、香恵は反応した。
「無理よ、そちらには……ね。緑祁はそちらに負けるような人ではないわ」
「………また絵空事を!」
香恵の言葉に洋次は怒りを感じた。だから手を自分の腰で擦って静電気を生み出し、その手を彼女に向ける。電霊放だ。
「……!」
電撃を撃ち込まれた香恵は意識を失ってしまう。
(ここに連れてきてやろう。緑祁の死骸を、な!)
「大丈夫だったか、緑祁!」
東京駅で緑祁を出迎える辻神たち。怪神激が青森で暴れたことは既に知っている。
「何とかね。この彼……フレイムも協力してくれたから、何とかなった!」
「…誰だコイツ? 話に聞いてない」
フレイムは山姫から金を借り、【神代】の本店である予備校に行くためにタクシーに乗り込んだ。
「今日は遅い。こんなに暗くなってからではもう迷惑にしかならないだろう。焦る気持ちもわかるが、落ち着くことも大事だ」
「わかっているよ……」
言葉ではそう返事したが、緑祁の心臓の鼓動は早まるばかりだ。
(早く香恵に会いたい! 無事だと信じたいんだ!)
この日は辻神が用意したビジネスホテルに宿泊し、次の朝再び辻神たちと合流して、香恵の実家がある神奈川に向かう。
「四人で押しかけたら、それも迷惑じゃね?」
「そうだヨ。じゃあぼくと彭侯は近くのコンビニのイートインで待ってよう!」
マンションに向かったのは緑祁と辻神だ。
「おまえ、妹には会ったことがあると言っていたが……」
「理恵のことかい?」
「ああ。霊能力者ではないようだが……そういう話に理解はある方か?」
辻神が聞いているのは、同級生ではなく同業者である自分たちが訪問しても問題ないか、ということだ。それと【神代】の裏稼業を把握しているのかどうかも。
「多分、ね」
あまり自信がない。それどころか緑祁は実は、香恵の親に殴られるかもと感じていた。
「だって、香恵はよく僕に会いに来てくれるんだよ? そういう関係って、父親からすれば許せないんじゃない?」
「でも、流石に殴ってはこないだろ……」
インターフォンを押したら、
「はい、藤松です」
「あ、あの……。永露緑祁、って言いますけど……」
「あ! 君が緑祁君?」
玄関が開き、香恵の母が中に招き入れてくれた。リビングのテーブルに案内され、椅子に座る。母はジュースを二人に出して、
「あの、そちらの人は?」
「俱蘭辻神です。緑祁君とは友人でして…」
世間話はこれくらいにしておき、
「単刀直入に申し上げましょう、奥さん。あなたの娘さんは今、どこで何をしていますか?」
と聞く。すると、
「それが、私にもわからなくて……。数日前に出かけてから、帰って来ないの。緑祁君のところに行ったのかなって思ってたけど、違うの?」
「来てません……」
ということはやはり香恵は、今現在は行方不明。辻神の嫌な予感が的中してしまった。
「じゃ、じゃあ……娘は……」
ポロポロと泣き出す母に対し緑祁は、
「心配しないでください! 僕が必ず探し出します!」
と宣言した。
「お願いします! どうか、香恵を!」
「お任せを! 私も友人の大切な人のために全力を尽くしましょう!」
この時に理恵が、
「緑祁さん、姉をどうかお願いします!」
と一緒に頭を下げた。
「うん、大丈夫だよ、理恵ちゃん。僕がいるから!」
では、どうやって探し出すか。
「何かあてはあるか?」
「ない……」
ただでさえ数える程度しか訪れたことがない大都会だ、怪しい場所なんて知らない。
「そもそもさ、いなくなった理由は何なの? ただの家出? それとも誘拐?」
山姫の言う通りだ。そのどちらかすら、わかっていないのである。
「興信所に頼んでみるか?」
「それだけはやめて! 金がおかしいくらいにはかかるんだ!」
「やけに詳しいな、アンタ……」
四人はこれからの方針を話し合った。
「二手に分かれよう。山姫と彭侯は、香恵が行きそうな場所を回ってみてくれ。私と緑祁は人を匿えれそうな場所を探してみる」
「家出と誘拐の両方の線を見るってわけだな? オッケーだぜ!」
一応、香恵の家で最低限の情報は聞けたのでそれを二人に伝える。緑祁と辻神は廃墟などの心霊スポットを回ってみる。
「仮に霊能力者である香恵を誘拐し、黙らせれていると考えると……やはり犯人は霊能力者か! 誰か、怨みを買っているような人はいるか?」
「いるわけないよ」
緑祁自身、自分に悪意を持っている人物に心当たりがないように、香恵と敵対しているような人なんて想像できない。
「最近はやたらと物騒だ。おまえも遭遇しただろう? 未確認の霊能力者! どういうわけか、私やおまえに攻撃しているんだこれが! もしその一派が香恵にちょっかいを出しているかもしれないとなると……」
考えすぎかもしれない。しかし辻神は緑祁の周辺で起きていることを考えるとあり得ない話ではないと感じていた。
「小岩井紫電って知っているか?」
「もちろんだよ」
「アイツの話が正しければ、前に浅草で地震騒動があっただろう? アレも未確認霊能力者の仕業らしいぞ?」
「し、紫電も遭遇していたのかい……!」
これには驚きだ。そして直感する。
「僕と関係がある人の前に、【神代】が把握していない霊能力者が現れている?」
この不自然さ。確実に裏がある。
「もしかしたら……。日新館で一瞬だけ会ったあの豊次郎って人も、関係しているのかな? でも僕は彼とは関係ないし、あの時にしか会ったことがないよ」
「豊次郎? おまえ、知っているのか?」
「目の前で幽霊を解き放って霊界重合を起こして、いきなり死んだんだ……。先月のことだよ」
ここで辻神は、豊次郎が行方不明者を出している孤児院に何度か訪れていることを緑祁に伝える。
「これは……確信できるな。緑祁、おまえを中心に一連の事件が回っている。何かしでかしたか?」
「な、何を? 僕はそんな知らない人に怨みを買われるようなことはやってないよ!」
「ああ、そうだよな……。それは私たちが一番よく知っている」
辻神と話をしている間に、鎌倉市内の心霊スポットに到着した。
「まずはここだ。ホテル火災の跡地!」