第2話 雪と鬼 その2
文字数 2,811文字
「それを俺に壊せ、と?」
なら話は簡単だ、電霊放なら全て上手くいく。紫電は自信満々にそう答えたが、
「違うよ。私はこの霊鬼を、使うことで破壊して欲しい」
どうやらそうは行かない。
「つまりだ、俺にそれを憑依させて、全力を出させて霊鬼の方から壊れるように仕向けろ、と?」
「そう」
紫電は一言でまとめたが、中々難しい問題だ。
「俺以外には、な」
だが彼は違う。
「要するにさ、お前の兄が作った霊鬼だから、単純に壊すのが嫌なんだろう? 生み出された目的通りに使った上で破壊する。それが、その兄さんも喜ぶ方法ってとこかな?」
「そうよ。でもきみにも難しいんじゃない?」
現に雪女は『月見の会』が滅んでから今まで巡礼者として東日本各地を放浪していた。訪れた寺や神社で同様のことを頼んだのだが、断られたのだ。霊鬼を使ってまでして祓うような悪霊がまず存在しないし、そもそも霊鬼自体の存在が怪しい、と。
「それは、ライバルとのバトルでもいいよな?」
「え……」
紫電は考えていたのだ。
もし霊鬼を使って緑祁と手合わせできたら、きっと自分が勝つ。しかもそれは、霊鬼本来の使い方をした上で破壊して祓うことになるだろう。
「もちろんだよ」
雪女も文句はない。寧ろそうすることができるなら大歓迎である。
「だって霊鬼は、戦うために兄が作ったから……」
「でもよ、どうしてそんなものをお前が持っている? 霊怪戦争はもう三年前の出来事だぞ? 『月見の会』出身だったとしても、だいたい会のメンバーはみんな死んだはずだ」
【神代】が滅ぼしたのだから、それに間違いはない。だから雪女が生きていること自体に紫電は疑問を感じるのだ。
「私はね、見限ったんだ」
「ほう?」
「『月見の会』にいることが、嫌だった。だからあの戦争の終幕、隙を突いて逃げ出したわ。兄にも一緒に行こうと誘ったけど、断られてしまって……」
それで雪女だけが生き残ってしまったという。『月見の会』に未練はないが、兄が残した霊鬼は大切に持っており、本来の役目を全うさせることで、黄泉の国にいる兄を喜ばせたいのだそう。
「そうか。あの戦争、『月見の会』ではそんなことがあったのか」
戦争中は脇役だった紫電には知る由もないことだ。
「でも俺に任せな! まずはちょっと試してみたいが……」
と言うと、雪女は止めに入る。
「それは、ここではやめてよ」
曰く、霊鬼に憑依された人が自我を失うこと可能性があるらしい。霊能力者の力量によるところもあると兄は言ったらしいが、今彼女が持っている霊鬼は、精度が八割……合成する時に怨霊を四体、残る一体は適当な浮遊霊……と高め。これも兄が特別に用意してくれたからだ。
「きみのこと疑うわけじゃないけど、私が聞くに精度八割以上の霊鬼を使いこなせた人は一人……兄の親友しかいないわ。だから万が一を考えると、怖い」
「それは最もな心配だ」
紫電も文句なない。第一人者の妹が言うのだから。
その晩雪女は小岩井の豪邸にある客間に泊まった。
次の日に庭で、二人は霊鬼を試してみることにした。
「封じ込めるには、新しい鏡を用意すればいい。もしもきみが暴走したら、私が無理矢理霊鬼を封じる。それでいい?」
「ああ、頼むぜ」
手渡された手鏡。百均で買えそうな安っぽい一品だ。
(だが、重い……!)
手に取った瞬間から紫電は、その雰囲気に圧倒された。
呪いの人形とか、不幸の手紙とかそういう邪念の込められたアイテムは、触れればどれぐらいヤバいか霊能力者ならわかる。その紫電の経験が、最大ボリュームのアラームを出している。
「これは触ってはいけない」
と。
「割れば、いいんだよな?」
改めて確認した。雪女も頷いたので間違いない。鏡を割れば封じ込められた霊鬼が解き放たれ、紫電に憑依する。
が、できない。
「ぐっ…!」
触れているだけで汗だくになる。精神が摩耗し、吐き気も感じる。
「済まねえ、今は駄目だ……」
腰を抜かした紫電は地面に座り込んでしまい、鏡をそのまま雪女に返却した。
「いいよ別に、気にしてない。きみで駄目なら他の人を探すだけ…」
「え、おい! どういう意味だそれは?」
「言葉通り。私は早く天国の兄を喜ばせてあげたいの。それが君にできないのなら、他の人を頼るよ。昨日きみが言ってた、ライバル? 早速明日にでも当たってみようかな」
このセリフ、雪女には悪気はない。でも紫電の逆鱗に触れた。
「緑祁に譲るぐらいなら、俺に任せろ! それだけは聞き捨てられねえぞ!」
だから一度返した鏡を奪い返す。
(勇気を持て、俺! 割るだけだ! 地面に叩きつけて、踏めばそれで終わり! そんな簡単で単純な行動すら、できねえわけじゃないだろう!)
啖呵を切ったために後に引けなくなった。
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
気合の雄叫びを上げることで恐怖を誤魔化し、紫電は鏡を地面に投げつけそれから踏んだ。
パリン、と割れる音が足から脳に伝わった。
その瞬間、紫電の目の前にこの世ならざる人間の姿を持った霊が出現し、それが紫電に重なる。
「おおおおおおおあああああああああ!」
憑依された。恐ろしいことに心が軽くなり、先ほどまでの恐怖が嘘のように朗らかな気分になる。安堵感も生まれた。
「何だ、この感覚は? これが幽霊に取り憑かれた時に抱く感情か?」
絶対に違う。でも今の紫電には力がみなぎる。試しにダウジングロッドを取り出して、庭に飾ってある彫刻目掛けて軽く電霊放を撃った。するとその彫刻は一撃で足元から粉々に。
「凄まじい……! 俺は今、全霊能力者を越えたんだ! うおおおおお、凄い、凄すぎるぜ! 今の俺なら何でもできるぞ!」
調子に乗った彼は、何とロッドの先端を家の方にも向けた。
(一軒家を丸ごと破壊できそうだ!)
だが、首筋に冷たいものが触れた。すると昂っていた感情が引っ込む。
「………あれ、俺は何をしようと…?」
構えた腕も力を失って、ブランと垂れ下がった。
雪女が霊鬼を新しい鏡に戻したのだ。
「きみだと、少しはマシだけど危ない」
彼女は感じたのだ。紫電の中に突如として湧き出た破壊衝動を。だから危険と判断し、霊鬼を戻したのである。
自分がどんな感じだったのか、雪女に言われて初めて紫電は気づく。
「理性を持ったまま暴走してたのか、俺は……」
「これが、霊鬼だよ。これでもきみが壊せるの?」
普通なら、無理と判断するだろう。だが紫電はその枠組みには入っていない。
「やってみせるぜ。お前が無理って言うんなら、それを可能にしてやる!」
必要なのは覚悟だと、彼は思った。
「それぐらいの強い心があれば、霊鬼に惑わされずコントロールできるはずだ! まずは修行だな……」
時間がかかりそうだが、雪女は少し笑った。
「良かったよ兄さん。ちゃんと霊鬼を使えそうな人が、集落の外にもいたわ」
この日はこれで終わる。ただし紫電は午後になって父に、彫刻を壊したことを叱られた。
なら話は簡単だ、電霊放なら全て上手くいく。紫電は自信満々にそう答えたが、
「違うよ。私はこの霊鬼を、使うことで破壊して欲しい」
どうやらそうは行かない。
「つまりだ、俺にそれを憑依させて、全力を出させて霊鬼の方から壊れるように仕向けろ、と?」
「そう」
紫電は一言でまとめたが、中々難しい問題だ。
「俺以外には、な」
だが彼は違う。
「要するにさ、お前の兄が作った霊鬼だから、単純に壊すのが嫌なんだろう? 生み出された目的通りに使った上で破壊する。それが、その兄さんも喜ぶ方法ってとこかな?」
「そうよ。でもきみにも難しいんじゃない?」
現に雪女は『月見の会』が滅んでから今まで巡礼者として東日本各地を放浪していた。訪れた寺や神社で同様のことを頼んだのだが、断られたのだ。霊鬼を使ってまでして祓うような悪霊がまず存在しないし、そもそも霊鬼自体の存在が怪しい、と。
「それは、ライバルとのバトルでもいいよな?」
「え……」
紫電は考えていたのだ。
もし霊鬼を使って緑祁と手合わせできたら、きっと自分が勝つ。しかもそれは、霊鬼本来の使い方をした上で破壊して祓うことになるだろう。
「もちろんだよ」
雪女も文句はない。寧ろそうすることができるなら大歓迎である。
「だって霊鬼は、戦うために兄が作ったから……」
「でもよ、どうしてそんなものをお前が持っている? 霊怪戦争はもう三年前の出来事だぞ? 『月見の会』出身だったとしても、だいたい会のメンバーはみんな死んだはずだ」
【神代】が滅ぼしたのだから、それに間違いはない。だから雪女が生きていること自体に紫電は疑問を感じるのだ。
「私はね、見限ったんだ」
「ほう?」
「『月見の会』にいることが、嫌だった。だからあの戦争の終幕、隙を突いて逃げ出したわ。兄にも一緒に行こうと誘ったけど、断られてしまって……」
それで雪女だけが生き残ってしまったという。『月見の会』に未練はないが、兄が残した霊鬼は大切に持っており、本来の役目を全うさせることで、黄泉の国にいる兄を喜ばせたいのだそう。
「そうか。あの戦争、『月見の会』ではそんなことがあったのか」
戦争中は脇役だった紫電には知る由もないことだ。
「でも俺に任せな! まずはちょっと試してみたいが……」
と言うと、雪女は止めに入る。
「それは、ここではやめてよ」
曰く、霊鬼に憑依された人が自我を失うこと可能性があるらしい。霊能力者の力量によるところもあると兄は言ったらしいが、今彼女が持っている霊鬼は、精度が八割……合成する時に怨霊を四体、残る一体は適当な浮遊霊……と高め。これも兄が特別に用意してくれたからだ。
「きみのこと疑うわけじゃないけど、私が聞くに精度八割以上の霊鬼を使いこなせた人は一人……兄の親友しかいないわ。だから万が一を考えると、怖い」
「それは最もな心配だ」
紫電も文句なない。第一人者の妹が言うのだから。
その晩雪女は小岩井の豪邸にある客間に泊まった。
次の日に庭で、二人は霊鬼を試してみることにした。
「封じ込めるには、新しい鏡を用意すればいい。もしもきみが暴走したら、私が無理矢理霊鬼を封じる。それでいい?」
「ああ、頼むぜ」
手渡された手鏡。百均で買えそうな安っぽい一品だ。
(だが、重い……!)
手に取った瞬間から紫電は、その雰囲気に圧倒された。
呪いの人形とか、不幸の手紙とかそういう邪念の込められたアイテムは、触れればどれぐらいヤバいか霊能力者ならわかる。その紫電の経験が、最大ボリュームのアラームを出している。
「これは触ってはいけない」
と。
「割れば、いいんだよな?」
改めて確認した。雪女も頷いたので間違いない。鏡を割れば封じ込められた霊鬼が解き放たれ、紫電に憑依する。
が、できない。
「ぐっ…!」
触れているだけで汗だくになる。精神が摩耗し、吐き気も感じる。
「済まねえ、今は駄目だ……」
腰を抜かした紫電は地面に座り込んでしまい、鏡をそのまま雪女に返却した。
「いいよ別に、気にしてない。きみで駄目なら他の人を探すだけ…」
「え、おい! どういう意味だそれは?」
「言葉通り。私は早く天国の兄を喜ばせてあげたいの。それが君にできないのなら、他の人を頼るよ。昨日きみが言ってた、ライバル? 早速明日にでも当たってみようかな」
このセリフ、雪女には悪気はない。でも紫電の逆鱗に触れた。
「緑祁に譲るぐらいなら、俺に任せろ! それだけは聞き捨てられねえぞ!」
だから一度返した鏡を奪い返す。
(勇気を持て、俺! 割るだけだ! 地面に叩きつけて、踏めばそれで終わり! そんな簡単で単純な行動すら、できねえわけじゃないだろう!)
啖呵を切ったために後に引けなくなった。
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
気合の雄叫びを上げることで恐怖を誤魔化し、紫電は鏡を地面に投げつけそれから踏んだ。
パリン、と割れる音が足から脳に伝わった。
その瞬間、紫電の目の前にこの世ならざる人間の姿を持った霊が出現し、それが紫電に重なる。
「おおおおおおおあああああああああ!」
憑依された。恐ろしいことに心が軽くなり、先ほどまでの恐怖が嘘のように朗らかな気分になる。安堵感も生まれた。
「何だ、この感覚は? これが幽霊に取り憑かれた時に抱く感情か?」
絶対に違う。でも今の紫電には力がみなぎる。試しにダウジングロッドを取り出して、庭に飾ってある彫刻目掛けて軽く電霊放を撃った。するとその彫刻は一撃で足元から粉々に。
「凄まじい……! 俺は今、全霊能力者を越えたんだ! うおおおおお、凄い、凄すぎるぜ! 今の俺なら何でもできるぞ!」
調子に乗った彼は、何とロッドの先端を家の方にも向けた。
(一軒家を丸ごと破壊できそうだ!)
だが、首筋に冷たいものが触れた。すると昂っていた感情が引っ込む。
「………あれ、俺は何をしようと…?」
構えた腕も力を失って、ブランと垂れ下がった。
雪女が霊鬼を新しい鏡に戻したのだ。
「きみだと、少しはマシだけど危ない」
彼女は感じたのだ。紫電の中に突如として湧き出た破壊衝動を。だから危険と判断し、霊鬼を戻したのである。
自分がどんな感じだったのか、雪女に言われて初めて紫電は気づく。
「理性を持ったまま暴走してたのか、俺は……」
「これが、霊鬼だよ。これでもきみが壊せるの?」
普通なら、無理と判断するだろう。だが紫電はその枠組みには入っていない。
「やってみせるぜ。お前が無理って言うんなら、それを可能にしてやる!」
必要なのは覚悟だと、彼は思った。
「それぐらいの強い心があれば、霊鬼に惑わされずコントロールできるはずだ! まずは修行だな……」
時間がかかりそうだが、雪女は少し笑った。
「良かったよ兄さん。ちゃんと霊鬼を使えそうな人が、集落の外にもいたわ」
この日はこれで終わる。ただし紫電は午後になって父に、彫刻を壊したことを叱られた。